彼からのLINEを確認した後、わたしはそっとスマホをふせた。
少し前までのわたしなら、返信が来るたびに嬉しくなって、来なければ不安になって、何度も何度も画面を開いては——。
「今、何してるのかな」
「わたし、なにか間違えたかな」
「どうして前みたいに、会いたい、好きって言ってくれないんだろう」
そんなことばかりが頭の中でぐるぐると渦巻いていた。
でも今日は、不思議とフラットな気持ちだった。
きっとそれは、苦しくなるくらい彼を想い、何度も期待して、何度も寂しくなって、自分なりに精一杯向き合ったから。
「追いかけること」に、ようやく心が満足したのかもしれない。
もうこれ以上、相手の気持ちを繋ぎ止めるために無理をしなくてもいい気がした。
ああ、彼は今、わたしだけを見て生きているわけじゃないんだ。
仕事があって、家庭があって、友人がいて、彼自身の時間がある。
そんな当たり前の事実を、やっと心から受け入れられた気がした。
最後に届いた短いLINEも、前なら、もっと会話を続けたくて、もっと愛情を確かめたくて、すがりつくように何かを返してしまっていたと思う。
でも今日は、ただスマホをそっと置いた。
寂しくないわけじゃない。本当はもっと会いたいし、もっと求められたい。
だけど、追いかけ続けてすり減る恋より、自分をちゃんと抱きしめられる夜を、少しずつ覚えていきたかった。
窓を開けると、ひんやりとした夜風が静かにカーテンを揺らす。
恋をすると、待つことばかり上手になる。
でも今夜のわたしは、“待たない時間”を、少しだけ上手に過ごせている気がした。
今日はもう、スマホの画面を確認したいと思わなかった。
“好き”を確かめ続けることに、少し疲れていたのかもしれない。
恋をすると、相手の機嫌や返信の温度で、自分の価値まで決まってしまう夜がある。
たった一言で世界が輝き、たった一時間既読がつかないだけで、すべてを失ったような気持ちになる。
でも本当は、誰かに愛されることより先に、自分で自分を見失わないことのほうが、ずっと大切だったんだ。
テーブルの上には、飲みかけのハーブティー。
少しぬるくなってしまったそれを口に含むと、張りつめていた胸の奥が、じんわりとほどけていく。
“次の休みに会おうよ。”
彼のその言葉を思い出す。
前のわたしなら、その約束だけにすがり、未来を期待しすぎて、またひとりで勝手に不安になっていたはずだ。
でも今は違う。
会えたら嬉しい。会えなくても、自分の毎日はちゃんと続いていく。
大丈夫、彼と出会う前のわたしだって、ちゃんと幸せだったじゃない。
そんなふうに、彼以外の世界を、少しずつ取り戻し始めていた。
窓の外では、風に揺れた木々がさらさらと小さな音を立てている。
誰かを好きになることは、自分を失うことじゃない。
ちゃんと眠って、ちゃんと笑って、ちゃんと自分を大切にしながら、それでも誰かを想えること。
そんな恋ができたらいいと、今夜のわたしは、静かな夜空を見上げながら思った。
それは、わたしにとって確かな大きな一歩だった。
