母は目覚めたけれど・・・


頭に水が溜まってしまうのが影響しているのか、

寝ておきるとその前の記憶がなくなってしまう。


母が倒れて、父が神奈川(家)から山形(病院)に駆け付けたのですが、

目覚める度に毎回、「あれ、お父さん、来たの!!」っとビックリする。

何度も何度もビックリした。


くも膜下出血で切れてしまった場所は、

手術が難しい場所でした。


手術をしたら後遺症がでると言われた。


でも、奇跡がおこった。


出血した場所がかさぶたのようにふさがってきたそうです。

頭を開けて手術して後遺症が出てしまうより、このままにする事にしました。


頭に溜まった水は尿と一緒に体外に出るようにしてもらった。

頭の中に装置を入れ、頭の中の水が溜まっている所から首を通って体の方へと、体の中に管をとおした。


でも、手術をした状態よりも、またすぐ切れやすい。


これからは、激しい運動をしない、重たい荷物など持たない、イライラしたり怒ったりしない。

なるべく、穏和に静かに暮らさなければいけない。


元気な時は父の会社を手伝っていた母。

朝から夕方まで、男の人と同じように力仕事をしていた。

油まみれになって仕事をしたり、2tトラックに乗って納品したり・・・


私が子供だった頃、母と買い物に行った時・・・

レジでお釣りを受け取る時は必ず「お釣りもらって。」と母は私に言う。

「お母さんの手は油で汚いから。どんなに洗っても落ちなくて。」って言っていた。

今まで頑張って働いてきた母の手は、手相とか指紋のような部分が油で黒くなってしまっていた。


もう仕事は出来ないよ。

こんなにずっと頑張ってきたんだから、もうゆっくりしていいんだよ。


母は家に帰りたくて、リハビリをめちゃくちゃ頑張っていた。

医師から「あまりリハビリ、無理しちゃダメですよ!!」って注意されちゃうくらい。

坊主頭でパジャマ姿の母が廊下をちょこちょこ歩くのを見て、私は嬉しかった・・・

後遺症も残らず、また母が歩いている。


医師も「運ばれて来た時は、正直、厳しい状態でした。奇跡ですね。」と言った。


本当に奇跡をおこしちゃいそうなくらい、パワフルな人だからな・・・


くも膜下出血してから、3カ月あまりで家に帰って来る事ができた。


結婚前に母と一緒に3カ月間も、山形で過ごすとは思わなかったけれど、母が元気になればすべてOKだ。。。


【つづく】


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私の母は子供のようで太陽のような人。


無邪気でユーモアセンスも抜群で母がいると場の空気がパッと明るくなった。

友達もめちゃくちゃ多かったし、顔もひろかった。

私の友達にも人気があった。


裏表がなく言うこともストレートだったので、

たまにはケンカもしたけれど、

私と母は大親友のようだった。

何でも話せたし、同性の一番の理解者であり一番の味方だった。


私が結婚しても、母とよくランチに行った。

お喋りをしながらのランチはとても楽しかった。


母にとって、私の子供達は宝物のようだった。

私や夫や子供達、

私の家族に溢れるくらいの愛情をそそいでくれた人。


今思えば母がクッションになっていたから、

あの頃、父と私の関係が保てていたのだと思う。


私がまだ結婚するちょっと前、親戚の結婚式に参加する為、

母と私と私の彼(今の夫)の3人で山形に行った。


結婚式の夜は、親戚の家に泊まり、私と母は一緒に寝ていた。

真夜中、母の「頭が痛い・・・頭が痛い・・・」と言う声に目覚めた。

夜、1階にあるトイレに行ったら急に頭が痛くなったらしい。

母は激痛の中、私のいる2階のこの部屋まで戻って来た。

私はすぐ親戚をおこした。そして救急車を呼ぶ事にした。


近くの病院に運ばれ、中でCTを撮ったり、処置をしたりしているようだった。

私は一人で暗い廊下で待っていた。

さっきまで元気だった母が急にこんな事になるなんて・・・

この状況がうまく理解できなかった。


私もパニくっている状態だったので、

医師の言葉がどの位耳に入ってきていたか、

よくわからないけれど、こんな事を言われたと思う。


「何度か呼吸が止まって。処置して呼吸をしだすが、また止まる。

3回目でやっと今また呼吸を始めました。

中に入ってお母さんに話しかけてください。

お母さんは、くも膜下出血です。

この病院ではこれ以上の治療はできません。

今から違う病院に移します。」

と言われ、その医師も一緒に救急車で次の病院まで付いて来てくれた。


運ばれた病院でもいろいろな検査をし、

頭の中の血管が3回切れている事がわかった。

無理して2階の部屋まで戻ってきたからかも・・・

病室に戻ってきた母は管だらけだった。

頭にもチューブがささっていたし。

目のまわりもくぼんでどす黒くなっていて、

眼球の部分だけがぼっこり盛り上がっていた。

顔が変わっていた。


医師が「くも膜下出血は1回切れると50%の人が亡くなり、

2回切れると75%の人が亡くなります。

お母さんは3回切れています。」と言った。


危篤状態。


助かっても後遺症は残る可能性は非常に高い。

でも、生きていてほしい。どんな状態でも生きていてほしかった。


沢山の人が山形までかけつけた。


母はまだ46歳だった。若すぎるよ。


母が目覚めない日々が何日続いただろう。

ある朝、親戚が私をおこした。

「お母さんの意識が戻ったよ!!」


私は急いで病院に行った。


夜、付き添いをしてくれていた伯母が、

目覚めて間もない母に質問した。

私の事を指差して「この人誰だかわかる?」

母がうっすら微笑みながら「私の宝物・・・」と答えた。


私はこの言葉を一生忘れない。。。

この瞬間を一生忘れない。。。


【つづく】


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弟は汚い。


ほぼお風呂に入らない。

だから、近寄ると超臭い。

歯も磨いていないようで歯もボロボロ。

部屋もテレビで見るようなゴミ屋敷状態。


実家は・・・敷地内の半分に父の会社が建ち、半分に3階建ての自宅が建っていた。


3階建ての自宅は、3階に親が住み、2階は数部屋貸し、1階は倉庫として貸していた。


2階の1室に弟は住んでいた。


母が亡くなった時、実家に親戚が集まった。

私は間違っても弟の部屋には近寄らないが、

いとこと私の子供達が弟の部屋に入ったらしい。

2DKの部屋一面がゴミだらけだったと言っていた。


テレビで見たことのあるゴミ屋敷はゴミが入ったゴミ袋が

沢山積んである状態のをよく見るが、

弟の部屋のゴミはゴミ袋にすら入っていない。

剥き出しのゴミが積み重なっている状態。

お風呂場までその状態。


いとこは私に言った。

「風呂場までゴミが詰まっていた。あの風呂、機能してないぞ。

弟、病院に連れて行ったほうがいいんじゃないか。。。」


異常なのは誰よりもわかっている。

でも、無理やり連れて行けるわけがない。

説得して、病院に連れて行くのも不可能。

「ふざけんな!!馬鹿にしやがって!!」って、

またブチ切れて暴れるだけだ。


私にはどうする事もできない。。。


【つづく】


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