紫苑の扉 -18ページ目

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 もうすぐクリスマス、誰もが心なしか浮き足立っているようだ。ホワイトクリスマスといきたいところだが、まだ雪が降る気配はない。
 表通りの賑やかな繁華街を抜けるとすっかり寂れた商店街がある。空き店舗が目立って、ほとんどの店は昼間でもシャッターが閉まったままだ。
 ラーメン屋の看板は傾き、暖簾が色あせてぼろぼろになり、心細く哀れに擦り切れている。シャッターには“長らくご愛顧いただきありがとうございました。都合により店を閉めます”という張り紙がしてある。その張り紙もすっかり色あせて、目を凝らしてみないと読めない。
 店先の古いジュース販売機は歪んで下の方は錆びて朽ちそうな代物だし、空き缶入れも捩じれたように歪み横たわってる。すぐそばには空き缶が転がってる。
 路肩では風が吹くたびに空き缶やゴミが転がり隅にまで飛ばされる。買い物袋がささくれた木の柱に引っかかり、飛んでいく事もできずに哀れに思えた。誰が捨てたゴミなのか、またいつ捨てられたのかも分からない。
 いずれ商店街を含めたこの一帯は整備される。土地開発計画が二年前から進んでいるからである。
 どこか埃っぽい、薄汚れた路面に水溜りができている。近づけば澱んだ水溜りだが、太陽の光が当たるときらきらと光った。

 今にも崩れそうな建物の脇に、ひょろりとした老木が立っている。枯葉が足元に散らばり、風が吹くと擦れるような音をたてる。踏まぬように落ち葉を避けて通ろうとするが、風に煽られてまとわり付く。すっかり葉を落として街路樹が裸体を曝し、見るからに衣を剥ぎ取られたかのように枝を震わせる。
 かさこそと音をたてる枯葉がより冬の寒さを感じさせる。しっかりと首にマフラーを巻きつけ、手袋をしたままポケットの中に手を入れる。冷たい大気が辺りに満ちて指先が痺れるようだった。
 人ごみの中を歩いていると、行き交う人を避ける煩わしさにうんざりする。気まぐれに表通りから裏道へ入ると人通りのほとんどない商店街らしき場所に出た。そこでも時折太陽を隠す雲を恨めしげに見上げたりした。閑散とする商店街を抜けて少し歩くと、何処からか猫の鳴き声が聞えてきた。
 なんとも静か過ぎて猫の鳴き声がやたらと耳障りに聞える。転々と家があるが、人が住んでいるのかはわからない。商店街を抜けてから一人の姿も見ていない。いくら人ごみを避けるためとは言え、こんな辺鄙な場所(ちょっと大げさな言い方だが)にきてしまった。
 何かに行き詰ると気まぐれにふらっと出かけることは彼女自身も自覚している。この年の瀬も押し迫った時期にふらふらと歩き回っている。自分でも呆れるがどうしようもない。これが小説家福山千夏である。
 今はクリスマスソングが聞えてくると頭をかきむしりそうなほどイライラしてしまう。仲良さそうに恋人同士が歩いているのも、嬉々として友達とたむろしている高校生・・・。ああ、いらつく!だが、それ以上にこの静けさにも、侘しげで閑散とした所にも腹が立つ。イライラしながら時計を見る。
「あ!もうこんな時間じゃない。帰って夕飯の用意をしなきゃ・・・」
 
 千春はアメリカへ向う飛行機の中にいた。隣で河島雪子が気持ち良さそうに眠っている。モデルの翔は後ろの席で音楽を聴いている。他のスタッフは千春や翔の周りを取り巻くようにして座っている。
 海外へ出るのは久しぶりだ。まさか翔と一緒に仕事で海外へ行くなど思ってもみなかった。海外は初めてというアシスタントの雪子は、仕事で海外へ行くと分かった時から期待感に胸を躍らせていた。千春は雪子の寝顔を見ながら微笑んだ。あの頃も雪子と同じ心境だった。
 斉藤正和のアシスタントとして初めて海外に飛んだ。アメリカやヨーロッパを飛び回る彼に付いて行き、様々な体験を通して多くを学んだ。彼と過ごす時間はわくわくする事ばかりではなかった。危険な目に遭うことも、思わぬトラブルに巻き込まれることも少なくはない。だが、千春は彼と離れることなど考えた事もなかった。彼が事件に巻き込まれて怪我をするまでは・・・。
 彼は今頃何処にいるのだろうか・・・。彼の名前を雑誌やメディアを通して時々見かけるが、彼の近況について知る事をなんとなく避けてきた。それは憎いわけではなかった。無事でいてくれること、ただ彼の活躍を心から願っている。
「千春、何考えてる?」翔は千春の隣の席に座る。
「海外は久しぶりだなって思ってた」
「斉藤カメラマンのアシスタントをしていたと聞いたけど・・・」
「気になるの?」なんだかちょっと嬉しい・・・。
「どんな人だったかは知らない。君と彼がどんな関係だったかなんて今はどうでもいいこと、すでに過去の人なんだからね」そう言いながらも、翔の表情は冴えない。
「私の中から、彼を消す事なんてできない。今だって大切な人であることには変わりないわ。カメラマンとして、こうして生きていけるのは彼のおかげだから・・・」
「ずいぶんはっきり言うね。君は残酷な事を平気で言う」
「はっきり言うけど、遊びで行くわけじゃないのよ。これは仕事よ。プライベートな事を持ち込まないで頂戴」
 翔はむっとした表情を浮かべ、千春を睨んだ。千春の方はというと・・・翔の反応に思わずにっこり笑う。そして、翔の耳を思いっきり引っ張る。
「馬鹿ね。他の人に聞かれたらどうするのよ。余計な事を考えないで、おとなしくしてなさい。向こうに行けば、誰も私たちの邪魔はしないでしょ」
 翔は一瞬戸惑った表情を浮かべた。そして、シートに寄りかかって吐息をついた。
「そっか・・・。分かったよ。君って本当に意地が悪い」そう言うと、千春の頬にそっとキスした。
まったく、油断もすきもあったもんじゃないわ。千春は思わず両手で頬を押さえて口元を緩める。

 福山家では、千秋が遅い時間に夕食を食べ、その横では緑がテーブルに肘を付き画面に見入っている。そこには千夏の姿はなかった。すでに、ハウスで執筆中のようだ。
「なんとなく寂しいわね」
「そうですね。千春さんは海外に出かけてしまったし、千夏さんはハウスで仕事・・・。なんか気が抜けちゃう」
「緑ちゃん、冬休みはどうするの?」
「いつもどおりです。でも、ちょっと違うな・・・。毎年、父親と二人で過ごしていたから・・・」
「そうか・・・。今年はここで過ごすといいわよ。でも、年末年始はハウスで過ごしたらどう?」
「そうですね。友美さんと父と私で過ごすのもいいかも・・・」
 父親が再婚したのだから、今までどおりというわけにもいかない。緑も父親と再婚相手である友美に気を使っているのだ。今でも緑は義理の母である友美を名前で呼んでいる。緑の年齢にもなるとたやすく友美のことをお母さんとは呼べないだろう。時間はかかるかもしれないが、いつかはすんなりとお母さんと呼べるようになるに違いない。
「友美さんの実家に挨拶に行くべきですかね。年始の挨拶ぐらいはしなきゃいけないとも思うけど・・・」
「いい考えじゃない?彼女の両親はとてもいい方よ。会いに行けばきっと喜ばれるわ。一応あなたは孫になるんだから・・・」
「ですよね」緑の頬がほころぶ。
 緑は自分たちの前では実の母親の事は一切口にしない。子供にとって両親の離婚は喜ばしい事ではないが、緑は傷ついた素振りを一度も見せたことがない。初めてハウスに来た時も底抜けに明るい子だった。すんなりとここの場所に馴染んでしまった。母親がいなくても、いたずらに拗ねたりしない素直な女の子だ。
「緑ちゃんは素直な子ね」
「でへ・・・。」
「馬鹿がつくくらいね」
「ひどい、千秋さん。ぐれてやるから・・・・」









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