弟は子供の頃から、金遣いがあらい子供だった。


あればあるだけ使い、なくなると家の中をあさり、

母の財布からお金をぬいたり、

私の留守中に私の部屋をあさり、コツコツ貯めたお金をよく持っていった。

どこに隠しても必ず見つけ出す。

すごい能力です。


問い詰めてもあたりまえだけど、とぼける。。。


ゴミだらけの弟の部屋の扉はいつも開けっ放しで

廊下から中の様子がいつも見えた。

私のお金を入れておいた封筒がゴミと一緒に

弟の部屋の床に投げ捨てられていた。それはよくある光景だった。

お金を抜いてポイッ!!


証拠隠滅する脳みそはない。

でも都合のいい嘘はポンポン口からでた。

その場かぎりの嘘を並べ立てるのでつじつまが合わないんだ。


母が私の部屋に鍵を付けた。

出かける時は鍵をかけて出かけるように・・・と。

普通そんな家ないよね。


大人になって虚言癖と金遣いが荒いのもグレードアップしていった。


30代後半になっても弟は父が亡くなるまでずっと父にお金をたかって生きてきた。


手術後、集中治療室の父の所に来て「お金が無くて、メシを食う金も無い・・・」と言ってきたくらい。。。


身長約180㎝、体重100㎏以上ある弟は、20歳前後の時、

街で「自衛隊に入りませんか!!」と声をかけられた。

弟が変わってくれるきっかけになればと、両親も賛成して、

約1年間、北海道に行った。

自衛官になって少しはしっかりして帰って来る事を誰もが願ったが、

そんな思いは砕け散った。


帰ってきてちょっとすると家に電話がガンガンかかってきた。

サラ金3社からお金を借りまくって、そのまま返さず北海道から逃げてきた。

逃げてくればどうにかなると思っている所が筋金入りの馬鹿。


弟はその頃、車の免許は持っていなかったので免許証はないけれど、

自衛官の証明書を見せるとホイホイお金が貸してもらえたらしい。


結局、「このまま放っておいたら金利が凄いので大変な事になる!!」

親が全部尻拭いして終わり。


北海道から戻ってきてからは寮がある運送会社に就職した。


すると電気店から連絡が・・・

ステレオ一式を購入し、電気店でカードを作り、

代金は弟の口座から月々引き落とすという事で、弟は商品を持ち帰った。

だけど、口座にはお金がなく代金が引き落とせない。

再三、連絡しても代金を払ってもらえないので、

裁判をしようと検討している!!との事。


これも「裁判沙汰になったら大変だ!!」と親が、即尻拭い。


父は自営業をしていたので、本当は息子と一緒に仕事をしたかったのだと思う。

継いでほしかったのだと思う。

うちの近所の自営業はほとんどが父と息子で会社をやっているから。


だから、父は弟に甘かった。母が亡くなってからはより酷くなった。


私も弟の返済催促の電話は何度も出た。

代金を払ってくれ!と飲み屋の人が直接家に押しかけて来たりもした。

本人はやばいと思ったら逃げちゃって全部父が対応していた。


弟の支払いの部分は全部父が払っていた。

弟宛に督促状が届くと、弟はポストから出して地面に捨てる。

それを拾って父が支払いに行った。


弟の車の税金も父が払っていたので、

私が「そんなの自分で払わせないと駄目だよ!!」と父に言った。

父は「あいつが払うわけがないだろう!!俺が払わなくちゃあいつが車に乗れなくなって困るだろう!!」と怒鳴った。

「税金を払わないと車には乗れないって言うのは世の中のルールでしょう。それを本人にもわからせなくちゃだめでしょう。放っておきなよ。」って言ったら、父はあからさまに怒っていた。


父にとって、私は気の強い娘。私に何か言われると頭に来るらしい。

基本「女のくせに!!」と思っていて、私にはすぐ怒鳴ったり怒ったりする。


でも困った時はすぐ私に頼ってくる。使えるのは私しかいないから。

父は弟に甘かったけれど、だらしないのはわかっていたから。


「お前がやってくれなきゃ、誰がやるんだよ!!ヤツ(弟)が出来るわけがないだろう!!」って、半切れで頼んでくる。


結婚後も、私が3人の子供を抱えて走り回って、父の為に動いても、

「ありがとう」なんて言われた事は一度もなかった。

その状態も父が亡くなるまで続いた。


気が付けば、父は弟に何も言えない関係になっていた。


父は身長170㎝以下の痩せ型小柄。

弟は身長約180㎝、体重100㎏以上の大男。


「怒ってぶん殴られたら、俺、吹っ飛んじまうよ。

だから、俺はあいつには何も言えないよ。」って言っていた。

女の私にはあんなに怒鳴れるのにね・・・


そういえば、父の現場の仕事で、弟も手伝いとして一緒に行った事があった。

父が弟に工具を取ってきてくれと指示したが、弟は違う工具を持ってきた。

父が「これじゃないよ!!」と強い口調で言ったら、

いきなりキレて弟が父を蹴り飛ばしたらしい。

その現場は沢山の会社が合同でやっていて、

父も一応、会社の社長として参加していたが、

仕事関係の方が見ている前で息子に蹴り飛ばされてしまった。


いつも弟が「お金が無い!!」と言えば1~2万円すぐ渡していた。

パッパと使って、2日後また「お金が無い!!」と言われればまた渡す。


私は父に「弟をしっかりさせたいなら、お父さんも変わらないと!!

ずっとお父さんが弟の面倒を見れるとは限らないんだよ。

お父さんが出来なくなった時、困るのは弟なんだから。

自立させるのは遅いくらいだけど、今が最後のチャンスだよ。

もうお金を渡すのは、やめなよ。」と言った。


父は「だってメシも食えないって言ってくるんだもん。可哀相だろう。

それに、俺が死んだ後はどうなろうと俺には関係ない。

俺はもういないんだから。」って。


本当にどうしようもない親子だと思った。


【つづく】


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私にも父と母がいた。。。


母は6年前に父は2年前に亡くなった。


自分の親はいつまでもいるような感覚でいたけれど、

思っていたより早くあっさり私の前から消えてしまった。


私には一つ下の弟がいる。

この弟の事を話しても、どれ程伝わるか。。。

常識なんて通じない想像をはるかに超えた人。恐怖だ。


私は小学生の頃、それに気づいた。

話さない。近づかない。

関わらないようにずっと生きてきた。


子供の頃の弟は、一見素直に見えるが、

思い通りにならないとすぐキレて暴れた。


枕をビリビリに引きちぎり、部屋中を真っ白にしたり。。。


中学生のある日、両親は仕事で家には私と弟の二人だった。

何が気に入らなかったのか忘れたけれど、

いつものようにキレた弟は暴れて私の顔を蹴った。

私は床に倒れ痛さで床を転げまわった。

それを見て声をあげて弟は笑っていた。


私は怖くて自分の部屋に逃げ込んだ。


母が仕事から帰ってくるまで、まだ2時間はあった。


私は、その2時間ずっと部屋にこもっていた。

弟は部屋の中には入ってこなかったけれど、

2時間ずっと叫びながら私の部屋のドアを叩いたり、蹴飛ばしていた。


顔を蹴飛ばされた時、左目を蹴られてしまったようで、とても痛い。

鏡で自分の顔を見ると左目が腫れあがっていた。

痛さと自分の凄い顔に涙が出た。

眼球の白目の部分、三箇所に血の塊みたいに赤い塊ができていた。

でも目は見えた。


母が帰って来た。私は階段を駆け下りた。

私の腫れあがった目を見て母は驚いていた。


私はすぐに病院に連れて行かれた。


「膜が剥がれかけています。なんでもっと早く連れて来なかったんですか。

これ以上連れてくるのが遅かったら失明していましたよ。」と

医師が言っていたのを覚えている。


その後、左右共に1.2あった私の視力はガクッと落ちてしまい、

眼鏡をかけなくてはいけなくなってしまいました。


【つづく】


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みんな人それぞれ日々いろんな出来事があるのはわかる。


山あり。谷あり。


泣いたり。笑ったり。怒ったり。浮かれたり。落ち込んだり。

頑張ったり。くじけそうになったり。逃げ出したくなったり。


みんないろんな問題を抱えながら頑張って生きているんだとは思う。


でも。。。私の人生ってなんでこんなに次々といろんな問題がおきるんだろう・・・


「神様は乗り越えられない試練はあたえない。」と何かで聞いた。


そうかもしれないけれど。。。もう訳がわからないよ。。。


ママ友達に愚痴ったら、「こんなに次々にいろんな事がある人、私の周りにいないよ!!本でも書けば!!」って笑われた。


なら・・・ブログで愚痴っちゃえ・・・


【つづく】


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