こんばんは、 今日は なんでか お仕事忙しかったです![]()
不景気の世の中 ありがたい事です
明日反動で 超マーヒーに ならない事 祈ります![]()
ワタシの仕事中は リョーは お店の4階でおりこうに 花子ちゃんとすごしてます。
花子ちゃん 昨日から女の子の日で ちっと だるそう。。。。。![]()
リョーは 去年 去勢しちゃってるから 安心なの
普通に すごしてます
さ~てと 疲れてるけど 少しずつ坂記事 UPです![]()
動坂
狸坂から 動坂へ
動坂は 大きな通りです
坂上にも 標識があります
【標識の説明】
この坂の由来については下記のとおりである。
『千駄木に動坂の号あるは不動坂の略語にて、草堂のありし用地なり』(江戸名所図会)
元和年間(1615~1624)万行上人が伊勢の国赤目山で不動明王像を授けられ、衆生済度のため諸国を廻り、駒込村のこの地に庵を設けた。その後三代将軍徳川家光いより現在の本駒込1丁目に写された。(現南谷寺)この本尊は江戸時代から五色不動(赤・白・黒・青・黄)として有名である。
その路には日限地蔵堂がたてられ信仰をうけていたが、現在地蔵は徳源院に移されている。明治26年お堂の修理中地価より土器・石器が発見され、昭和49年には駒込病院敷地からも多数出土している。
『動坂は田畑村へ通ずる往来にあり、坂の側に石の不動像在り、是れ目赤不動の旧地なり、よりて不動坂と称すべきを上略せりなりと言う』(御府内備考)
狸坂から動坂 いっきに来たけど どうも2坂見落としたらしい![]()
そんな事も その時は全然気がつかず 本駒込方面へどんどん歩く
稲荷坂
【標識の説明】
稲荷信仰は農業神であるウガノミタマノカミに対する信仰で「稲なり」の転訛といわれる。狐は古来、田の神の使いと考えられたので狐尊信の風が稲なり信仰と結合して、特に江戸時代になると盛んになった。
これが、農村のみにとどまらず都市にも普及して商業繁栄を招来する神、そして家屋敷の守り神(地守神)となって武家屋敷内をも含めて小規模な稲荷社を祀る風習を生むようになる。これを「屋敷稲荷」といった。
こうした風習から来る生活感情と付近の稲荷社とのかかわりの中で撰らばれた坂名として特色があるが、ここの場合は坂上にある江戸初期から続く駒込開拓名主・高木家の「宗十郎稲荷」に起因する。
はぁ~







