『ヨーロッパ中世象徴史』(M.パストゥロー)から[8]
○赤毛の男-中世におけるユダの図像学-
(1)裏切りの赤褐色
A.全ての裏切り者と同じく、ユダは次第に人々の間で赤毛だと伝えられるようになっていく。まずはカロリング時代末の図像から始まり、やがては文字に「赤毛だった」記されるようになる(12世紀~)
B.西欧では裏切りには「赤と黄の中間」が当てられた。このような色になったのは「赤のネガティブな部分」と「黄のネガティブな部分」を重ね持たせるためであり、これによって「悪魔,狐,偽善,嘘,裏切り」を象徴した
C.ただし橙色ではなく実際にはそれを暗くして彩度を高めた色=「赤褐色」だった。赤褐色の特徴は「常に赤が黄色に勝っていて、朱色のようには輝かない」「艶のない沈んだ色調で、光で照らすことがなくても燃えている“地獄の炎”を連想させる」ものだった
(2)様々なユダ
A.ユダの外見については正典・外典を通じて一切記されていない。そのため初期キリスト教と中世初期美術では、特定の徴などで性格づけされてはいない(例外は『最後の晩餐』での表現)
【ユダの徴】
B.シャルル禿頭王の時代に初めて「赤毛」というイメージが登場し(9世紀後半)ユダの徴の中で最も用いられた(13世紀~)。様々な徴がユダに与えられ、芸術家たちはその中から(自分の芸術に)必要なものを自由に選べぶのだが、唯一ほとんど常に存在したのが「赤毛の髪」だった(13世紀半ば~)
〈ユダの数々の徴〉
短躯,狭い額,動物めいて引きつった顔つき,黒っぽい皮膚,鉤鼻,分厚い口,黒い唇(告発の接吻のため),光輪の欠如(or黒色の光輪),黄色の衣,だらしのない動作,いわくありげな動作,盗んだ魚or30ドニエの入った財布を持つ手,口に入ろうとする悪魔(orヒキガエル),傍らにいる犬,など
【赤毛で表示される者たち】
C.中世末期の美術では、しばしば赤毛によって示された「名高い逆臣,裏切り者,反逆者」者たちがいた。あるいは類型的な人物に(時には)赤毛の特徴を与えた。後者の場合には赤毛であることはあまり無いが、中世の人々が見れば一発で判別できるようになっている
〈個人〉
「a.カイン:アダムとイヴの次男で兄アベルを殺す,一部ではユダを予告する人物とされる」「b.デリラ:イスラエルの英雄サムソンを裏切ってペリシテ人に売り渡す」「c.サウル:イスラエル初代の王でダヴィデを妬む」「d.ガヌロン:『ロランの歌』の主人公ロランの義父,復讐心と嫉妬からロランとその仲間たちを躊躇いなく殺戮の場に送り込む」「e.モードレッド:アーサー王の近親相姦による息子で父を裏切り、ログル王国の崩壊を引き起こす」など
〈類型化された人物〉
叙事詩・宮廷風騎士道物語において「f.反逆する領主たち,主君の座を狙う重臣・司法官・代官,父に反逆する息子,誓いに背く兄弟,簒奪者である叔父,不貞をはたらく妻」。聖人伝・社会伝承において「g.破廉恥で不法な行為に走り、既成秩序を破ろうとする者たち全て:死刑執行人,売春婦,高利貸し,両替商,偽金作り,軽業師,道化」。口承・伝承で貶められる「h.鍛冶屋,粉屋,肉屋」
〈社会的カテゴリー〉
中世社会で排斥される者「i.異端者,ユダヤ人,イスラム教徒,ジプシー,賤民(カゴ:一種の流民),ハンセン病患者,障害者,自殺者,乞食,浮浪者,貧者,あらゆる種類の落伍者」も対象とされた
D.社会的カテゴリーの人々の場合、図像の中の赤毛色が「赤or黄の服飾に付ける標識・記章」と合体し、幾つかの都市では実際に身につけなければならなくなる(13世紀~)
(3)「不名誉の赤」の継承
【聖書の赤:やはりマイナス】
A.聖書の中では、実はカインもユダも赤毛ではないのだが、しかし他にマイナスのイメージを持つ人物が何人か登場する(上記のサウルがその1人)。ところが一方でダヴィデが例外的存在として“赤毛で、澄んだ目をして、立派な風采だった”と描かれている
☆これは「価値の秩序の侵犯」という方法で、あらゆる象徴のシステムに用いられている。象徴システムを機能させるためには「例外が存在しなければならない」のだという(例:「赤毛のキリスト」が逮捕と接吻の場面によく登場する)
【ギリシア・ローマの赤:これも負】
B.ギリシア神話ではテューポーン(神or怪物:あらゆる怪物の王)[※→台風]は赤毛とされる。ローマの演劇で「赤毛の髪,仮面に着けた赤毛の羽根」は奴隷or道化を意味した
C.またローマでは、ラテン語の“rufus(赤っぽい,赤毛の)”という渾名にはしばしば嘲りのニュアンスが込められ、ごく普通に罵りの言葉だった
☆中世を通じて修道院の内外では“rufus”“subrufus”というように互いに呼び合っていた
【ゲルマン=スカンディナヴィアも同じ】
D.赤毛の人が比較的多いにもかかわらず事情は同じである。「雷神トール:最も暴力的で最も怖がられる」「ロキ:火の魔神,破壊と悪行の精,最も恐ろしい怪物たちの父」はどちらも赤毛だった
【キリスト教中世】
E.古典古代の赤のマイナスイメージ=「残忍,血なまぐさい,醜悪,劣っている,滑稽」を継承したのだが、中世が進むにつれてとりわけ「偽物,奸智,虚言,欺瞞,不誠実,背信,変節」の意味を持つようになっていった。しかもそのイメージの広がりは相当なものであり、ここかしこで一種の不可触民とされていた
〈諺・迷信の例〉
「赤毛の者には信頼は存在しない」(14~16世紀),赤毛を「友にするのは避けなければならない」「親類として迎えてはならない」「聖職・王位につけたりしてはならない」,「道で赤毛の男にすれ違うのは悪い前兆である」「赤毛色の髪の女性は多かれ少なかれ魔女である」(どちらも中世末~)
〈価値の秩序の侵犯例(=赤毛の例外)〉
幾つかあるが、代表はフリードリヒ1世赤髭王。死後には終末論的な伝説上の人物にまでなっていた
【なぜここまで排斥されたのか?】
F.あらゆる社会(上記3つ以外にもケルト社会・スカンディナヴィア社会も含めて)では、赤毛の人物とは「他の人々と外見的に異なる者,少数派に属する者」→「安定を乱す,不安を醸し出す,人々を顰蹙させる者」と思われた。社会の平均的な人々からすれば、赤毛の人物は「よそ者=排除される者」だったのだ
(4)中世における色の正/負のイメージ
【赤色】
A.あらゆる色は良い方/悪い方に捉えられる。赤は中世までは長い間「色の筆頭格,代表的な色」だった。しかし早くも中世後期のある紋章論には“あらゆる色のうちで最も醜い色”と言明されていた
B.中世での「悪い赤」とは「(キリスト教論と結びついた)白の反対色,直接悪魔&地獄と結びつく色」=「地獄の業火と悪魔の顔の色」だった。暗闇の帝王だった(~12世紀)はずの悪魔は、次第に「赤の面相,赤みがかった体毛を持つ」ことが多くなっていったのだ
⇒拡大解釈がなされ、顔・毛が赤色のモノ・ヒトは大かれ少なかれ「悪魔的」と見なされるようになる。赤色で標章される事物には地獄の世界との関わりが与えられた
〈例〉アーサー王物語(12・13世紀)
この時期のバージョンには、数多くの真紅の騎士(服・装備・楯の全てが赤)が登場し、主人公の行く手を阻もうとする
【地名・渾名の赤】
C.地名の構成要素に“rouge(赤)”が入っている場所は「危険という評判」の場所を指す場合が多い(特に文学・想像上の地名には)
D.“赤”“赤毛”という渾名は「赤毛or赤ら顔を示す」「赤色の『不名誉な記号』としての服を身に着けた職業(死刑執行人,肉屋,売春婦)を連想させがち」。また文学上の人名のパターンとして、その名を持つ者の「血なまぐさい,残忍で悪魔的な性格」を強調する
【黄色】
E.ユダが赤だけでなく、図像表現では衣服を黄色で表現されるようになる(12世紀末~)。黄色の価値下落が始まる(13世紀~)と「偽りの色,虚言の色」とされ、やがてユダヤ人とシナゴーグの色になった
☆実はこの間でも、ローマでは「聖なる色」として宗教儀礼で重要な役割を果たしていたのだが……やがて見捨てられていったという
F.キリスト教関連の版画において、黄色がユダヤ人に繰り返し用いられるようになる(1220~50年より後)。こうして想像世界では、ユダヤ人=「黄色の服を着ている」or「衣服のどこかに黄色のもの(長衣,マント,ベルト,袖,手袋,脚衣,特に帽子)をつけている」となる
⇒やがて想像から現実化していく。ラングドック地方・カスティーリヤ地方・北イタリア地方・ライン河畔地方の諸都市にて、服装規定として「識別可能な記号の着用」をユダヤ人に対して強制した
【ユダヤ人服装規定の現実】
G.実際には(これまで一部で言われてきたのとは異なり)「キリスト教世界全体で共通のシステム」なるものは存在しなかった。ある国・ある地方全体で反復されていた習慣すら、中世盛期の段階では存在しなかったという
H.黄色は確かに一番多くなった(中世後期)のだが、長い間にわたって諸都市当局・諸王権が使っていたのは、主に「赤・白・緑・黒の単色」だった。あるいは「黄/赤,黄/緑,赤/白,白/黒などの2色に、縦二等分・横二等分・四等分にしたもの」の場合もある。色の組み合わせは数が多かった(~16世紀)
I.印の形は様々であり「輪形(いちばん多い),小環,星形,律法の石盤形」など。また「スカーフ,ボンネット,十字架」の場合もある。または服に縫い付ける記章の場合でも「肩,胸,背中,被り物やボンネットの上,何ヶ所か」など様々だった(一般化は不可能)
〈例〉フランス王国(1269年)
フェルトorラシャの黄色の輪形を、衣服の胸と背の辺りに縫い付ける。輪の直径は指4本で、掌を包み込むのに十分な面積を持つようにする。この記章を付けないユダヤ人が発見された場合には、そのユダヤ人は罰として衣服の上半分を奪われ、発見者のものとなる
【金の過剰使用の裏返し】
J.黄色が中世後期に悪しき色となっていった背後には「芸術創造のあらゆる分野,標章・象徴のシステムのかなり」において、金&金箔が節度なしに使われた現実があった。色彩の明度・濃さを最高に表現する金色は、中世の感受性の象徴である
⇒金色は少しずつ「良い黄色」となり、その裏返しとして他の黄色は貶められる
〈例〉赤みがかった黄色(ユダの赤毛),緑がかった黄色(今日の「レモン・イエロー」)
【黄色/緑色は混乱と狂気の象徴】
K.中世の色彩分類では「黄と緑の組み合わせ(or取り合わせ)は、決して隣り合わない2色」だから、それが隣り合い組み合うと、中世の人々の目には「どこか攻撃的で、乱れていて、不安を感じさせる」「混乱,狂気,感覚と精神の乱れ」に映るのだった
⇒「黄色と緑色の組み合わせ」を用いるのは「宮廷の道化役の衣裳,『詩篇』に登場する狂人の服,ユダの衣服」に使われた
【斑点は嫌い!】
L.赤毛であることには、もう1つ「肌にそばかすがある」=「斑点がある」とこでもある。これを「不純である種の動物性を帯びるもの」として、中世の人々の感受性は斑点のあるものを怖れていた
☆反対に「美しいもの=純粋なもの」「純粋なもの=単色」だった(だから金色を好んだ)
M.中世の人々にとって「縞模様は常に価値を落とす要素」である(その極限でる市松模様も含めて)。そして皮膚病が蔓延し深刻なものとして怖れられた時代にあっては「斑点は特に不安を呼び起こした」のだった
☆中世の人々には「斑はつねに謎めいている,不純で人を賤しくする」ものとして受け取られていた
N.上記L.の「赤+動物性」の組み合わせは最悪だった。赤だけでも不純なのに(赤毛=偽善的な狐,淫乱なリスの毛)、斑が持つ動物性(豹,ドラゴン,虎のような残忍きわまる)を持つ
⇒「赤毛=人を欺く悪徳漢+豹のように獰猛で血に飢えている」として、民間伝承・口承文学では“人喰い鬼”という噂が立つのだった(~18世紀)
★中世ではリスは“森の猿”と言われ「怠惰,淫乱,愚昧,貪欲」という性質が通り相場だった。中世の知識人に言わせれば「ほとんどの時間を睡眠・同類とのいちゃつき・遊戯・木々の梢での異性との戯れに費やす」「必要以上の食糧を貯め込むという深刻な罪を犯す」「使った隠し場所を思い出せないという愚かしさの印を見せる」 ⇒リスの赤毛の毛並みは、このような悪しき本性の外的記号だったのだ
(5)中世の「左」
A.中世末期の宗教的な図像は、描かれた特定の人物のイメージを表す標章・目印をしっかりと管理していた(それが見る人に誤ったイメージを植え付けてしまうことを恐れたため)。「裏切り者は絶対に裏切り者として読み取られなければならない」
⇒あるイメージを表す要素を、間違いが起こらないように図像の中にジャンジャン詰め込んでいった
【ユダの場合】
B.読み間違いが起こらないようにするためには「赤毛の髪+動物じみた顔つき+犯罪的な面構え」では足りないとして、2ーBのリストにあるイメージがどんどん図像に追加されていく
C.その中で繰り返し使われるようになっていったのが「左利き」という標章だった:「左手でドゥニエ銀貨30枚の入った財布を受け取る(そして返す)」「左手で盗んだ魚を背に隠す」「最後の晩餐では告発のひとくちを左手で口に運ぶ」「最期は左手で綱を掛けて首を吊る」
【左利きのマイナスイメージ】
D.中世の図像表現において、全ての左利きの人物は様々な意味でマイナスの属性を持っている。これはどんなポジションの人物(例:前面に出てくる主役,三流の端役,不名誉で非難されるべき何らかの仕事を図像の端でしている,それを舞台の奥でしている)でも同じことであった
E.左利きの登場人物の中には社会的排除・排斥の対象者(とりわけ肉屋,死刑執行人,軽業師,両替商,売春婦)もいる。しかし特に左利きが多いのは「非キリスト教徒サイド(異教徒,ユダヤ人,イスラム教徒)と悪魔サイド(サタン,悪魔による被造物)」だった
☆そこでは「君主・長が左手(=悪しき手,破滅をもたらす手)で指揮・命令している」「彼らの兵士・家来たちが左手で命令を遂行している」のだった
F.多くの文化圏や、ギリシア=ローマでもゲルマンでも、それを受け継いだヨーロッパ文化圏でも、左手は貶められがちだった。特に聖書は「右手・右側・右の位置の優位を強調する」⇔「左側にあるもの全ての不人気・背徳を強調する」のだった
⇒左手はキリストの敵であり、あらゆる敵・裏切り者は左で悪をなした
○赤毛の男-中世におけるユダの図像学-
(1)裏切りの赤褐色
A.全ての裏切り者と同じく、ユダは次第に人々の間で赤毛だと伝えられるようになっていく。まずはカロリング時代末の図像から始まり、やがては文字に「赤毛だった」記されるようになる(12世紀~)
B.西欧では裏切りには「赤と黄の中間」が当てられた。このような色になったのは「赤のネガティブな部分」と「黄のネガティブな部分」を重ね持たせるためであり、これによって「悪魔,狐,偽善,嘘,裏切り」を象徴した
C.ただし橙色ではなく実際にはそれを暗くして彩度を高めた色=「赤褐色」だった。赤褐色の特徴は「常に赤が黄色に勝っていて、朱色のようには輝かない」「艶のない沈んだ色調で、光で照らすことがなくても燃えている“地獄の炎”を連想させる」ものだった
(2)様々なユダ
A.ユダの外見については正典・外典を通じて一切記されていない。そのため初期キリスト教と中世初期美術では、特定の徴などで性格づけされてはいない(例外は『最後の晩餐』での表現)
【ユダの徴】
B.シャルル禿頭王の時代に初めて「赤毛」というイメージが登場し(9世紀後半)ユダの徴の中で最も用いられた(13世紀~)。様々な徴がユダに与えられ、芸術家たちはその中から(自分の芸術に)必要なものを自由に選べぶのだが、唯一ほとんど常に存在したのが「赤毛の髪」だった(13世紀半ば~)
〈ユダの数々の徴〉
短躯,狭い額,動物めいて引きつった顔つき,黒っぽい皮膚,鉤鼻,分厚い口,黒い唇(告発の接吻のため),光輪の欠如(or黒色の光輪),黄色の衣,だらしのない動作,いわくありげな動作,盗んだ魚or30ドニエの入った財布を持つ手,口に入ろうとする悪魔(orヒキガエル),傍らにいる犬,など
【赤毛で表示される者たち】
C.中世末期の美術では、しばしば赤毛によって示された「名高い逆臣,裏切り者,反逆者」者たちがいた。あるいは類型的な人物に(時には)赤毛の特徴を与えた。後者の場合には赤毛であることはあまり無いが、中世の人々が見れば一発で判別できるようになっている
〈個人〉
「a.カイン:アダムとイヴの次男で兄アベルを殺す,一部ではユダを予告する人物とされる」「b.デリラ:イスラエルの英雄サムソンを裏切ってペリシテ人に売り渡す」「c.サウル:イスラエル初代の王でダヴィデを妬む」「d.ガヌロン:『ロランの歌』の主人公ロランの義父,復讐心と嫉妬からロランとその仲間たちを躊躇いなく殺戮の場に送り込む」「e.モードレッド:アーサー王の近親相姦による息子で父を裏切り、ログル王国の崩壊を引き起こす」など
〈類型化された人物〉
叙事詩・宮廷風騎士道物語において「f.反逆する領主たち,主君の座を狙う重臣・司法官・代官,父に反逆する息子,誓いに背く兄弟,簒奪者である叔父,不貞をはたらく妻」。聖人伝・社会伝承において「g.破廉恥で不法な行為に走り、既成秩序を破ろうとする者たち全て:死刑執行人,売春婦,高利貸し,両替商,偽金作り,軽業師,道化」。口承・伝承で貶められる「h.鍛冶屋,粉屋,肉屋」
〈社会的カテゴリー〉
中世社会で排斥される者「i.異端者,ユダヤ人,イスラム教徒,ジプシー,賤民(カゴ:一種の流民),ハンセン病患者,障害者,自殺者,乞食,浮浪者,貧者,あらゆる種類の落伍者」も対象とされた
D.社会的カテゴリーの人々の場合、図像の中の赤毛色が「赤or黄の服飾に付ける標識・記章」と合体し、幾つかの都市では実際に身につけなければならなくなる(13世紀~)
(3)「不名誉の赤」の継承
【聖書の赤:やはりマイナス】
A.聖書の中では、実はカインもユダも赤毛ではないのだが、しかし他にマイナスのイメージを持つ人物が何人か登場する(上記のサウルがその1人)。ところが一方でダヴィデが例外的存在として“赤毛で、澄んだ目をして、立派な風采だった”と描かれている
☆これは「価値の秩序の侵犯」という方法で、あらゆる象徴のシステムに用いられている。象徴システムを機能させるためには「例外が存在しなければならない」のだという(例:「赤毛のキリスト」が逮捕と接吻の場面によく登場する)
【ギリシア・ローマの赤:これも負】
B.ギリシア神話ではテューポーン(神or怪物:あらゆる怪物の王)[※→台風]は赤毛とされる。ローマの演劇で「赤毛の髪,仮面に着けた赤毛の羽根」は奴隷or道化を意味した
C.またローマでは、ラテン語の“rufus(赤っぽい,赤毛の)”という渾名にはしばしば嘲りのニュアンスが込められ、ごく普通に罵りの言葉だった
☆中世を通じて修道院の内外では“rufus”“subrufus”というように互いに呼び合っていた
【ゲルマン=スカンディナヴィアも同じ】
D.赤毛の人が比較的多いにもかかわらず事情は同じである。「雷神トール:最も暴力的で最も怖がられる」「ロキ:火の魔神,破壊と悪行の精,最も恐ろしい怪物たちの父」はどちらも赤毛だった
【キリスト教中世】
E.古典古代の赤のマイナスイメージ=「残忍,血なまぐさい,醜悪,劣っている,滑稽」を継承したのだが、中世が進むにつれてとりわけ「偽物,奸智,虚言,欺瞞,不誠実,背信,変節」の意味を持つようになっていった。しかもそのイメージの広がりは相当なものであり、ここかしこで一種の不可触民とされていた
〈諺・迷信の例〉
「赤毛の者には信頼は存在しない」(14~16世紀),赤毛を「友にするのは避けなければならない」「親類として迎えてはならない」「聖職・王位につけたりしてはならない」,「道で赤毛の男にすれ違うのは悪い前兆である」「赤毛色の髪の女性は多かれ少なかれ魔女である」(どちらも中世末~)
〈価値の秩序の侵犯例(=赤毛の例外)〉
幾つかあるが、代表はフリードリヒ1世赤髭王。死後には終末論的な伝説上の人物にまでなっていた
【なぜここまで排斥されたのか?】
F.あらゆる社会(上記3つ以外にもケルト社会・スカンディナヴィア社会も含めて)では、赤毛の人物とは「他の人々と外見的に異なる者,少数派に属する者」→「安定を乱す,不安を醸し出す,人々を顰蹙させる者」と思われた。社会の平均的な人々からすれば、赤毛の人物は「よそ者=排除される者」だったのだ
(4)中世における色の正/負のイメージ
【赤色】
A.あらゆる色は良い方/悪い方に捉えられる。赤は中世までは長い間「色の筆頭格,代表的な色」だった。しかし早くも中世後期のある紋章論には“あらゆる色のうちで最も醜い色”と言明されていた
B.中世での「悪い赤」とは「(キリスト教論と結びついた)白の反対色,直接悪魔&地獄と結びつく色」=「地獄の業火と悪魔の顔の色」だった。暗闇の帝王だった(~12世紀)はずの悪魔は、次第に「赤の面相,赤みがかった体毛を持つ」ことが多くなっていったのだ
⇒拡大解釈がなされ、顔・毛が赤色のモノ・ヒトは大かれ少なかれ「悪魔的」と見なされるようになる。赤色で標章される事物には地獄の世界との関わりが与えられた
〈例〉アーサー王物語(12・13世紀)
この時期のバージョンには、数多くの真紅の騎士(服・装備・楯の全てが赤)が登場し、主人公の行く手を阻もうとする
【地名・渾名の赤】
C.地名の構成要素に“rouge(赤)”が入っている場所は「危険という評判」の場所を指す場合が多い(特に文学・想像上の地名には)
D.“赤”“赤毛”という渾名は「赤毛or赤ら顔を示す」「赤色の『不名誉な記号』としての服を身に着けた職業(死刑執行人,肉屋,売春婦)を連想させがち」。また文学上の人名のパターンとして、その名を持つ者の「血なまぐさい,残忍で悪魔的な性格」を強調する
【黄色】
E.ユダが赤だけでなく、図像表現では衣服を黄色で表現されるようになる(12世紀末~)。黄色の価値下落が始まる(13世紀~)と「偽りの色,虚言の色」とされ、やがてユダヤ人とシナゴーグの色になった
☆実はこの間でも、ローマでは「聖なる色」として宗教儀礼で重要な役割を果たしていたのだが……やがて見捨てられていったという
F.キリスト教関連の版画において、黄色がユダヤ人に繰り返し用いられるようになる(1220~50年より後)。こうして想像世界では、ユダヤ人=「黄色の服を着ている」or「衣服のどこかに黄色のもの(長衣,マント,ベルト,袖,手袋,脚衣,特に帽子)をつけている」となる
⇒やがて想像から現実化していく。ラングドック地方・カスティーリヤ地方・北イタリア地方・ライン河畔地方の諸都市にて、服装規定として「識別可能な記号の着用」をユダヤ人に対して強制した
【ユダヤ人服装規定の現実】
G.実際には(これまで一部で言われてきたのとは異なり)「キリスト教世界全体で共通のシステム」なるものは存在しなかった。ある国・ある地方全体で反復されていた習慣すら、中世盛期の段階では存在しなかったという
H.黄色は確かに一番多くなった(中世後期)のだが、長い間にわたって諸都市当局・諸王権が使っていたのは、主に「赤・白・緑・黒の単色」だった。あるいは「黄/赤,黄/緑,赤/白,白/黒などの2色に、縦二等分・横二等分・四等分にしたもの」の場合もある。色の組み合わせは数が多かった(~16世紀)
I.印の形は様々であり「輪形(いちばん多い),小環,星形,律法の石盤形」など。また「スカーフ,ボンネット,十字架」の場合もある。または服に縫い付ける記章の場合でも「肩,胸,背中,被り物やボンネットの上,何ヶ所か」など様々だった(一般化は不可能)
〈例〉フランス王国(1269年)
フェルトorラシャの黄色の輪形を、衣服の胸と背の辺りに縫い付ける。輪の直径は指4本で、掌を包み込むのに十分な面積を持つようにする。この記章を付けないユダヤ人が発見された場合には、そのユダヤ人は罰として衣服の上半分を奪われ、発見者のものとなる
【金の過剰使用の裏返し】
J.黄色が中世後期に悪しき色となっていった背後には「芸術創造のあらゆる分野,標章・象徴のシステムのかなり」において、金&金箔が節度なしに使われた現実があった。色彩の明度・濃さを最高に表現する金色は、中世の感受性の象徴である
⇒金色は少しずつ「良い黄色」となり、その裏返しとして他の黄色は貶められる
〈例〉赤みがかった黄色(ユダの赤毛),緑がかった黄色(今日の「レモン・イエロー」)
【黄色/緑色は混乱と狂気の象徴】
K.中世の色彩分類では「黄と緑の組み合わせ(or取り合わせ)は、決して隣り合わない2色」だから、それが隣り合い組み合うと、中世の人々の目には「どこか攻撃的で、乱れていて、不安を感じさせる」「混乱,狂気,感覚と精神の乱れ」に映るのだった
⇒「黄色と緑色の組み合わせ」を用いるのは「宮廷の道化役の衣裳,『詩篇』に登場する狂人の服,ユダの衣服」に使われた
【斑点は嫌い!】
L.赤毛であることには、もう1つ「肌にそばかすがある」=「斑点がある」とこでもある。これを「不純である種の動物性を帯びるもの」として、中世の人々の感受性は斑点のあるものを怖れていた
☆反対に「美しいもの=純粋なもの」「純粋なもの=単色」だった(だから金色を好んだ)
M.中世の人々にとって「縞模様は常に価値を落とす要素」である(その極限でる市松模様も含めて)。そして皮膚病が蔓延し深刻なものとして怖れられた時代にあっては「斑点は特に不安を呼び起こした」のだった
☆中世の人々には「斑はつねに謎めいている,不純で人を賤しくする」ものとして受け取られていた
N.上記L.の「赤+動物性」の組み合わせは最悪だった。赤だけでも不純なのに(赤毛=偽善的な狐,淫乱なリスの毛)、斑が持つ動物性(豹,ドラゴン,虎のような残忍きわまる)を持つ
⇒「赤毛=人を欺く悪徳漢+豹のように獰猛で血に飢えている」として、民間伝承・口承文学では“人喰い鬼”という噂が立つのだった(~18世紀)
★中世ではリスは“森の猿”と言われ「怠惰,淫乱,愚昧,貪欲」という性質が通り相場だった。中世の知識人に言わせれば「ほとんどの時間を睡眠・同類とのいちゃつき・遊戯・木々の梢での異性との戯れに費やす」「必要以上の食糧を貯め込むという深刻な罪を犯す」「使った隠し場所を思い出せないという愚かしさの印を見せる」 ⇒リスの赤毛の毛並みは、このような悪しき本性の外的記号だったのだ
(5)中世の「左」
A.中世末期の宗教的な図像は、描かれた特定の人物のイメージを表す標章・目印をしっかりと管理していた(それが見る人に誤ったイメージを植え付けてしまうことを恐れたため)。「裏切り者は絶対に裏切り者として読み取られなければならない」
⇒あるイメージを表す要素を、間違いが起こらないように図像の中にジャンジャン詰め込んでいった
【ユダの場合】
B.読み間違いが起こらないようにするためには「赤毛の髪+動物じみた顔つき+犯罪的な面構え」では足りないとして、2ーBのリストにあるイメージがどんどん図像に追加されていく
C.その中で繰り返し使われるようになっていったのが「左利き」という標章だった:「左手でドゥニエ銀貨30枚の入った財布を受け取る(そして返す)」「左手で盗んだ魚を背に隠す」「最後の晩餐では告発のひとくちを左手で口に運ぶ」「最期は左手で綱を掛けて首を吊る」
【左利きのマイナスイメージ】
D.中世の図像表現において、全ての左利きの人物は様々な意味でマイナスの属性を持っている。これはどんなポジションの人物(例:前面に出てくる主役,三流の端役,不名誉で非難されるべき何らかの仕事を図像の端でしている,それを舞台の奥でしている)でも同じことであった
E.左利きの登場人物の中には社会的排除・排斥の対象者(とりわけ肉屋,死刑執行人,軽業師,両替商,売春婦)もいる。しかし特に左利きが多いのは「非キリスト教徒サイド(異教徒,ユダヤ人,イスラム教徒)と悪魔サイド(サタン,悪魔による被造物)」だった
☆そこでは「君主・長が左手(=悪しき手,破滅をもたらす手)で指揮・命令している」「彼らの兵士・家来たちが左手で命令を遂行している」のだった
F.多くの文化圏や、ギリシア=ローマでもゲルマンでも、それを受け継いだヨーロッパ文化圏でも、左手は貶められがちだった。特に聖書は「右手・右側・右の位置の優位を強調する」⇔「左側にあるもの全ての不人気・背徳を強調する」のだった
⇒左手はキリストの敵であり、あらゆる敵・裏切り者は左で悪をなした