『ヨーロッパ中世象徴史』(M.パストゥロー)から[3]
○木の力
(1)生きている材料
A.木は「石・金属よりも耐久性に劣る」が、全く異なるのは「生きたり、死んだり、病気になったり、欠陥を持っていたり→極めて個性的である」点が、人間と共通していることにある。1つの生命体であり動物に近いのだ
B.とりわけ石に対して、木は優位に立つ。石は(木と同じく)「a.しばしば聖なるものと結びつく」のだが「b.不活性・剥き出し・不変の物質である(それゆえに永遠性が与えられるのだが)」→木は生きているが石は生きていない!
〈例〉中世の迷信にはしばしば「話したり、動いたり、血を流したり、泣いたりする像」が出てくるが、そのほとんどは(石像ではなく)木像にまつわる迷信である。この話はロマネスク時代初期(1000年頃)に多いのだが、当時は石像は稀だった
【木と石との間の選択】
C.封建制が盛んになる時代において「木の城から石の城へ」と移行が起こるが、そこには領主たちの抵抗が伴っていた。その理由は「経済的・技術的なもの」だけでなく「象徴的なもの(≒木に対する愛着?)」があったようだ
D.中世ヨーロッパは全体としてはまだ「木の時代」であったらしい(聖俗での権威の象徴となっていた石造の城砦・大聖堂の存在にもかかわらず)。繰り返し火事が発生していたにもかかわらず、単なる経済的理由だけでなく「どうしても木でなければならない」象徴的な意味が、木造建築には込められていたらしい
【対立する木と金属】
E.木は「聖十字架の理想的なイメージによって聖化された純粋な物質」であるのに対して、金属は「悪魔or地獄のイメージと連想させられる」物質だった。金属は「a.大地からもぎ取られ、火(木の敵)によって処理される」「b.闇と地下の世界の産物である」「c.魔術と何らかの関係がある変質操作の結果によって生み出される」と思われていた
F.さらに「鍛冶屋と大工」は中世の人々の価値観において対立する。鍛冶屋は「社会に有力&不可欠な職業だが、鉄と火を操作する魔法使い」である。対して大工は「高貴で純粋な材料を加工するのだから、控え目だが尊敬される職人」である
☆イエスが「大工の息子」になっているのは偶然ではない(キリスト教の正典の記述は曖昧なままであるにもかかわらず)
G.現実において「相反する木と金属がくっついたもの」は多い。教会の考え方によれば「金属製のモノ(例:斧,鋤,犁)の力強さと恐ろしさは、柄の部分が木製になっているおかげでいくらか取り除かれている」のだという
(2)中世における突出した素材
A.木は中世の人々の生活の、物質的な側面や日常生活において、近代のヨーロッパからは想像もつかないほどの地位を占めていた。人間が利用・加工する素材のリストの先頭にあった(~14世紀)
B.木は特に北ヨーロッパ・北西ヨーロッパでは「主要な富の1つ,主要輸出品(特に木材不足のイスラム世界に対して),大規模に消費される財」だった。農民は農地に関連して「公有林利用権,森林開発権」をしっかりと守っていた
C.南ヨーロッパでは木材はさほど豊富ではない。しかしそうだからこそ、木は価値を有していた。このため人々は「木を節約し、尊重し、ほとんど貴重な材料扱いする(文化面など)」のだった
【繊維の登場】
D.中世盛期の300年間の間に、ヨーロッパの森は大規模に損なわれ、そして中世後期には木の相対的欠乏の時代が訪れた。もちろんこれは全体的なトレンドであり、地域・時期によって差はあることに注意
E.中世後期には木は「たった1つの抜きん出た素材」ではなくなり、代わりに人々の間で重きをなすようになる:
[経済的な面]繊維産業は経済活動の原動力となる。織物は多様化して消費の対象となり、絶えず成長を続ける
[象徴的な意味]衣服が社会的なアイデンティティを示す記号となり「着ている者が誰なのか,いかなる地位(or位階)にあるのか,どのような親族集団・職業団体・社会グループに属するのか」一発で見えるようになる
(3)木こりと炭焼き
【大工との比較】
A.大工“carpentarius”は多様な職業をカバーしていており「建物の骨組みを組み立てる者」から「木製の物・家具・道具・器具を製造する者」まで、木を加工するあらゆる職人のことを(しばしば)示していた(これは村・修道院では1人による兼職だったことが起源となっている)
☆都市では(例によって)分業化・専門職化していく。「指物師,櫃作り,車大工,樽職人,木靴作り,門細工師,ボワソー升職人」など
★“ボワソー”は小麦を計量する容積単位で、約12.8Lである
B.しかし「木こり,炭焼き」は中世において人々から排斥されていた。彼らが様々な証言(例:文学テクスト,年代記,諺,民間伝承,口碑伝承)において与えられていたイメージは「貧しい,不潔,毛むくじゃら,粗暴,物を壊す,定住しない,人間社会から孤立している」「地方から地方へと樹木を伐採・断裁しては木材を焼く」というものだった
C.こうしたイメージはまさに中世の人々にとって“悪魔から遣わされた者”でしかなかった。おまけに彼らは森の中で「もう1つの魔法使い=鍛冶屋」とも時々会っているのだ
★中世農民文化において最も恐れられ、嫌われた5つの職業:「木こり,炭焼き,鍛冶屋,粉屋(粉を貯め込んで人々を餓えさせる),肉屋(裕福・残酷・血に染まっている)」
【木こりのイメージ】
D.彼らは「鉄&火花を操る」ことから“樹木の大いなる敵”“森の死刑執行人&屠殺人”だった。そして木こりにまつわる小話・伝説の言語データベースが形成されてきた(13世紀~):
「不思議な力を備えた存在である」「決して斧は手放さない」「村人とはめったに交わらない」「盗みはする,人に突っかかる,森を出る時には決まって畑の作物を盗む,喧嘩はふっかける」「赤貧洗うがごき生活ぶり」の人物である
E.一方で「“貧しい木こり”の娘(or息子)が、運命・自身の長所のおかげで、ついには王(orお姫様)と結婚する」というモチーフが、文学的テクスト・口承伝説に繰り返し出てくる
【炭焼きのイメージ】
F.彼らは木こりよりも「さらに貧しい・不潔・卑しい・不気味」とされ、どの地域でも村人から怖れられた:
「鉄は使わないものの、火(木の最悪の敵!)を操るので“悪魔の申し子”である」「結婚しないので子孫はいない」「森を離れるのは別の森に閉じこもる時で、そこで破壊&燃焼の作業を続ける」
G.さらに「チビ,色黒,毛深い,くぼんだ赤い目をしている,口を残酷そうに歪めている」というイメージも付与された。これは文学テクスト(特に宮廷風騎士道物語)において「登場人物である勇敢な騎士が、森の中で道に迷い、仕方なく怖ろしい炭焼きに道を尋ねる」という場面である
☆中世盛期の読者にとって、この出会いの印象の怖ろしさは極限だったらしい
【炭焼きの社会的必要性】
H.ところが彼らが行う「木材の炭化」は、中世においても金属業・ガラス産業にとって不可欠な活動だった。木炭には「a.原木よりも運搬しやすい」「b.燃焼効率が良いので、同じ質量でより多くの熱を発する」というメリットがある。そして「c.中世の人々はこのことをよく知っていたので、広範囲に利用していた」
⇒このことが森林破壊を招いたので、至る所で森林保護が試みられた(13世紀~)
☆ある見積もりによると「1kgの炭を得るのに約10kgの木材が必要」「炭焼き用に掘る穴が1ヶ月で1haの森を破壊しかねなかった」という(14世紀初頭)
I.彼らは(中世においては)決して団体にはならなかった。中世の炭焼きは「常に孤独であり、排斥された」が「決して権力に対抗しようとはしない」存在だった。そして中世の森=“不安をかき立てる神秘的な世界”“出会いと変身の場所”の住人の一角であった
☆中世の森の住人=“野性人”には他に「鍛冶屋,木こり,猟師,豚飼い,隠者,追放者,山賊,幽霊,逃亡者」などが含まれていた
(4)斧と鋸
A.中世においては木の加工に使う道具として、この2つの他には槌・鉋がある。しかし象徴性の次元においては、斧と鋸は最も強く、そして対称的だった
【斧:道具にも武器にもなる】
B.斧は日常生活の様々な場面だけでなく、戦闘にも「騎士以外の平民=徒歩で戦う者の武器」として登場する。複数の価値を持つがため、斧は中世世界で最もポピュラーな道具の1つである
C.技術的には古代の斧が既に洗練されており、中世の斧は技術の進展を示していない。しかし「脆くない,製造が簡単,使いやすい,長持ちする」というメリットがあった。おまけに種類も多様化していた
〈例〉木こりの大斧(柄が長く刃が短い“まさかり”),大工の斧(柄が短く刃が非対称の“手斧”)
D.しかし斧がどんな種類であれ、象徴するもの(イメージ)は共通していた:
「叩いて切る際に音と火花を伴う」→「雷のように光と鉄を撒き散らしながら落ちてくる」→「豊饒をもたらすもの,何かを生み出すために叩くもの」となる(それが樹木を伐採する時であっても)
【残酷な鋸】
E.鋸の動作原理は先史時代から知られていたが、手仕事・専門職での利用の本格化は遅かった。そして中世の人々は“悪魔的な道具”とみなして、利用はしたものの鋸を嫌悪していた。このことは「文書・図像に登場するのが遅かった(13世紀~)」ことと「取り上げられる場合にも拷問の道具としてしか扱われていない」点に現れている
〈例〉預言者イザヤは(伝説によると)内部が空間になっている木の中に逃げ、木と一緒に鋸挽きされた
F.殉教する義人・聖人の肉体を切断するためとして専ら登場し、木材を切っていないのだという。「木こりが斧で切り倒した木を鋸で切っている場面を描いた絵」が登場するのはずっと遅い(中世末)
G.実際のところ、鋸の利用開始はもっと早かったが、地域によってバラつきが激しい。「一般的:13世紀~」「東欧:18世紀~」「西欧の複数の司教区では司教が使用者を破門した(14世紀になっても)」「北イタリアでは工業用の水力鋸による縦挽きが可能になっていた(12世紀~)」
【不人気さの理由】
H.使用上では鋸に対する不平不満が多かった。「a.脆くて使い方が複雑」「b.斧なら1人で済むのに2人必要」「c.高価であり保守・修理が難しい」「d.比較的作業が静かに進むので不法伐採を可能にする」
I.さらに象徴の次元では「e.緩慢で卑怯な道具」であることが責められた。「f.樹木の繊維を切断し、しばしば木質部が劣化して、幹・切り株からの枝の再生を妨げる」ので、木を「鋸で責め苛まれた聖人たちのように」痛めつけると連想された(木はしばしば人に喩えられた!)
J.イメージの理由によって「中世ではヤスリも嫌われた」。時間をかけて対象物を傷つける行為が「(神のものである)時間を利子=金に変える」高利貸しを連想したからだった
★鋸がイメージ的に嫌われたので「鋸歯状のもの,ギザギザのもの,鋸の歯の形に切り取られたもの」は全て“負のイメージ”を与えられた(例:波線は直線・曲線よりも悪い線である)
★逆に「最初から悪いイメージを持つ者に対して、ギザギザ・鋸歯状・山形などの模様を与える」ことも行われた(例:裏切り者の騎士,死刑執行人,売春婦,道化,私生児,異端者,異教徒)
(5)良い木・悪い木
【菩提樹】
A.この木は中世の人々にとって、ほとんど常にプラスのイメージしかなく、民衆からは特別な敬意を払われていたようだ。まず外見=「荘厳な佇まい,葉叢,枝ぶり,幹の豊かさ,長命」を賞賛された
〈例〉中世ドイツには幹の太さを記録し競う風潮があった。ノイシュタット(ヴュルテンベルク地方)には約12mの太さの菩提樹があった(1229年)
B.外見以上に菩提樹は、人々に恵みをもたらしていた。「芳香,音色(ミツバチの羽音),産物の豊さ,材木としの素材的特性」が魅力だった:
「a.薬局に一番人気のある木で、樹液・樹皮・葉・(特に)花が利用された。鎮静効果は麻酔作用まであるとされた(古代から知られていた)。ライ病院・施療院の傍に菩提樹を植えた(13世紀~)」
「b.花に群がるミツバチのおかげで蜜が採れ、そこには治療・予防・味覚における価値が高いとされた」
「c.樹液から一種の糖が抽出できる」
「d.葉は家畜の飼料になる」
「e.樹皮は柔軟・耐久性が強い・繊維に富むことから、繊維素材=“靱皮”が作られ、これは袋・井戸の引き綱に用いられた」
「f.柔らかく・軽く・加工が容易・木理が詰まっていて均質という特質が、彫刻師やボワソー升職人から最も高く評価されていた。しばしば楽器の素材となった」
☆多大な効用ゆえに「保護者・領主としての性格」が付与され、教会の前に植えられた・葉叢の下で判決が下された
☆「菩提樹の木材に刻まれた癒やしの聖人像」が、他の木材に同じ聖人像を刻むよりも、治療・予防効果が高いと信じられていた可能性もある
☆楽器製作には「菩提樹を特に好むミツバチの羽音の記憶」ゆえに、わざわざ菩提樹を選んだ可能性もある
【トネリコ】
C.ゲルマン人の崇める樹木であり「天と地の仲介者,雷・雷雨を招き寄せる」とされている。中世では「投擲武器の大部分(槍,投槍,矢)の製造」に使われた。素材的にも適切だった(木質の柔軟さ・強度)だけでなく、古い神話(神々に仕える戦士の武器,天の火の樹木)が影響していた可能性もある
【白樺】
D.ヨーロッパ全域で、枝の柔軟さゆえに「悪魔憑き・罪人の身体から悪を追い出すための、鞭打ち用の鞭」を作るのに使われた。ただしこれも「白い樹木,冬の太陽の光の中で輝く」という性質が、悪を追い出すのに相応しい、と信じられていた可能性もある
【イチイ:不吉&不気味な木】
E.この木はたいていの場合「他の木々が生えない場所(荒れ地,泥炭地)に、悲しげにひとりぼっちで生えている」「常緑で奇妙なほど不変である」という、外見上の特徴がある
F.不変なのは「悪魔と契約して不死性を獲得した」ように見られた。その不気味な外見もあって「a.(数多くの伝説・伝統で)イチイは彼岸・死と結びつけられた」「b.ドイツ語では“死の木”となる」「c.埋葬と縁が深く、墓地でよく見かけられ、喪・自殺に関わりのある木」とされた
G.おまけに「d.含むもの全て(葉・果実・樹皮・根・とりわけ抽出液)が毒になる(例:シェイクスピアがハムレットの父を死なせるのに使った毒にも入っている)」ので、イチイに触れる動物はいない
H.中世では「e.弓・矢を作るのに、イチイ材がいちばんよく用いられた」が、確かに「f.(トネリコとほとんど同じくらい)イチイ材は柔軟で強い」というメリットがあった。しかし、含まれる毒をアテにしていたのかも知れないし“死の木”というイメージが影響していたかも知れない
☆中世の射手が、弓・矢を切り出すためにイチイ材を最も大量に使ったのは、イングランド・スコットランド・ウェールズ(最もイチイを怖れ敬った、古代ケルト文化を受け継いだ3国)だったのだ
【胡桃の木】
I.キリスト教の著作家たちは「不吉な樹木,悪魔の木の1つ,根は周囲の植生をを枯らせる,根が(毒を持つので)家畜小屋・厩に近付き過ぎると家畜の死を招く」とした。民間信仰でも不吉な木として「胡桃の木の下で眠り込むと発熱・頭痛に見舞われる,悪霊どもがやって来る」と怖れられた。後には“魔女の木”とされた(15世紀~)
J.ところがこんな悪評にもかかわらず、中世の人々は胡桃の木を大量に消費した。「a.医薬・食料に役立った」「b.実からは油・(あらゆる種類の)飲料が作られた」が、全く怖がられなかった。さらに「c.胡桃の木の根と樹皮は染料の製造に使われた(☆)」「d.木材は堅く・重く・強いので、装飾家具の製造・彫刻において、最も美しく最も尊ばれた」
☆染料として「褐色染め」「黒色染め」に使われたが、黒色は中世ヨーロッパでは困難な染めだった(=胡桃が不可欠!)
K.農民は民間信仰を素朴に信じ、我が子・家畜を胡桃の木から遠ざけていた(20世紀になってもこの信仰は残っていた!)。一方で指物師は嬉々として胡桃材を加工して利益を上げていた
【榛(はしばみ)の木】
M.フランスの地名に最も頻繁に出てくる木だが、一方で(イチイや胡桃の木)と同じく“神に見放された木”の筆頭だった。「a.水と奇妙に関係が深く、他の樹木が生えない所(泥炭地,沼地)に芽を出す」「b.煙を出さずに燃える」「c.葉は落葉するまで緑を保つ」「d.不安を感じさせ、靄の中の亡霊のように見える」「e.黄色の木質部が、切ると赤くなって『出血する』ように見える」ので、誰もが怖がった
○木の力
(1)生きている材料
A.木は「石・金属よりも耐久性に劣る」が、全く異なるのは「生きたり、死んだり、病気になったり、欠陥を持っていたり→極めて個性的である」点が、人間と共通していることにある。1つの生命体であり動物に近いのだ
B.とりわけ石に対して、木は優位に立つ。石は(木と同じく)「a.しばしば聖なるものと結びつく」のだが「b.不活性・剥き出し・不変の物質である(それゆえに永遠性が与えられるのだが)」→木は生きているが石は生きていない!
〈例〉中世の迷信にはしばしば「話したり、動いたり、血を流したり、泣いたりする像」が出てくるが、そのほとんどは(石像ではなく)木像にまつわる迷信である。この話はロマネスク時代初期(1000年頃)に多いのだが、当時は石像は稀だった
【木と石との間の選択】
C.封建制が盛んになる時代において「木の城から石の城へ」と移行が起こるが、そこには領主たちの抵抗が伴っていた。その理由は「経済的・技術的なもの」だけでなく「象徴的なもの(≒木に対する愛着?)」があったようだ
D.中世ヨーロッパは全体としてはまだ「木の時代」であったらしい(聖俗での権威の象徴となっていた石造の城砦・大聖堂の存在にもかかわらず)。繰り返し火事が発生していたにもかかわらず、単なる経済的理由だけでなく「どうしても木でなければならない」象徴的な意味が、木造建築には込められていたらしい
【対立する木と金属】
E.木は「聖十字架の理想的なイメージによって聖化された純粋な物質」であるのに対して、金属は「悪魔or地獄のイメージと連想させられる」物質だった。金属は「a.大地からもぎ取られ、火(木の敵)によって処理される」「b.闇と地下の世界の産物である」「c.魔術と何らかの関係がある変質操作の結果によって生み出される」と思われていた
F.さらに「鍛冶屋と大工」は中世の人々の価値観において対立する。鍛冶屋は「社会に有力&不可欠な職業だが、鉄と火を操作する魔法使い」である。対して大工は「高貴で純粋な材料を加工するのだから、控え目だが尊敬される職人」である
☆イエスが「大工の息子」になっているのは偶然ではない(キリスト教の正典の記述は曖昧なままであるにもかかわらず)
G.現実において「相反する木と金属がくっついたもの」は多い。教会の考え方によれば「金属製のモノ(例:斧,鋤,犁)の力強さと恐ろしさは、柄の部分が木製になっているおかげでいくらか取り除かれている」のだという
(2)中世における突出した素材
A.木は中世の人々の生活の、物質的な側面や日常生活において、近代のヨーロッパからは想像もつかないほどの地位を占めていた。人間が利用・加工する素材のリストの先頭にあった(~14世紀)
B.木は特に北ヨーロッパ・北西ヨーロッパでは「主要な富の1つ,主要輸出品(特に木材不足のイスラム世界に対して),大規模に消費される財」だった。農民は農地に関連して「公有林利用権,森林開発権」をしっかりと守っていた
C.南ヨーロッパでは木材はさほど豊富ではない。しかしそうだからこそ、木は価値を有していた。このため人々は「木を節約し、尊重し、ほとんど貴重な材料扱いする(文化面など)」のだった
【繊維の登場】
D.中世盛期の300年間の間に、ヨーロッパの森は大規模に損なわれ、そして中世後期には木の相対的欠乏の時代が訪れた。もちろんこれは全体的なトレンドであり、地域・時期によって差はあることに注意
E.中世後期には木は「たった1つの抜きん出た素材」ではなくなり、代わりに人々の間で重きをなすようになる:
[経済的な面]繊維産業は経済活動の原動力となる。織物は多様化して消費の対象となり、絶えず成長を続ける
[象徴的な意味]衣服が社会的なアイデンティティを示す記号となり「着ている者が誰なのか,いかなる地位(or位階)にあるのか,どのような親族集団・職業団体・社会グループに属するのか」一発で見えるようになる
(3)木こりと炭焼き
【大工との比較】
A.大工“carpentarius”は多様な職業をカバーしていており「建物の骨組みを組み立てる者」から「木製の物・家具・道具・器具を製造する者」まで、木を加工するあらゆる職人のことを(しばしば)示していた(これは村・修道院では1人による兼職だったことが起源となっている)
☆都市では(例によって)分業化・専門職化していく。「指物師,櫃作り,車大工,樽職人,木靴作り,門細工師,ボワソー升職人」など
★“ボワソー”は小麦を計量する容積単位で、約12.8Lである
B.しかし「木こり,炭焼き」は中世において人々から排斥されていた。彼らが様々な証言(例:文学テクスト,年代記,諺,民間伝承,口碑伝承)において与えられていたイメージは「貧しい,不潔,毛むくじゃら,粗暴,物を壊す,定住しない,人間社会から孤立している」「地方から地方へと樹木を伐採・断裁しては木材を焼く」というものだった
C.こうしたイメージはまさに中世の人々にとって“悪魔から遣わされた者”でしかなかった。おまけに彼らは森の中で「もう1つの魔法使い=鍛冶屋」とも時々会っているのだ
★中世農民文化において最も恐れられ、嫌われた5つの職業:「木こり,炭焼き,鍛冶屋,粉屋(粉を貯め込んで人々を餓えさせる),肉屋(裕福・残酷・血に染まっている)」
【木こりのイメージ】
D.彼らは「鉄&火花を操る」ことから“樹木の大いなる敵”“森の死刑執行人&屠殺人”だった。そして木こりにまつわる小話・伝説の言語データベースが形成されてきた(13世紀~):
「不思議な力を備えた存在である」「決して斧は手放さない」「村人とはめったに交わらない」「盗みはする,人に突っかかる,森を出る時には決まって畑の作物を盗む,喧嘩はふっかける」「赤貧洗うがごき生活ぶり」の人物である
E.一方で「“貧しい木こり”の娘(or息子)が、運命・自身の長所のおかげで、ついには王(orお姫様)と結婚する」というモチーフが、文学的テクスト・口承伝説に繰り返し出てくる
【炭焼きのイメージ】
F.彼らは木こりよりも「さらに貧しい・不潔・卑しい・不気味」とされ、どの地域でも村人から怖れられた:
「鉄は使わないものの、火(木の最悪の敵!)を操るので“悪魔の申し子”である」「結婚しないので子孫はいない」「森を離れるのは別の森に閉じこもる時で、そこで破壊&燃焼の作業を続ける」
G.さらに「チビ,色黒,毛深い,くぼんだ赤い目をしている,口を残酷そうに歪めている」というイメージも付与された。これは文学テクスト(特に宮廷風騎士道物語)において「登場人物である勇敢な騎士が、森の中で道に迷い、仕方なく怖ろしい炭焼きに道を尋ねる」という場面である
☆中世盛期の読者にとって、この出会いの印象の怖ろしさは極限だったらしい
【炭焼きの社会的必要性】
H.ところが彼らが行う「木材の炭化」は、中世においても金属業・ガラス産業にとって不可欠な活動だった。木炭には「a.原木よりも運搬しやすい」「b.燃焼効率が良いので、同じ質量でより多くの熱を発する」というメリットがある。そして「c.中世の人々はこのことをよく知っていたので、広範囲に利用していた」
⇒このことが森林破壊を招いたので、至る所で森林保護が試みられた(13世紀~)
☆ある見積もりによると「1kgの炭を得るのに約10kgの木材が必要」「炭焼き用に掘る穴が1ヶ月で1haの森を破壊しかねなかった」という(14世紀初頭)
I.彼らは(中世においては)決して団体にはならなかった。中世の炭焼きは「常に孤独であり、排斥された」が「決して権力に対抗しようとはしない」存在だった。そして中世の森=“不安をかき立てる神秘的な世界”“出会いと変身の場所”の住人の一角であった
☆中世の森の住人=“野性人”には他に「鍛冶屋,木こり,猟師,豚飼い,隠者,追放者,山賊,幽霊,逃亡者」などが含まれていた
(4)斧と鋸
A.中世においては木の加工に使う道具として、この2つの他には槌・鉋がある。しかし象徴性の次元においては、斧と鋸は最も強く、そして対称的だった
【斧:道具にも武器にもなる】
B.斧は日常生活の様々な場面だけでなく、戦闘にも「騎士以外の平民=徒歩で戦う者の武器」として登場する。複数の価値を持つがため、斧は中世世界で最もポピュラーな道具の1つである
C.技術的には古代の斧が既に洗練されており、中世の斧は技術の進展を示していない。しかし「脆くない,製造が簡単,使いやすい,長持ちする」というメリットがあった。おまけに種類も多様化していた
〈例〉木こりの大斧(柄が長く刃が短い“まさかり”),大工の斧(柄が短く刃が非対称の“手斧”)
D.しかし斧がどんな種類であれ、象徴するもの(イメージ)は共通していた:
「叩いて切る際に音と火花を伴う」→「雷のように光と鉄を撒き散らしながら落ちてくる」→「豊饒をもたらすもの,何かを生み出すために叩くもの」となる(それが樹木を伐採する時であっても)
【残酷な鋸】
E.鋸の動作原理は先史時代から知られていたが、手仕事・専門職での利用の本格化は遅かった。そして中世の人々は“悪魔的な道具”とみなして、利用はしたものの鋸を嫌悪していた。このことは「文書・図像に登場するのが遅かった(13世紀~)」ことと「取り上げられる場合にも拷問の道具としてしか扱われていない」点に現れている
〈例〉預言者イザヤは(伝説によると)内部が空間になっている木の中に逃げ、木と一緒に鋸挽きされた
F.殉教する義人・聖人の肉体を切断するためとして専ら登場し、木材を切っていないのだという。「木こりが斧で切り倒した木を鋸で切っている場面を描いた絵」が登場するのはずっと遅い(中世末)
G.実際のところ、鋸の利用開始はもっと早かったが、地域によってバラつきが激しい。「一般的:13世紀~」「東欧:18世紀~」「西欧の複数の司教区では司教が使用者を破門した(14世紀になっても)」「北イタリアでは工業用の水力鋸による縦挽きが可能になっていた(12世紀~)」
【不人気さの理由】
H.使用上では鋸に対する不平不満が多かった。「a.脆くて使い方が複雑」「b.斧なら1人で済むのに2人必要」「c.高価であり保守・修理が難しい」「d.比較的作業が静かに進むので不法伐採を可能にする」
I.さらに象徴の次元では「e.緩慢で卑怯な道具」であることが責められた。「f.樹木の繊維を切断し、しばしば木質部が劣化して、幹・切り株からの枝の再生を妨げる」ので、木を「鋸で責め苛まれた聖人たちのように」痛めつけると連想された(木はしばしば人に喩えられた!)
J.イメージの理由によって「中世ではヤスリも嫌われた」。時間をかけて対象物を傷つける行為が「(神のものである)時間を利子=金に変える」高利貸しを連想したからだった
★鋸がイメージ的に嫌われたので「鋸歯状のもの,ギザギザのもの,鋸の歯の形に切り取られたもの」は全て“負のイメージ”を与えられた(例:波線は直線・曲線よりも悪い線である)
★逆に「最初から悪いイメージを持つ者に対して、ギザギザ・鋸歯状・山形などの模様を与える」ことも行われた(例:裏切り者の騎士,死刑執行人,売春婦,道化,私生児,異端者,異教徒)
(5)良い木・悪い木
【菩提樹】
A.この木は中世の人々にとって、ほとんど常にプラスのイメージしかなく、民衆からは特別な敬意を払われていたようだ。まず外見=「荘厳な佇まい,葉叢,枝ぶり,幹の豊かさ,長命」を賞賛された
〈例〉中世ドイツには幹の太さを記録し競う風潮があった。ノイシュタット(ヴュルテンベルク地方)には約12mの太さの菩提樹があった(1229年)
B.外見以上に菩提樹は、人々に恵みをもたらしていた。「芳香,音色(ミツバチの羽音),産物の豊さ,材木としの素材的特性」が魅力だった:
「a.薬局に一番人気のある木で、樹液・樹皮・葉・(特に)花が利用された。鎮静効果は麻酔作用まであるとされた(古代から知られていた)。ライ病院・施療院の傍に菩提樹を植えた(13世紀~)」
「b.花に群がるミツバチのおかげで蜜が採れ、そこには治療・予防・味覚における価値が高いとされた」
「c.樹液から一種の糖が抽出できる」
「d.葉は家畜の飼料になる」
「e.樹皮は柔軟・耐久性が強い・繊維に富むことから、繊維素材=“靱皮”が作られ、これは袋・井戸の引き綱に用いられた」
「f.柔らかく・軽く・加工が容易・木理が詰まっていて均質という特質が、彫刻師やボワソー升職人から最も高く評価されていた。しばしば楽器の素材となった」
☆多大な効用ゆえに「保護者・領主としての性格」が付与され、教会の前に植えられた・葉叢の下で判決が下された
☆「菩提樹の木材に刻まれた癒やしの聖人像」が、他の木材に同じ聖人像を刻むよりも、治療・予防効果が高いと信じられていた可能性もある
☆楽器製作には「菩提樹を特に好むミツバチの羽音の記憶」ゆえに、わざわざ菩提樹を選んだ可能性もある
【トネリコ】
C.ゲルマン人の崇める樹木であり「天と地の仲介者,雷・雷雨を招き寄せる」とされている。中世では「投擲武器の大部分(槍,投槍,矢)の製造」に使われた。素材的にも適切だった(木質の柔軟さ・強度)だけでなく、古い神話(神々に仕える戦士の武器,天の火の樹木)が影響していた可能性もある
【白樺】
D.ヨーロッパ全域で、枝の柔軟さゆえに「悪魔憑き・罪人の身体から悪を追い出すための、鞭打ち用の鞭」を作るのに使われた。ただしこれも「白い樹木,冬の太陽の光の中で輝く」という性質が、悪を追い出すのに相応しい、と信じられていた可能性もある
【イチイ:不吉&不気味な木】
E.この木はたいていの場合「他の木々が生えない場所(荒れ地,泥炭地)に、悲しげにひとりぼっちで生えている」「常緑で奇妙なほど不変である」という、外見上の特徴がある
F.不変なのは「悪魔と契約して不死性を獲得した」ように見られた。その不気味な外見もあって「a.(数多くの伝説・伝統で)イチイは彼岸・死と結びつけられた」「b.ドイツ語では“死の木”となる」「c.埋葬と縁が深く、墓地でよく見かけられ、喪・自殺に関わりのある木」とされた
G.おまけに「d.含むもの全て(葉・果実・樹皮・根・とりわけ抽出液)が毒になる(例:シェイクスピアがハムレットの父を死なせるのに使った毒にも入っている)」ので、イチイに触れる動物はいない
H.中世では「e.弓・矢を作るのに、イチイ材がいちばんよく用いられた」が、確かに「f.(トネリコとほとんど同じくらい)イチイ材は柔軟で強い」というメリットがあった。しかし、含まれる毒をアテにしていたのかも知れないし“死の木”というイメージが影響していたかも知れない
☆中世の射手が、弓・矢を切り出すためにイチイ材を最も大量に使ったのは、イングランド・スコットランド・ウェールズ(最もイチイを怖れ敬った、古代ケルト文化を受け継いだ3国)だったのだ
【胡桃の木】
I.キリスト教の著作家たちは「不吉な樹木,悪魔の木の1つ,根は周囲の植生をを枯らせる,根が(毒を持つので)家畜小屋・厩に近付き過ぎると家畜の死を招く」とした。民間信仰でも不吉な木として「胡桃の木の下で眠り込むと発熱・頭痛に見舞われる,悪霊どもがやって来る」と怖れられた。後には“魔女の木”とされた(15世紀~)
J.ところがこんな悪評にもかかわらず、中世の人々は胡桃の木を大量に消費した。「a.医薬・食料に役立った」「b.実からは油・(あらゆる種類の)飲料が作られた」が、全く怖がられなかった。さらに「c.胡桃の木の根と樹皮は染料の製造に使われた(☆)」「d.木材は堅く・重く・強いので、装飾家具の製造・彫刻において、最も美しく最も尊ばれた」
☆染料として「褐色染め」「黒色染め」に使われたが、黒色は中世ヨーロッパでは困難な染めだった(=胡桃が不可欠!)
K.農民は民間信仰を素朴に信じ、我が子・家畜を胡桃の木から遠ざけていた(20世紀になってもこの信仰は残っていた!)。一方で指物師は嬉々として胡桃材を加工して利益を上げていた
【榛(はしばみ)の木】
M.フランスの地名に最も頻繁に出てくる木だが、一方で(イチイや胡桃の木)と同じく“神に見放された木”の筆頭だった。「a.水と奇妙に関係が深く、他の樹木が生えない所(泥炭地,沼地)に芽を出す」「b.煙を出さずに燃える」「c.葉は落葉するまで緑を保つ」「d.不安を感じさせ、靄の中の亡霊のように見える」「e.黄色の木質部が、切ると赤くなって『出血する』ように見える」ので、誰もが怖がった