皆さまこんにちは。
経理の坪井
です
今年2月、父から『実家が売れたよ。父さん賃貸に引っ越すから』と連絡がありました。
えええええええ。急過ぎる
去年の4月に父の還暦祝いで実家に帰った時、
『誰も継がないならこの家も処分しないとな』
なんて世間話をしていましたが、まさかこんなに早くその時が来るとは。
『来月引き渡しだよ』なんて言われまして。
時間もないじゃないか。と思いつつ先日実家に行ってきました。
せっかくなので車ではなく、電車と徒歩でゆっくりと当時を懐かしみつつ向かいます。
電車と徒歩って何年ぶりだろうか・・・
ただ歩いているだけですが、いろいろな思い出が蘇ります。
駅前のコンビニ閉店したんだ
学生の頃は毎日この道歩いたんだよな
ここ昔は空き地だったのに家が沢山建ってる
同級生の家まだあるじゃん
ここのカーブ自転車で派手に転んだな
ここは夏に蝉がアタックしてきた所、怖かった
ここでバイトの帰りに脱走した友達の犬捕獲したなぁ
この草の臭い懐かしい・・・
ここタヌキ追いかけまわした所
ここは毎日友達とバイバイ言ってお別れした交差点
いやぁ・・・思い出いっぱいです
そうこうしているうちに到着。
ただいま。
私は幼稚園の年長さんから20歳までこの家にお世話になりました。
その前はアパートの2階に住んでいた為一軒家が嬉しかったのを覚えています。
家の中走ってもいいんだ!!
ジャンプしてもいいんだ!!
うぇーーーーーい!!!!!
引越し初日、姉の部屋に2段ベッドを置いて寝る予定がまだ組み立てが終わらず私の部屋で布団を敷いて姉と二人っきりで寝たのを覚えています。
まだカーテンがついていない部屋で夜空を怖がる姉を励まして一緒に寝ました。
しかし今思えば夜空が怖いってなんなんだ。
怖がりにもほどがある
私の部屋の窓は変な形をしていて、何故だか最後までカーテンを付けてもらえませんでした。
中学生になるころには2段ベッドを解体して、窓の横にベッドを置いて寝ていた為、太陽の眩しさで目を覚ます健康的な生活をしていました。
夏は暑かった
日焼けもする。
でも良い点もありました。
坂の上の家だったので窓からの景色がそこそこ綺麗でした。
それなりに田舎なので自然が多く、桜や紅葉は当たり前に生活区域に存在していました。
もうこの家に入る事はない。これで最後。
そう思うと少し悲しくなりますが、しっかりと感謝の気持ちを伝えお別れしました。
ありがとう実家よ。ありがとう父さん。
部屋に付けていた電気スイッチのカバーを持って帰ってきたので、これは自宅に飾ろうかなと思います。
私の部屋はプーさん。
姉の部屋はミッキー。
大切にしていた小汚いプーさんのぬいぐるみや、大量にあったポケモンカードは残念ながら処分されていましたが、父が取っておいてくれた物の中におもしろい物があった為それは次回紹介したいと思います。
なんだか自分の過去を振り返る良い日でした。
きっとこの日の事は忘れない気がします。
これきっと、今の人は「エモい」って言うんですよね?
以上坪井でした