今日の聖書日課:Ⅱ歴代誌36:1~23

 

 ペルシアの王キュロスの第一年に、エレミヤによって告げられた主のことばが成就するために、主はペルシアの王キュロスの霊を奮い立たせた。王は王国中に通達を出し、また文書にもした。「ペルシアの王キュロスは言う。『天の神、主は、地のすべての王国を私にお与えくださった。この方が、ユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てるよう私を任命された。あなたがた、だれでも主の民に属する者には、その神、主がともにいてくださるように。その者は上って行くようにせよ。』」

Ⅱ歴代誌36:22~23

 

 あの偉大な宗教改革者ヨシヤ王。しかしその子エホアハズから、それに続く王たち:エホヤキム、エホヤキン、ゼデキヤ。みな「自分の神、主の目に悪であることを行った。」(5、9、12)。しかもだれひとり悔い改めることなく、回復されませんでした。そしてついにバビロンの王ネブカドネツァルによって「神の宮は焼かれ、エルサレムの城壁は打ち壊され、その高殿はすべて火で焼かれ、その中の宝としていた器もひとつ残らず破壊された。」(19)。南ユダ王国は滅亡したのです。

 

 「これは、エレミヤによって告げられた主のことばが成就して、この地が安息を取り戻すためであった。その荒廃の全期間が70年を満たすまで、この地は安息を得た。」(21)。国としては荒廃。しかし土地は安息を得たのです。何とも皮肉な最期でした。

 

 そして、というか、しかしというか、冒頭の聖句。

 捕囚から70年後、ユダの民はバビロンからエルサレムに帰還したのです。ペルシア王キュロス。彼は主を信じていたわけではありません。「この方が、ユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てるよう私を任命された。」まるで預言者のことばのようですが、主が彼に語られたのではありません。これらはキュロスの外国人統治のための政策から出てきたことばでした。しかし「主はペルシアの王キュロスの霊を奮い立たせた。」これもまた主の支配の中にあった、と聖書は言うのです。

 

 バビロン捕囚からの帰還は、ゼロからのスタート。創造のわざのようです。いやゼロからではない。王と民の不信仰。マイナスから。

 悔い改めたからではない。ただ主のあわれみによって再び、民はその歩みを始めることができたのです。

 

 私たちの救いもまた、ただ主のあわれみ、イエス・キリストの十字架と復活の恵みによってもたらされました。それを知ったからこそ、私たちは悔い改めるのです。主に立ち返るのです。

 

 

 こんばんは。

 先ほど、夜の祈祷会が終わりました。

 明日から牧師は、「カイロスコース」の学び。木、金と9:00~16:30まで、しっかり学んできます!

 ということで、次回のブレッド・オブ・ライフは17日(土)となります。

 明日は午後2:00より英会話クラス。

 和歌山「午後の集い」は、お休みします。

 おやすみなさい。

秋の夕暮れ

(岸和田市福祉総合センター)