(時事通信の記事より)
強制不妊、国に賠償責任 除斥適用せず、原告全面勝訴―旧優生保護法は違憲・最高裁大法廷
優生保護法に基づき、障害などを理由に不妊手術を強制されたとして、全国の男女が国に損害賠償を求めた5件の訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・戸倉三郎長官)は3日、同法の規定を違憲とし、国の賠償責任を認めた。不法行為から20年で賠償請求権が消滅する「除斥期間」の適用については「著しく正義・公平の理念に反し、到底容認できない」とし、実質的な原告全面勝訴とした。
強制不妊、速やかに賠償 原告と岸田首相の面会検討―政府
5件のうち、二審で原告が勝訴した4件で国の上告を棄却し、判決を確定。訴えを退けた仙台高裁判決については破棄して審理を同高裁に差し戻した。裁判官15人全員一致の判断。
全国で起こされた同種訴訟への波及は必至で、国策による人権侵害の責任を改めて問う判決となった。被害者への一時金支給を定めた救済法は責任の主体が不明確で、金額の少なさなどにも批判があり、改正を求める声が高まる可能性もある。岸田文雄首相は3日、原告らと月内に面会する意向を示し、「反省とおわびの言葉を直接伝えたい」と述べた。
最高裁が法律について違憲と判断したのは戦後13例目。
大法廷は判決で、強制不妊手術を可能とした旧優生保護法の規定が人格の尊重の精神に著しく反し、差別的だとして、憲法13条、同14条1項に違反すると指摘。国会による同法の立法行為についても、「憲法で保障されている国民の権利を侵害することは明白だ」として、初めて国家賠償法上違法と判断した。
除斥期間に関しては「請求権の消滅が著しく正義・公平の理念に反し、到底容認できない場合は、除斥期間の主張は許されない」との解釈を示し、判例を変更。その上で、国の主張は信義則違反、権利乱用に当たるとして除斥期間を適用しなかった。
5件の訴訟は札幌、仙台、東京、大阪、神戸の各地裁に起こされた。一審はいずれも除斥期間を適用し、原告の請求を棄却。二審はいずれも旧法を違憲とした上で、札幌、東京、大阪の3高裁4件が除斥期間の適用を制限して国に賠償を命じた一方、仙台高裁は訴えを退けていた。
(関テレニュース:2年前の放送)
知らぬ間に不妊手術をされた 旧優生保護法によって奪われた「子供を産み育てる喜び」 障害者は産んではいけない…“戦後最大の人権侵害”と向き合う夫婦の戦い
「戦後最大の人権侵害」とも呼ばれる、“旧優生保護法”。障害のある人の遺伝子を「不良」として排除しようとした、かつての国の取り組みによって、知らない間に子供を産めない体にされた人たちがいます。苦しみを抱えながら、今も戦い続けている夫婦の声です。
■不妊手術されたこと知らなかった… “将来の子”も奪われた 耳が聞こえない夫婦
「赤ちゃんが亡くなったっていう知らせがあったんです。それで慌てて行くと面会もできないっていうふうに言われて。『駄目です』っていう仕草をされて。妻とは面会ができず、別の場所に行くと赤ちゃんがもう白い包帯に巻かれて亡くなっている状態だったんです」
なぜ我が子は亡くなったのかー。家族や病院に聞いても、教えてもらえませんでした。
2人はそれでも、子供が欲しいと心から願っていました。しかし、何年経っても2人目の子供を授かることはできませんでした。
妻の花子さん(仮名)には、帝王切開と同時に、不妊手術が施されていたのです。
■国が強制した“不妊手術” 「不良な子孫の出生を防止する」とした『旧優生保護法』
六法全書に記載している「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的とした「旧優生保護法」。わずか26年前まであった法律です。
この法律の下、障害のある人たちが子供を産めなくする不妊手術や中絶手術が行われていました。不妊手術をされた人の数は分かっているだけでおよそ2万5千人に上ります。
この考え方は、教育の場にも持ち込まれました。
『高等学校学習指導要領解説 保健体育編』という本は、妻・花子さん(仮名)が手術を受けた当時、文部省が発行した高校教員に向けた指導要領の解説書です。
「心身に特別な異常をもつ子孫の出生を防止し、母性の生命や健康を保護することを目的とした優生保護法に触れる」
過去の一時期、この法律を生徒たちに触れさせるよう、教員たちに求めていました。このような記述は1970年代後半まで続きました。
障害のある人は子供を産んではいけないー。そういった差別を国が推し進めていったのです。
■“不妊手術”から50年…国との闘いは今も 立ちはだかる「除斥期間」という壁
「子供ができないのは国が作った法律のせいだった」と、そのことを知った2人は、3年前、国に対して損害賠償を求める訴えを起こしました。しかし、2人の前に立ちはだかったのは、“除斥期間”という壁でした。
除斥期間とは『損害賠償を求める権利は不法行為から20年で消滅する』ということで、つまり、2人には「もう訴える権利がない」と国が主張してきたのです。
大阪地裁は、判決で「旧優生保護法を憲法違反」と認めたものの、この“除斥期間”の規定を適用して、野村さん夫婦の訴えを退けました。
だが、2人は「子供が作れなかった悲しさは今も消えていません。それを一律に20年過ぎたからといって損害賠償請求が棄却されるのは納得できません」と控訴しました。
■最高裁の決定まで待てない…被害者の高齢化 代理人「全面解決、早期解決を」
ことし2月、大阪高裁は、「除斥期間をそのまま認めることは著しく正義・公平に反する」として、一審の判決を取り消し、全国で初めて国の賠償責任を認める判決を言い渡しました。しかし、国はこの判決を不服として最高裁に上告。
(編集部より)
そして、今回の全面勝訴に至りました。
昔、こんな映画を観たのを思い出しました。
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