昼時とあってどこの飲食店も賑わっている。長い列ができているレストランを横目で見ながら、美紗子は急ぎ足で通り過ぎた。
「早急に戻れと言われましたので」
「君に会いたいという女性が、1階の正面出入り口で待っているそうだ」
デパート内は昼時とあって賑わっていた。たくさんの客の中から自分を待つ女性を見つけるのは簡単ではなかった。名前がわかっていればそう難しいことではないが、この人ごみの中でその女性を探すなんて…。 美紗子は立ち止まってあたりを見回す。ふと前を見ると目の前に女性が立っていた。
「あの、安藤美紗子さんですか?」
「はい、私が安藤ですが」
「良かった、声をかけて間違っていたらどうしようかと…」若い女性はほっとした表情を見せた。
「あの…」見覚えがあるのだが、その女性が誰なのか思い出せない。
「いきなり呼び出してすみません。私は河内京子といいます。覚えていませんか?」
葬儀の時に会った時とはずいぶん印象が違って見えた。それでもよく見れば幸子と雰囲気がどことなく似ているような気がする。
「実を言うと、ここは来るまで会うべきかどうかずいぶん迷いました。でも、会って話しておかなければと…」
「ここでは落ち着かないから、どこかで座って話しません?お昼は食べました?」
美紗子は三階にある和食レストランに河内京子を案内した。落ち着いた雰囲気の店であるが、美紗子もめったにここへは来ない。彼女もまだ食事をしていないというので定食を注文する。
「私の上司は人使いが荒くて、こちらの都合もお構いなし」
美紗子は彼女の緊張をほぐそうと冗談交じりに言った。京子はわずかに緊張を解いて微笑んだように見えた。しかし、どこか不安げな表情が浮かんでいた。
「以前いらした売り場に行くと、今は専務秘書をされていると聞きました」
「どういうわけかそういうことに…」美紗子は思わず苦笑いを浮かべた。
「秘書で、倉田さんという方がいらっしゃいますね」
「あの人のことを知っているの?」
「はい、知っています。あの人にはなるだけ会うのだけは避けたかった」
「ここへ来るのを迷っていたというのは、そのせい?」
「ご、ごめんなさい。こんなこと言うと変に思いますよね」
京子は驚いた様子で美紗子を見返した。
「詮索するつもりはないのよ。気を悪くしないでもらいたいのだけど、一見していい人に見られるようだけど、私が彼を信用できないだけなの」美紗子は首を軽く竦めた。
「私、彼に騙されて大変なことを・・・。彼に利用されていただけだと気づくのが遅過ぎた。そのせいで姉を苦しめることになってしまって…」
あの男はとんだ食わせ物だ。どれだけの人間を欺き、苦しめているかと思うと腹が立つ。とは言え、その事実を知っている人は少ない。あの男は彼女に何をしたというのだろう。
「私、見つけたんです。姉の手紙を…」
「手紙?」
「姉は一切家族宛に手紙を残さなかったと思っていました。だからすごく腹を立てて…。なぜ自殺をしたのか、その理由もわからず、家族にさえ遺書を残さなかった姉を憎みました。でも違った。姉はずっと一人で悩んで苦しんでいた…。自分を保っていられなくなる。自分が何者であるのかさえも分からなくなってしまうと…」
美紗子は怪訝な表情を浮かべて京子を見つめた。美紗子には京子が何を言っているのか理解できなかった。幸子が何に悩み苦しんでいたのか、自分を保っていられなくなるとはどういうことだろうか。
「姉は自分を保っていられなくなることに怯えていたんです。姉は自尊心の強い人でしたから、そんな自分の弱い部分を誰にも見せたくなかったんだと思います。結婚を間近に控え幸せの絶頂にいると思わせたかった。でも、姉は耐えられなかった。私たち家族を欺くことができなかった。だから、そうなる前に自ら命を絶ってしまった」
美紗子は彼女の自殺の裏にある衝撃の事実に愕然とした。しかし、自分の命がもう長くないと知りながら、結婚の準備を進めていたとはどうしても腑に落ちなかった。病気が深刻な状況にあったにもかかわらず、彼女がなぜ結婚に踏み切ろうとしたのだろうか…。自分の病気を隠しきれると本気で考えていたのだろうか…。
「佐々木さんは彼女の自殺についてどう考えていたのかしら、葬儀の後に彼から呼び出されて聞いた話では遺書はなかったと言っていたけど、婚約者である佐々木さんにさえ遺書を残さなかったなんて信じられないけど…」
「実を言うと、姉は結婚式をキャンセルしていたんです」
「え?」美紗子はますます頭の中が混乱する。「どういうこと?キャンセルしていたなんて…。佐々木さんも同意していたの?」
「葬儀の後、私が憔悴しきっていた両親の代わりに、キャンセルを担当の方に告げると、すでにキャンセルされていると聞かされました。私はどういうことなのかわかりませんでした。後になって分かったことですが、佐々木さんは姉から婚約を解消したいと言われていたそうです。自分には他に好きな人がいるから結婚できないと…」
佐々木に呼び出された時に感じていた違和感はそういうことだったのか。あの時の彼の態度がおかしかったから、ずっと心に引っかかっていたのだ。
「それで佐々木さんは婚約解消を受け入れたのかしら。葬儀にも出ていたし、とてもそうは思えなかったけれど」
「彼は世間体を気にする人だったから、たぶん…」
「彼女の一存で処理したのね。わかる気がするけど、彼の男としての面目が立たなかったでしょうね」
「姉は自分の命があとわずかなどとは言えなかったのだと思います」
はたして、幸子の余命あとわずかだと知って、それでも佐々木は結婚に踏み切っただろうか。美紗子はそうは思えなかった。佐々木と会った時の印象では、それほど彼女を深く愛していたとは思えないし、むしろ婚約解消を受け入れたのではと思うのだ。
まったく冗談じゃない、ゆっくり食事をする暇もない。これから高藤に呼び出されて引き返すところだ。これでは昼食抜きで仕事をすることになりそうだ。
この頃は忙しくて息をつく暇もない。最初のころは仕事に慣れることに夢中だったし、何かあっても槙野が全て処理していたから、高藤について廻ることも少なかった。しかし、今では槙野と共に高藤と行動することが多くなってきた。高藤の精力的な仕事ぶりに引き込まれる(引きずられる)かのように、美紗子は必死に彼らの後をついていく。ただ目の前にある仕事をこなしていくだけで精一杯だった。
美紗子が戻ってみると、高藤と槙野が頭を突き合わせて何やら話し込んでいる。二人が真剣な面持ちで話をしているので声をかけにくかった。だがすぐさま槙野が振り返った。
「戻ってきたな安藤」「早急に戻れと言われましたので」
「君に会いたいという女性が、1階の正面出入り口で待っているそうだ」
デパート内は昼時とあって賑わっていた。たくさんの客の中から自分を待つ女性を見つけるのは簡単ではなかった。名前がわかっていればそう難しいことではないが、この人ごみの中でその女性を探すなんて…。
「あの、安藤美紗子さんですか?」
「はい、私が安藤ですが」
「良かった、声をかけて間違っていたらどうしようかと…」若い女性はほっとした表情を見せた。
「あの…」見覚えがあるのだが、その女性が誰なのか思い出せない。
「いきなり呼び出してすみません。私は河内京子といいます。覚えていませんか?」
美紗子はすぐには思い出せなかった。ぼんやりとした記憶の中で、彼女の面影がはっきりした形になる。
「もしかして幸子さんの妹さん?」葬儀の時に会った時とはずいぶん印象が違って見えた。それでもよく見れば幸子と雰囲気がどことなく似ているような気がする。
「実を言うと、ここは来るまで会うべきかどうかずいぶん迷いました。でも、会って話しておかなければと…」
「ここでは落ち着かないから、どこかで座って話しません?お昼は食べました?」
美紗子は三階にある和食レストランに河内京子を案内した。落ち着いた雰囲気の店であるが、美紗子もめったにここへは来ない。彼女もまだ食事をしていないというので定食を注文する。
「私の上司は人使いが荒くて、こちらの都合もお構いなし」
美紗子は彼女の緊張をほぐそうと冗談交じりに言った。京子はわずかに緊張を解いて微笑んだように見えた。しかし、どこか不安げな表情が浮かんでいた。
「以前いらした売り場に行くと、今は専務秘書をされていると聞きました」
「どういうわけかそういうことに…」美紗子は思わず苦笑いを浮かべた。
「秘書で、倉田さんという方がいらっしゃいますね」
「あの人のことを知っているの?」
「はい、知っています。あの人にはなるだけ会うのだけは避けたかった」
「ここへ来るのを迷っていたというのは、そのせい?」
「ご、ごめんなさい。こんなこと言うと変に思いますよね」
倉田を避ける理由はわからないが、何か訳ありのようだ。
「なんとなくだけど、わかる気がするわ。正直言うと、私もあの人とはできるだけお目にかかりたくない。それは個人的なことだけど…」京子は驚いた様子で美紗子を見返した。
「詮索するつもりはないのよ。気を悪くしないでもらいたいのだけど、一見していい人に見られるようだけど、私が彼を信用できないだけなの」美紗子は首を軽く竦めた。
「私、彼に騙されて大変なことを・・・。彼に利用されていただけだと気づくのが遅過ぎた。そのせいで姉を苦しめることになってしまって…」
あの男はとんだ食わせ物だ。どれだけの人間を欺き、苦しめているかと思うと腹が立つ。とは言え、その事実を知っている人は少ない。あの男は彼女に何をしたというのだろう。
「私、見つけたんです。姉の手紙を…」
「手紙?」
「姉は一切家族宛に手紙を残さなかったと思っていました。だからすごく腹を立てて…。なぜ自殺をしたのか、その理由もわからず、家族にさえ遺書を残さなかった姉を憎みました。でも違った。姉はずっと一人で悩んで苦しんでいた…。自分を保っていられなくなる。自分が何者であるのかさえも分からなくなってしまうと…」
美紗子は怪訝な表情を浮かべて京子を見つめた。美紗子には京子が何を言っているのか理解できなかった。幸子が何に悩み苦しんでいたのか、自分を保っていられなくなるとはどういうことだろうか。
「姉は自分を保っていられなくなることに怯えていたんです。姉は自尊心の強い人でしたから、そんな自分の弱い部分を誰にも見せたくなかったんだと思います。結婚を間近に控え幸せの絶頂にいると思わせたかった。でも、姉は耐えられなかった。私たち家族を欺くことができなかった。だから、そうなる前に自ら命を絶ってしまった」
美紗子は彼女の自殺の裏にある衝撃の事実に愕然とした。しかし、自分の命がもう長くないと知りながら、結婚の準備を進めていたとはどうしても腑に落ちなかった。病気が深刻な状況にあったにもかかわらず、彼女がなぜ結婚に踏み切ろうとしたのだろうか…。自分の病気を隠しきれると本気で考えていたのだろうか…。
「佐々木さんは彼女の自殺についてどう考えていたのかしら、葬儀の後に彼から呼び出されて聞いた話では遺書はなかったと言っていたけど、婚約者である佐々木さんにさえ遺書を残さなかったなんて信じられないけど…」
「実を言うと、姉は結婚式をキャンセルしていたんです」
「え?」美紗子はますます頭の中が混乱する。「どういうこと?キャンセルしていたなんて…。佐々木さんも同意していたの?」
「葬儀の後、私が憔悴しきっていた両親の代わりに、キャンセルを担当の方に告げると、すでにキャンセルされていると聞かされました。私はどういうことなのかわかりませんでした。後になって分かったことですが、佐々木さんは姉から婚約を解消したいと言われていたそうです。自分には他に好きな人がいるから結婚できないと…」
佐々木に呼び出された時に感じていた違和感はそういうことだったのか。あの時の彼の態度がおかしかったから、ずっと心に引っかかっていたのだ。
「それで佐々木さんは婚約解消を受け入れたのかしら。葬儀にも出ていたし、とてもそうは思えなかったけれど」
「彼は世間体を気にする人だったから、たぶん…」
「彼女の一存で処理したのね。わかる気がするけど、彼の男としての面目が立たなかったでしょうね」
「姉は自分の命があとわずかなどとは言えなかったのだと思います」
はたして、幸子の余命あとわずかだと知って、それでも佐々木は結婚に踏み切っただろうか。美紗子はそうは思えなかった。佐々木と会った時の印象では、それほど彼女を深く愛していたとは思えないし、むしろ婚約解消を受け入れたのではと思うのだ。
京子は美紗子に手紙を差し出した。
「これは?」
「私が見つけた手紙のうちの一通です。私たち家族の心の整理ができたら、あなたに届けるようにと…。あなたにこの手紙を渡してほしいと、私宛の手紙に書いてありました」
美紗子はテーブルの上にある手紙を見つめた。あの手紙の他に彼女が私に宛てた手紙を残すなんて、わざわざこんなことをするなんて理解に苦しむ。それに、いつ京子がこの手紙を見つけるなんて彼女にわかるのだろうか。
「いつこの手紙の存在を?」
「自分の部屋の整理をしていた時に見つけました。姉が亡くなってから両親はいつも気持ちが沈みがちで、そんな二人を見ているのが耐えられなくて・・・。私も一人になって心の整理をしよう、一人暮らしをしてもいい年頃だしと思ったんです。それで部屋の整理をしていたらアルバムに目がいって、つい懐かしくなってアルバムを手にしたんです。そしたら・・・手紙が挟んであったんです。これを見つけたのは二か月前だと思います」
「わざわざあなたのアルバムの中に手紙を?普通なら自分のアルバムに入れるのでは?」
「多分ですけど、私が何かあるとアルバムを見ていたのを知っていたんではと思います。姉が亡くなってからしばらくは何も手につかなくて、アルバムを開く気にもならなかった。自分のアルバムではなく私のアルバムに入れたのには理由があると思います。私たち家族には時間が必要でした。姉の死を受け入れる時間が…」
「そうだとしても、私宛の手紙をなぜ一緒に入れたのかしら、どういう理由で?」
「私もそのことが気になっていたんですけど…」
二人の視線は、テーブルの上にある手紙に注がれた。まるでそれは謎解きをするようなもの、美紗子に対して巧妙に仕掛けられたトゥラップなのか…。
「安藤さんと姉の間には、私たち家族の知らない秘密があるみたい。少しだけ嫉妬しちゃいます。私は姉に対していつもひねくれた態度ばかりで、本当は大好きなのに素直になれなかった。私たち家族に遺書を残さなかったと思うと悲しかった。姉が亡くなってからずっと後悔ばかりで、そんな自分が情けなくて仕方がなかった。だから手紙を見つけた時は驚きました。手紙は三通でしたが、佐々木さん宛の手紙はありませんでした。両親と私に宛ての二通と、もう一つは安藤さんに宛てた手紙だけでした。これほど親しい友人がいたなんて私は知らなかった。私たち家族は姉のことを何も知らなかった。だからすごくショックでした。でも、思うんです。お姉さんは私たち家族を本当に愛してくれていたと、そう信じることができます。優しくて、思いやりのある姉でした。今では、姉の笑っている姿しか思い浮かばない」
幸子が望んだように、彼女の家族は落ち着きを取り戻したということだろうか。しかし、美紗子はどこかすっきりしない。それは京子には関係ないことだと、美紗子は彼女に向けて笑みをうかべた。
「ご両親も落ち着かれたかしら」
「はい、少しずつですけど落ち着きを取り戻しているようです。私も一人暮らしをあきらめてというか、やはり両親と暮らすのがベストだと思います。せめて、結婚するまでは、親孝行しようかと思って…」
「一人暮らしも大変よ。時には一人でいると、凄く部屋が広く感じるし、独り言は増えるし…」
京子はクスリと笑った。しかし、笑みはすぐ消えた。
「自分の恥をさらすようなのですが、実は…」京子の声は次第に小さくなっていく。
「え?」美紗子は唖然とする。
「あの人には気をつけてください。本性を隠して、いつも裏でひどいことを平気でできる人なのです。外面はよく見えますが、実際は悪賢くて凄く卑怯な男です。私はうわべに惑わされてひどい目にあったから…。姉に忠告されていたのに、私は聞かなかった。だから自業自得です」
美紗子は先に出ていこうとしている京子を見送った。京子は告白したことで気持ちが楽になったと言った。なぜ、自分に美紗子への手紙を託したのかわかる気がしたという。確かにそうかもしれない。誰かに自分の秘密を打ち明けて楽になることもあるだろう。しかし、その誰かに自分を選ばせるなんて、幸子は自分を買い被りすぎだ。
「これは?」
「私が見つけた手紙のうちの一通です。私たち家族の心の整理ができたら、あなたに届けるようにと…。あなたにこの手紙を渡してほしいと、私宛の手紙に書いてありました」
美紗子はテーブルの上にある手紙を見つめた。あの手紙の他に彼女が私に宛てた手紙を残すなんて、わざわざこんなことをするなんて理解に苦しむ。それに、いつ京子がこの手紙を見つけるなんて彼女にわかるのだろうか。
「いつこの手紙の存在を?」
「自分の部屋の整理をしていた時に見つけました。姉が亡くなってから両親はいつも気持ちが沈みがちで、そんな二人を見ているのが耐えられなくて・・・。私も一人になって心の整理をしよう、一人暮らしをしてもいい年頃だしと思ったんです。それで部屋の整理をしていたらアルバムに目がいって、つい懐かしくなってアルバムを手にしたんです。そしたら・・・手紙が挟んであったんです。これを見つけたのは二か月前だと思います」
「わざわざあなたのアルバムの中に手紙を?普通なら自分のアルバムに入れるのでは?」
「多分ですけど、私が何かあるとアルバムを見ていたのを知っていたんではと思います。姉が亡くなってからしばらくは何も手につかなくて、アルバムを開く気にもならなかった。自分のアルバムではなく私のアルバムに入れたのには理由があると思います。私たち家族には時間が必要でした。姉の死を受け入れる時間が…」
「そうだとしても、私宛の手紙をなぜ一緒に入れたのかしら、どういう理由で?」
「私もそのことが気になっていたんですけど…」
二人の視線は、テーブルの上にある手紙に注がれた。まるでそれは謎解きをするようなもの、美紗子に対して巧妙に仕掛けられたトゥラップなのか…。
「安藤さんと姉の間には、私たち家族の知らない秘密があるみたい。少しだけ嫉妬しちゃいます。私は姉に対していつもひねくれた態度ばかりで、本当は大好きなのに素直になれなかった。私たち家族に遺書を残さなかったと思うと悲しかった。姉が亡くなってからずっと後悔ばかりで、そんな自分が情けなくて仕方がなかった。だから手紙を見つけた時は驚きました。手紙は三通でしたが、佐々木さん宛の手紙はありませんでした。両親と私に宛ての二通と、もう一つは安藤さんに宛てた手紙だけでした。これほど親しい友人がいたなんて私は知らなかった。私たち家族は姉のことを何も知らなかった。だからすごくショックでした。でも、思うんです。お姉さんは私たち家族を本当に愛してくれていたと、そう信じることができます。優しくて、思いやりのある姉でした。今では、姉の笑っている姿しか思い浮かばない」
幸子が望んだように、彼女の家族は落ち着きを取り戻したということだろうか。しかし、美紗子はどこかすっきりしない。それは京子には関係ないことだと、美紗子は彼女に向けて笑みをうかべた。
「ご両親も落ち着かれたかしら」
「はい、少しずつですけど落ち着きを取り戻しているようです。私も一人暮らしをあきらめてというか、やはり両親と暮らすのがベストだと思います。せめて、結婚するまでは、親孝行しようかと思って…」
「一人暮らしも大変よ。時には一人でいると、凄く部屋が広く感じるし、独り言は増えるし…」
京子はクスリと笑った。しかし、笑みはすぐ消えた。
「自分の恥をさらすようなのですが、実は…」京子の声は次第に小さくなっていく。
「え?」美紗子は唖然とする。
「あの人には気をつけてください。本性を隠して、いつも裏でひどいことを平気でできる人なのです。外面はよく見えますが、実際は悪賢くて凄く卑怯な男です。私はうわべに惑わされてひどい目にあったから…。姉に忠告されていたのに、私は聞かなかった。だから自業自得です」
美紗子は先に出ていこうとしている京子を見送った。京子は告白したことで気持ちが楽になったと言った。なぜ、自分に美紗子への手紙を託したのかわかる気がしたという。確かにそうかもしれない。誰かに自分の秘密を打ち明けて楽になることもあるだろう。しかし、その誰かに自分を選ばせるなんて、幸子は自分を買い被りすぎだ。
美紗子は幸子からの手紙を見つめた。どう高藤に伝えたらいいのかしら…。まだ読む気にはならないが、どちらにしても封を切らなければならない。それでも美紗子はためらっていた。手紙の内容がどうであれ、この手紙が全てを明らかにしてくれるだろう。それをわかっている美紗子だったが、それでもためらってしまうのだった。
幸子の自殺の真相を伝えるにしても、美紗子でさえ彼女の自殺の真相を聞かされ衝撃を受けたのだから、どちらにしても高藤を深く傷つけることには変わりない。そう考えると美紗子は伝えるべきかどうかわからなくなる。
あなたは私にどうしろというの、こんなことを私に託すなんてひどくない?美紗子の脳裏に高藤の姿が浮かんだ。伯父の家でくつろいでいた高藤を思い出して胸が痛んだ。
伯父に呼び出されたあの日は、すべての不安も危惧に終わった。伯父夫婦だけでなく従兄弟達の家族が、三人を迎えてくれたからだ。もともと社交的な家族でだれを連れてきても温かく気さくに接してくれる。美紗子はどうなるかと気をもんだりもしたが、そんな心配はしなくても良かったのでほっとした。
従兄弟たちは高藤が高藤デパートの御曹司だと、父親から聞かされていたようだが、初対面での印象が良かったのか、すんなりと彼を受け入れた。それに高藤は人当りも良く、誰彼となく魅了してしまう性格で、伯父たちにも彼に好意的だった。
槙野は美紗子にいい家族がいて君は幸せだなと言った。両親を亡くした美紗子にとって伯父の家族は心のよりどころだ。美紗子の境遇を知らない、他の誰かからそんなふうに言われたら皮肉に聞こえるが、槙野に言われると少しも嫌な気がしなかった。
そんな槙野ならどうするだろうか…。私から伝えるよりも、高藤のことをよく知っている槙野なら…。
美紗子は手紙をバックにしまい、和食レストランを後にした。昼休みはとっくに過ぎているが、遅いからと言って文句は言われまい。美紗子は半場やけくそ気味に考えた。
幸子の自殺の真相を伝えるにしても、美紗子でさえ彼女の自殺の真相を聞かされ衝撃を受けたのだから、どちらにしても高藤を深く傷つけることには変わりない。そう考えると美紗子は伝えるべきかどうかわからなくなる。
あなたは私にどうしろというの、こんなことを私に託すなんてひどくない?美紗子の脳裏に高藤の姿が浮かんだ。伯父の家でくつろいでいた高藤を思い出して胸が痛んだ。
伯父に呼び出されたあの日は、すべての不安も危惧に終わった。伯父夫婦だけでなく従兄弟達の家族が、三人を迎えてくれたからだ。もともと社交的な家族でだれを連れてきても温かく気さくに接してくれる。美紗子はどうなるかと気をもんだりもしたが、そんな心配はしなくても良かったのでほっとした。
従兄弟たちは高藤が高藤デパートの御曹司だと、父親から聞かされていたようだが、初対面での印象が良かったのか、すんなりと彼を受け入れた。それに高藤は人当りも良く、誰彼となく魅了してしまう性格で、伯父たちにも彼に好意的だった。
槙野は美紗子にいい家族がいて君は幸せだなと言った。両親を亡くした美紗子にとって伯父の家族は心のよりどころだ。美紗子の境遇を知らない、他の誰かからそんなふうに言われたら皮肉に聞こえるが、槙野に言われると少しも嫌な気がしなかった。
そんな槙野ならどうするだろうか…。私から伝えるよりも、高藤のことをよく知っている槙野なら…。
美紗子は手紙をバックにしまい、和食レストランを後にした。昼休みはとっくに過ぎているが、遅いからと言って文句は言われまい。美紗子は半場やけくそ気味に考えた。
