○土地利用と技術文明
(1)犁耕・作付
【 重量犁の導入 】
◆ [ 重量犁 ] (カルーカ) :
軽量犁(アラトゥラ : ローマ帝国の大半で用いられていた)よりも大型・高効率/アングロ=サクソン期の技術革新の中で最も特徴的
①鉄製の犁頭(share) : 軽量犁はせいぜい尖端を鉄で被せた木製
②犁刀(coulter knife) : 犁頭の前に固定されて溝を切り込み切れ目の運動を方向付けた
③犁板(moulding board) : 犁頭と平行に取り付けられて切れ目の土壌を横に撥ね除けた
④車輪(wheel)を備えた
◆ [ イングランドには重量犁が必要 ] :
上記の4要素は地方的にはバラバラに用いられていた/4要素が合体した改良犁はローマ人渡来直前にベルガエ人がブリテン島に持ち込んだと言われる/イングランドの重質土壌(さらに森林を切り開いて開墾しなければならない)には軽量犁は明らかにされた不向きだった
◆ [ ローマ人は軽量犁 ] :
ローマ人は軽質土壌好みゆえに(※そもそも地中海周辺地域での農業に重量犂は必要ない)/これは折り返しが容易なので小区画耕地(ローマ=ケルト時代の農村)によく適していた
【 繋駕法の採用と耕地の変化 】
◆ [ 家畜の牽引方法の改良 ] :
重量犁の使用に伴って起こる/ローマ人の軽量犁は1・2頭の家畜(しばしば人間1・2人)で足りた/(しかし)重量犁には8頭(場合によっては6頭もしくは10頭)の牡牛で構成される犁隊が不可欠
◆ [ 繋駕法の改良 ] :
大規模な犁隊の編成に伴うもの/ローマ式繋駕法〔車(&)犁‐首輪‐家畜の首〕は畜力を無駄にするので大型の犁隊に用いるのは不適切/(対して)ケルト系・ゲルマン系方式〔重量犁‐頸木(誘導棒‐引き綱)‐家畜の肩〕はたいへん効率的
◆ [ 技術の繋がりの重要性 ] :
改良された繋駕法はローマ以前に知られていた/しかしこれが重量犁の使用・大型犁隊の採用・耕作方法の変化にまで至ったことがきわめて重要だった
◆ [ 耕地の長大化 ] :
重量犁の弱点は折り返しが扱いにくいこと/(反対に)直線で長い溝の切り開きに最も優れている/そこで重量犁に合わせて耕地の形を変化させていった
①地形が許す限り長くなった
②平均して大きくなった
③各地条は耕圃のギリギリの長さに渡った
④4細い地条1つが1日(or)半日の犁耕で作られた
【 農村社会の変化 】
◆ [ 複数農家による耕地経営 ] :
大型耕地は1戸の農家が保有・耕作するには大きすぎる/重量犁そのものが農家1戸では維持費がかかり過ぎる+能力過剰である/だから重量犁は共同作業を行う数家族・数農家による共同所有・運用となる
◆ [ 数家族が団結して作業する ] :
通常の農業労働だけでない/特に最初の開拓を行う(樹木・茂みを取り除く,土手を作って排水する必要がある場所に溝を掘る)には十分な労働力が必要/そこで単系親族集団(数戸の傍系家族の夫婦を同じ親・祖父の家長権の元に結合した)・あるいは数家族の団結が求められていた
◆ [ 定住が村落化していく ] :
アングロ=サクソン開拓農民のこの傾向(中世初期)は上の2要因によってそれ以前よりも著しくなっていく/(もちろん)ローマ=ブリテン時代やそれ以前にも集団の村落定住は存在した/(反対に)中世盛期でもでも個別条件によっては核の無い定住も存在した
◆ [ 各保有農の保有する耕地は混在する ] :
個々の保有農の地条が(村落の)諸耕圃にわたって分散していた/(しばしば)それは厳格な順序で並んでいたとされる
◇ [ 太陽区分によって分割された ] (スカンジナビアの慣習) :
太陽の回るコースにしたがい東→西と南→北へ向かって決められる区分/各耕区〔ファーロング〕に持つ村民の地条の並び方は保有者の家屋敷が街道に並ぶ順序と同じ/(また)その序列は太陽の回る方向〔=時計と同一〕と同じである
◇ [ 相続によって生じた ] :
相続人への土地財産の細分割が、はじめはまとまっていた保有地を地条へと分割していった
◇ [ 共同体原理によって生じた ] :
あらゆる保有農の分け前は優等地と劣等地を持たねばならない/(さらに)保有農は犁・連畜への出資分担に応じなければならない/これを正確に分ける最良の方法が(分け前を)1作業日で犁耕可能な土地面積単位で計るという方法に他ならないというもの
【 三圃制の実際と作付作物の変化 】
◆ [ 実は偏差がかなり存在する ] :
その運用は教科書的に厳格ではない/調和が取れているわけでもない/地域によって(土壌・気候が異なるから)作付作物の選択・割合が異なるのは当然/(さらに)同一村落内でもその時々で播種する穀物を変えた
◆ [ 主要な冬穀がライ麦から小麦へとなる ] :
冬穀(秋蒔きの翌夏収穫)の変化は間違いなく改良の1つだった/たいていの文書にこの傾向が見られる/この背後にあったのは「西ヨーロッパへのバルト海地方産ライ麦の流入開始」(13世紀後半)のようだ
◆ [ マメ科植物が広範に利用される ] :
幾つかのマナー(所領)では導入が早かった/一部のマナーでは豆が主要穀物として栽培されている/〔例〕ブレンドのマナーでは400エーカーを栽培(13世紀中葉)/ただし一般的な改良としては中世後期のこととなる
◇ [ マメ科実際のメリット ] :
栽培によって土壌に硝酸塩肥料の補給が補給されて収穫が回復する
◇ [ しかし効果は認識されず ] :
農民はある土地に豆を栽培しながらその後すぐに別の穀物の栽培を「しなかった」
◆ [ 春穀にオート麦(燕麦)を導入した ] :
春蒔きの夏収穫に、寒冷で湿気のある土壌に強いオート麦の作付が増加していく/開拓が進展した土地ではどこでも作付面積が急増していた
△ [ 全播種面積の80%がオート麦のマナー ] :
ウィンチェスタ司教の植民所領であるホイットニー・マナーにて(1209年)
◇ [ オート麦は内陸植民の指標 ] :
開拓の拡大/縮小とオート麦の作付は連動していたので
(2)土地の運用
【 囲い込みは増加していく 】
◆ [ 高地の牧羊経営地域などでの囲い地 ] :
各家の屋敷地だけではない/耕作(住民は牧羊業と並行して農業を営んだ)も囲い込みの小農場で個別的に行っている
◆ [ 農耕地域にもあった囲い地 ] :
開拓の進展する過程(13・14世紀)にて/新しい地片が共同耕地に取り込まれているにもかかわらず(一方では)囲い込みの小区画が増加していた/これはイングランド全体の現象である(しかし囲い込みは特に新定住地域に多い)
◆ [ 取り決めによる囲い込み地の発生 ] :
領主-保有農の間で「特別な給付と引き換えに自分の土地を囲い込んで、共同耕地と離れて耕作する」ことが許されるようになる/これによる囲い込み地がイングランドの至る所に出現する
◆ [ 中世後期に囲い込み地は増加する ] :
もちろん全体としては開放耕地制がまだ優勢ではあった/(しかし)かつての領主直営地は多数が保有農に貸し出されて上記の取り決めは普通となっていく/(また)新しい小作地の誕生・村民間の土地配分の変動によって村民は自分の保有地を合併して個別に耕作する傾向を強めていく
【 共同耕地運用の実態の複雑さ 】
◆ [ 播種の季節ごとに分離していない ] :
マナー台帳に『南耕圃』『北耕圃』『中央耕圃』と記されていることもある/(しかし)それは輪作のために1まとまりにされたのではない(単なる位置を示すのみ)/個々の耕圃のある部分に冬穀・その耕圃の別部分に春穀が作付けされていたりする
◆ [ 庭畑地(トフト)の存在 ] :
農民の家屋に隣接する小地片ではふんだんな施肥によって休閑なしに生産できるよう集約的運営が行われている/ここは妻や子供の労働力を投入して運営している
◆ [ 内畑-外畑による運用の違い ] :
劣等地が大量に存在する時代・場所ではこの二元運用が行われることになる/二元方式は恒久的な耕地として十分に利用されていない劣等地が存在する地域ではたいてい行われていた(13・14世紀の段階でも)
◇ [ 内畑 ] :
2圃制か3圃制が運用される
◇ [ 外畑 ] :
劣等地(or)遠隔の土地/多年にわたって手を加えることのない放牧地として運用する/時には1~数区画を切り開いて1期~短期連作で穀物を栽培する/その後は作付を止めて荒蕪地に戻して地力の回復を待つ
【 2圃制と3圃制の混在 】
◆ [ マナー内での輪作ルールは一律ではない ] :
全ての耕圃が同じ順序で行われていたのではない/「大半の耕区で3輪作制,その他の一部耕区で2輪作制,ある土地だけ作付を1種類の穀物に集中させて一般の作付順序と変える」というやり方をした
◆ [ 2圃制が引き続き行われた場所も存在する ] :
2圃制から3圃制への移行(=農業の集約化)は経済的に必要だった/(しかし)決してそれは全面的な移行ではない/マナー裁判所・村の寄合での決議書で村落の土地を3つの共同耕圃に再編するよう命じたものも数多く存在する(13世紀~)/だがこれは全面的な制度の転換を示しているのではない
◇ [ 不完全な統制 ] :
耕地の共同体統制は(実際には)想像されるほど完全・包括的なものではない
(3)家畜と放牧入会地の運用
◆ [ 牧草地の減少=家畜の減少=耕地の拡大 ] :
耕地が拡大していく=飼料用の牧草地を転用していく/以前は放牧入会地として利用したマナーの荒蕪地が切り詰められていく/それによって養いうる家畜の上限は下がっていく
◆ [ 家畜が減らないのは牧畜地域のみ ] :
イングランドでも純粋な牧畜経営の地域が存在した/こうした地域は高地・沼沢地域・森林地域にある/(専ら)それらが家畜・牧羊に向けられていることによる
◆ [ 混合農業では牧畜の要素は不可欠 ] :
〔牧畜の役割〕1.羊毛・羊皮など直接の収益源/2.食肉・乳製品供給/3.犁耕・運搬用/4.唯一の肥料源/(にもかかわらず)安全性の限界を越えて放牧入会地・家畜数が減少した
◆ [ 牧畜向きの場所にも耕作は広がる ] :
イングランドの歴史上にて牧畜経営地域と見なされている地方(例 : 東部・南部コッツウォルド,東部のブレックランドとフィールディング,低地地方の傾斜地・渓谷)にて/こうした場所でも耕作経営が農業の支柱になっていた(12・13世紀の交に)
【 中世農業における肥料の問題 】
◆ [ 施肥以外の方法は不十分だった ] :
場所によっては(家畜による施肥以外に)無機物・化学物質も添加された/(しかし)土壌を肥沃にするまでは至らなかった
◇ [ 添加された物質 ] :
石灰/泥灰土/海岸で波の作用によって細かく砕かれた貝殻
◇ [ 芝草を利用する方法 ] :
芝草を焼き払い・打ちつけて土地にカリを添加する(ただしこれは破壊的な方法)
◆ [ 家畜の糞尿は不十分だった ] :
これは唯一の実際的な肥料/ただし「放牧強制権」によってまず領主直営地に放牧(=直接そこに施肥する)しなければならなかった/場合によっては全部の家畜をそこで放牧しなければならない/(さらに)村の刈株畑での共同放牧も知識は不十分だったようだ
【 家畜数減少・放牧地不足の証拠 】(d.はペンスの略,1シリング=12d.)
◆ [ 家畜を領主に引き渡せない=持っていない農民の増加 ] :
いかなる家畜も持っていない(or)1家族当たり1頭の牛しか持っていない農民が多数存在している/マナーでの死亡税(死亡した保有農が有していた家畜の中から領主が自由選択によって受け取った)において/「死亡した農民に家畜が無かった」という理由だけで少額の貨幣を(家畜の代わりに)受領せざるを得なかった領主がしばしば存在した
◆ [ 牧草地の地価は高騰した ] :
耕地よりも放牧入会地(刈り取りのできる評価の高い採草地ではない)の方が高い地代で評価された/(あるいは)高価格で売られた/このような記録が現れる(特に13世紀後半)
△ [ ハンドン・マナーにて ] (サフォク) :
耕地は4d./1エーカー,放牧入会地は16d./1エーカー
◇ [ バードフィールド・マナーにて ] (エセックス) :
耕地は広大で優等地/放牧地は刈り取りができない/(にもかかわらず)耕地は7d./1エーカーだが劣等放牧地は12d./1エーカー
◇ [ 採草地 ] :
干し草用に規則的に刈り取れるよう立派に手入れされている優良な草地/中世イングランドでは常に採草地≧耕地という評価がなされている
◆ [ 地価は地域の経済事情ごとに異なる ] :
採草地の取引価格は最高に達した(13・14世紀の交に)/ただし地域によって全く傾向は異なる/採草地がかなり不足している地域では採草地は最良の小麦耕地の何倍にも評価された(上記のように)/反対に余裕のある場所(採草地が相対的に広い+山間の放牧入会地が豊富)では採草地が耕地よりも低く評価された(例 : エーカー当たり採草地は10d.・耕地は12d.)
(4)混合農業のバランス崩壊の結末
◆ [ 収穫率は低かった ] :
1エーカー当たり6~8ブッシェル(播種1粒に対して2.5~3.5粒)の収穫というのが一般的な成績(13世紀の直営地の数多くの記録から)/低い収穫率の原因は以下の通り
①種子の質が低い
②犁耕が浅い
③重粘土質で地味良好な土壌にて適切な暗渠排水がなされていない
④雑草を適切に処理するための日常的な鋤き返しによる休閑ができない
⑤肥料不足
【 数世紀にわたる収穫量逓減 】
◆ [ 地力の消耗は続いた ] :
古くに設立したマナーの耕地は減耗していた/共同耕地の一部は放棄されたし大半は地力が減退していたと推測される/マナーの土地台帳・会計録の記録(=直営地のデータを示す)には『古い』『地力消耗している』『不毛である』と記録された古い地片・耕圃全体が存在した
◆ [ 全体の生産量は維持された ] :
(上記のように)地力が減退した・減退しつつある土地は廃減されていく/(一方では)開拓が進展していた/(これによって)耕地の全面積・総生産高そのものは維持されていた/これは新しい耕地は最初の間は良い収穫を得られたことによる
△ [ 聖スウィザン小修道院にて ] :
多数の大耕区が長年にわたる規則的な耕作の後に縮小していた(ハンプシャーにある丘陵地の所領にて)/旧耕地で失われた分の土地を別の土地(それまでの荒蕪地)の農地への取り込むことによって面積全体を維持していた(グラストンベリのマナーでは)
◆ [ 耕地面積・農業生産高そのものが減少した ] (中世後期) :
開拓が終わらない地方は常に存在した/多くの直営地には十分な生産力を維持できた耕地が存在した/(しかし)地力低下を新規開拓で補う代謝のサイクルは止まったようだ