今日の聖書日課:ローマ4:1~12
そのようなわけで、すべては信仰によるのです。それは、事が恵みによるようになるためです。こうして、約束がすべての子孫に、すなわち、律法を持つ人々だけでなく、アブラハムの信仰に倣う人々にも保証されるのです。アブラハムは、私たちすべての父です。
ローマ4:16
大きな、おおきな「しかし」。律法(聖書)を読めば罪の意識に悩まされる私たちへの「しかし」。「しかし今や、律法とは関わりなく、律法と預言者たちの書(旧約聖書)によって証しされて、神の義が示されました。」(3:21)。「神の義」とは、義ではない人間を義とする神のみこころ。それは「すなわち、イエス・キリストを信じることによって、信じるすべての人に与えられる神の義です。そこに差別はありません。」(22)。以降、パウロは何度も「信じる」、「信仰による」ということばを用いて語りました。そうです「信じる者は救われる」のです。
でもこれ、気をつけないといけません。「信じる者は救われる」といえば「とにかく信じることが大事だ」となり、信じる対象はどうでもよい、ということになりかねません。そうではないのです。冒頭の聖句。「すべては信仰によるのです」と言われます。でもその次が大事。「事が、恵みによるようになるためです。」。何を信じるの?恵みを信じるのです。恵み深い神を信じるのです。義ではない私を、私の罪を赦し、私を義とするお方、恵み深い神を信じるのです。クリスチャンにとってすべて「事は、恵みによる」のです。
「信じる」、「信仰」ということばが出てきたら、常に「恵み」を想い起しましょう。先にあったのは神の恵み。私たちの信仰はこの恵みを信じること、恵み深い神を信じることなのです。
「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。
主の恵みはとこしえまで」
詩篇136:1
おはようございます。
また、グッと冷えてきましたね。本日は午後6時から祈りの小グループ「食事の会(食事会に人を招き、そこでともに祈るグループ)」が行われます。
明日は朝から教会学校主催の「6年生を送る会」が行われます。堺駅前にある「スポッチャ」に行って思いっきり遊び、教会に戻ってマクドで注文したランチをみんなでいただきます。明日は朝7時に教会集合!8時までにスポッチャに入ると安くなるんですね。みんな遅刻しないように。牧師も。
というわけで、明日のブレッド・オブ・ライフはお休みします。
今日は祝日。寒いですが良い天気!一日、楽しく過ごせますように。
祝日もお仕事の方、学校に行っているみなさん、
いってらっしゃい!
