『翔ぶが如く』の3巻よんでます。
ずっと征韓論。征韓論。
明治4年。
西郷隆盛は征韓論に固執した。
征韓論とは、そのときまだ鎖国をしていた韓国に日本同様開国し、外国と交易し改革を起こすよう働きかけること。
だけど、韓国は幕末の日本同様開国には反対の姿勢を示し、日本の使者をぞんざいに追い返している。
それに対して西郷は、自身で韓国に赴いて、韓国を説得しにいくことを主張する。
しかし、また韓国は必ずこれを拒否し、恐らく西郷は殺されるだろうと思われる。そしてその結果、日本はそれを見逃しておくことはできず、韓国を攻めることになるだろう。
しかし、日本はそのとき韓国に攻めいるだけの国力はなく、結果これをよい機会と欧米諸国やロシアが韓国を制圧し、日本が滅亡してしまうと考えられた(名友の大久保利通はこれをもって反対した)。
その征韓論を受諾する、しないの話しで、西郷が何故それほどまでに明らかに国益とからないような韓国使節を主張するのか不思議でならなかった。
これは作者司馬遼太郎さんの考えではあるのだろうが、西郷が士農工商が廃止され、不満を持ち行き場がなくなった武士層の日本国への誇りを復活させるために必要な戦いなのだという征韓論への思いをぶつけられた時、征韓論へ真っ向かは反対意見で本を読んでいた私も少し納得してしまった。
西郷の考えがまったく理解できず、どんなに作者が西郷の幕末の働きを評価し、西郷の性格を分析しても征韓論を主張し続ける西郷を私は理解できなかった。
しかし、その主張を読んで西郷の気持ちがちょっと理解できた気がした。
だけどやっぱり征韓論という日本国を滅亡に追いやるかもしれなかった計画が結局はなくなったことに安堵を覚える。
西郷はやはり、征韓論という危険な賭ではなく、日本国の発展にもっと積極的に取り組むべきだったのだ。
西郷が維新後、権力をもちながらも個人として大枠なり理想なり作り上げられなかったのは残念でしかたない。
実行力や人としての魅力が彼にはあったのかもしれないが、日本国の新しいビジョンが具体的になかったのだろう。
こう考えていくと、司馬遼太郎さんの『龍馬が行く』の内容の坂本龍馬に頼ることになるが、坂本龍馬が生きていれば新しい日本国のビジョンがはっきりと打ち出されたことだろうと考えてしまう。
改めて政治の難しさを考える…。
ずっと征韓論。征韓論。
明治4年。
西郷隆盛は征韓論に固執した。
征韓論とは、そのときまだ鎖国をしていた韓国に日本同様開国し、外国と交易し改革を起こすよう働きかけること。
だけど、韓国は幕末の日本同様開国には反対の姿勢を示し、日本の使者をぞんざいに追い返している。
それに対して西郷は、自身で韓国に赴いて、韓国を説得しにいくことを主張する。
しかし、また韓国は必ずこれを拒否し、恐らく西郷は殺されるだろうと思われる。そしてその結果、日本はそれを見逃しておくことはできず、韓国を攻めることになるだろう。
しかし、日本はそのとき韓国に攻めいるだけの国力はなく、結果これをよい機会と欧米諸国やロシアが韓国を制圧し、日本が滅亡してしまうと考えられた(名友の大久保利通はこれをもって反対した)。
その征韓論を受諾する、しないの話しで、西郷が何故それほどまでに明らかに国益とからないような韓国使節を主張するのか不思議でならなかった。
これは作者司馬遼太郎さんの考えではあるのだろうが、西郷が士農工商が廃止され、不満を持ち行き場がなくなった武士層の日本国への誇りを復活させるために必要な戦いなのだという征韓論への思いをぶつけられた時、征韓論へ真っ向かは反対意見で本を読んでいた私も少し納得してしまった。
西郷の考えがまったく理解できず、どんなに作者が西郷の幕末の働きを評価し、西郷の性格を分析しても征韓論を主張し続ける西郷を私は理解できなかった。
しかし、その主張を読んで西郷の気持ちがちょっと理解できた気がした。
だけどやっぱり征韓論という日本国を滅亡に追いやるかもしれなかった計画が結局はなくなったことに安堵を覚える。
西郷はやはり、征韓論という危険な賭ではなく、日本国の発展にもっと積極的に取り組むべきだったのだ。
西郷が維新後、権力をもちながらも個人として大枠なり理想なり作り上げられなかったのは残念でしかたない。
実行力や人としての魅力が彼にはあったのかもしれないが、日本国の新しいビジョンが具体的になかったのだろう。
こう考えていくと、司馬遼太郎さんの『龍馬が行く』の内容の坂本龍馬に頼ることになるが、坂本龍馬が生きていれば新しい日本国のビジョンがはっきりと打ち出されたことだろうと考えてしまう。
改めて政治の難しさを考える…。