頼りない兄で、長男の役割はいつも私で、
この役割は引き続き私の役割に。
兄の葬儀には300人ほどの人達がお別れに来てくれた。
参列してくれた人たちはみんな兄の友達。
兄は音楽を愛し、音楽を楽しみ、
人と人の輪を広げるのが大好きな人でした。
私も兄の紹介で仲良くなった友達がいます。
たくさんの人たちに兄にむけて感謝の言葉をもらいました。
みんなに愛されてたんだなって思いました。
葬儀の後、兄のお店で有志のみんなが追悼会を開いてくれ、
10月末には704night(イベント)も開催してしてくれる事になりました。
本当にありがたいです。
兄の死顔もみたし、冷たくなったカラダにも触れたし、
荼毘にふされる場にもいたし、納骨する場にもいたし、
店主がいなくなったお店の片づけもしたし、
家主のいなくなった家の片づけもしたし、引っ越しもしたけど、
それでも死んでしまった現実を受け止められない自分。
それでもまだどこかに居ると思って信じない自分。
兄の姿も声も鮮明に覚えてる。
脳裏から離れない。
「年子のお兄ちゃんがいます」から
「年子だったお兄ちゃんがいた」に変わり。
この変化が自分に大きくて。
1人になった私は自分の家族、実家、両親のこと
抱えていかなきゃいけない。
まさかここで1人になるとは思ってもいかなったから
大きな不安と心配でいっぱい。
病気で亡くなる人、
不慮の事故で亡くなる人、
自殺する人、
人の死は色々で、
その遺族になった人達も
それぞれに思うことはたくさんあって、
悲しみの深さも傷もそれぞれで・・・。
立ち上がれる人、
立ち上がれない人もいるわけで。
自分はどっちなんだろう。
25歳の時に受けた大きな心の傷だって
未だに癒えないまま受けた第二の傷。
自分が頑張って両手で押さえている大きな石は
傷の深さも深くなり、石の重さも重たくなり、
耐えきれずにぺしゃんこにされるかもしれない。
このひと月、
日々思う事、感じる事はたくさんあって、
子供を育てるという事、
子供達に教えていかなきゃいけない事
勉強させられました。
立派な大人じゃないけど、
頭のいい親じゃないけど、
勉強ができる子だけにはしたくない。
命の大切さはしっかり子供達に教えていきたい。