舞子の案内で離れに向かうと沢田隆之が二人を迎えた。
「よくおいで下さった。お待ちしていましたよ。呼び出してすまなかったね」
「わざわざお食事にお招きいただきありがとうございます」千春はかしこまって答える。
「福山先生のお姿が見えないようだが・・・」沢田は二人に座るよう即する。
「申し訳ありません。ご招待を受けていることを知らないまま取材旅行に出かけてしまいました。昨夜は私たちが帰った時にはハウスで仕事をしていたようです。姉は仕事にかかるとハウスにこもりきりになってしまいます。乗っている時は物凄い集中力で、他のことには目もくれません。ですから声を掛けても無駄と分かっているので、昨夜は知らせませんでした。ところが朝になってみると、姉はすでに出かけた後でした」
「ほう、それは千夏さんらしいですな。作家たるものそうでなくては・・・。残念だが仕方あるまい」沢田は納得するように頷いた。
テーブルの上には八人分の料理が用意されている。どうやら他にも招待されているらしい。ただの食事というわけではなさそうだ。
「舞子さん、他の方たちはどうなっているのかね」
「じきにお見えになると思いますが、様子を見てまいります」
舞子が出て行った後、沢田は千春に仕事は順調かと訊ねた。千春がそれに答える間、千秋は沢田を観察する。思ったより顔色がいいし、体の調子も悪いようには見えない。息子を亡くした悲しみから少しずつ立ち直りつつあるのだろう。
「千秋さんは旅行会社に勤めているのだったな・・・。プランを立てたりもするのか?
最近は、客のニーズも多様化して大変だろう」
「はい、お客様の意向に沿うように努力しています」
「二人とも仕事に対するしっかりした考えを持っている。それに、福山先生の仕事に対する情熱もたいしたものだ、実にしっかりした御姉妹だ。ご両親も誇りに思っておられるだろう」
沢田は二人を見て、満足そうに微笑んだ。しかし、どこか寂しげでもあった。
「息子が死んだことで私は失望し、全てを失ったような気がした。それを運命として受け入れるのに時間はかかったが、これで人生が終わりではないと気付く事ができた。千夏さんが沢田一族の前で堂々と発言するのを見て、私は後継者を決めるのはまだ時期ではないという考えをさらに強めた。一族ではない君たちが彼らの貪欲さを曝け出させたが、私は彼らの本性を知りながら見逃してきた。だが、君たちのおかげでそれが間違いだということに気付く事ができた」
千秋は沢田の口ぶりから、誰を後継者にするか、すでに心に決めているのではと思った。
「会長はすでに心に決めていらっしゃるんですね。誰を後継者にすべきかを・・・」
「候補者は何人いるが、私の心は決まっている。公表するのはもう少し先のことになるだろう。現状では公開すれば混乱は避けられまい。だからこそ慎重にならねばならない。それまでに解決しなければならないことが山済みだ。それに正次のことも決着がついていない」
沢田が言う決着とは事件が解決することだ。だが、もしできなかったらどうなるのか・・・。千秋は思わず聞いてしまう。
「もし、犯人が見つからなかったらどうするつもりですか?」
「解決できなければ、時期を見て決断を下すことになるだろう。だが、必ず犯人は捕まると私はそう信じている」
私たち三人を呼び出した理由はなんだろう。それに呼ばれているのは私たちだけではない。いったい他に誰を呼んでいるのか・・・。千春が考えていると舞子が戻ってきた。そして、声には何の感情も滲まぬ低い声が聞こえた。
「遅くなりました」
千秋は現れた人物が誰なのか見るまでもなくすぐにわかった。千春もまた姿を見せたのが一条だと分かってもそれほど驚かなかった。沢田は一条に頷いてから舞子に向かって言った。
「すまないが彼を呼んできてくれ」
「はい、お連れします」舞子はちらりと千秋たちを見てから微笑を浮かべると出て行った。
「君はそこに座りたまえ」沢田は千秋の隣の席を指差す。
千春はちらりと沢田を見る。千秋の横に一条を座らせたのは沢田に何か意図するものがあるのだろうか・・・。そうなるとますます他に誰が来るのか気になる。
千秋は妙な緊張感を味わっていた。いつもとは違う一条のよそよそしさが気になって仕方がなかった。一条に挨拶をするのが礼儀だろうが、目を向けることもできずにただ黙って定まらない視線をさ迷わせる。
しばらくして子供のはしゃぐような声が聞こえてくる。その声に千秋と千春は顔を見合わせる。子供の声はやがて近づいてきた。
「ネエ、おじさんと後で遊んでもいい?」
「お客様がいらしているのよ。静かにしなさい」舞子はなだめるように子供に言い聞かせている。
男は子供を抱きかかえてにっこり笑いかけた。自分でも笑えるのだといつの間にか忘れていた。母親の愛情を余すことなく受けてきたあどけない子供にどうして冷たくできるだろうか・・・。胸に突き刺さる痛みはそう簡単には消えないが、わずかだけ薄らぐように思えるのは何故なのだろう。男は舞子が自分を見つめていることに気付いた。
「こちらへ、会長がお待ちです」
子供を抱きかかえている男を見て二人は驚き目を見張った。沢田は突然に意外な男が現れ呆然とする二人の様子を見て満足そうに頷いた。
「彼に会わせたくて君たちを呼んだ」
「どうして君たちがここに・・・」
「川久保さんこそ、どうしてここに・・・」
千秋と千春は驚きを隠せなかった。二人はずっと消息を絶っていた川久保とこんな形で再会できるとは思わなかった。千秋ははっとしたように横に座っている一条を見る。
「あなたは川久保さんが何処にいるのか知っていたの?」
一条は何も答えず黙っている。何度となく会っていたのに、一条は一言もそのことに触れなかった。千秋は怒りが湧いて一条を睨んだ。
「一条には口止めをしておいた。それは彼の身を案じてのことだ。それに、君たちが危険にさらされることを一条は心配していた」
「私たちが川久保さんを探しているのを知りながら黙っていたということですね。川久保さんの身を案じてというのは分かります。でも、無事であることぐらい教えていただいてもよかったのではありませんか・・・」
「千秋さん・・・」川久保は抱きかかえていた舞子の息子をゆっくりとおろしてやる。
「千秋、よしなさい。こうして川久保さんと会えたのだから・・・」
「何故です。会長がこのようなことをなさるの?川久保さんと何のかかわりがあるのですか?」千秋は一歩も引こうとせずに食い下がる。
川久保は胸に熱いものが込み上げてきた。ここまで一条や沢田に怒りをあらわにする千秋を見て何も感じないわけがない。
「千秋さん、心配をかけて申し訳ない」
「川久保さん。ひどいじゃないの・・・。事務所に行っても誰もあなたが何処にいるのか知らないと言われたのよ。神尾刑事さんにもあなたの居場所を調べてもらって・・・」
「神尾さんには私から伝えておいた。ここにいれば川久保さんも安全だ」一条は悪びれる様子もなく言った。
「まあ、神尾さんも知っていたのね。黙っているなんてひどいわ。それでは千秋が怒るのも当然よ。皆でグルになって・・・。この私だって怒るわ」
「よくおいで下さった。お待ちしていましたよ。呼び出してすまなかったね」
「わざわざお食事にお招きいただきありがとうございます」千春はかしこまって答える。
「福山先生のお姿が見えないようだが・・・」沢田は二人に座るよう即する。
「申し訳ありません。ご招待を受けていることを知らないまま取材旅行に出かけてしまいました。昨夜は私たちが帰った時にはハウスで仕事をしていたようです。姉は仕事にかかるとハウスにこもりきりになってしまいます。乗っている時は物凄い集中力で、他のことには目もくれません。ですから声を掛けても無駄と分かっているので、昨夜は知らせませんでした。ところが朝になってみると、姉はすでに出かけた後でした」
「ほう、それは千夏さんらしいですな。作家たるものそうでなくては・・・。残念だが仕方あるまい」沢田は納得するように頷いた。
テーブルの上には八人分の料理が用意されている。どうやら他にも招待されているらしい。ただの食事というわけではなさそうだ。
「舞子さん、他の方たちはどうなっているのかね」
「じきにお見えになると思いますが、様子を見てまいります」
舞子が出て行った後、沢田は千春に仕事は順調かと訊ねた。千春がそれに答える間、千秋は沢田を観察する。思ったより顔色がいいし、体の調子も悪いようには見えない。息子を亡くした悲しみから少しずつ立ち直りつつあるのだろう。
「千秋さんは旅行会社に勤めているのだったな・・・。プランを立てたりもするのか?
最近は、客のニーズも多様化して大変だろう」
「はい、お客様の意向に沿うように努力しています」
「二人とも仕事に対するしっかりした考えを持っている。それに、福山先生の仕事に対する情熱もたいしたものだ、実にしっかりした御姉妹だ。ご両親も誇りに思っておられるだろう」
沢田は二人を見て、満足そうに微笑んだ。しかし、どこか寂しげでもあった。
「息子が死んだことで私は失望し、全てを失ったような気がした。それを運命として受け入れるのに時間はかかったが、これで人生が終わりではないと気付く事ができた。千夏さんが沢田一族の前で堂々と発言するのを見て、私は後継者を決めるのはまだ時期ではないという考えをさらに強めた。一族ではない君たちが彼らの貪欲さを曝け出させたが、私は彼らの本性を知りながら見逃してきた。だが、君たちのおかげでそれが間違いだということに気付く事ができた」
千秋は沢田の口ぶりから、誰を後継者にするか、すでに心に決めているのではと思った。
「会長はすでに心に決めていらっしゃるんですね。誰を後継者にすべきかを・・・」
「候補者は何人いるが、私の心は決まっている。公表するのはもう少し先のことになるだろう。現状では公開すれば混乱は避けられまい。だからこそ慎重にならねばならない。それまでに解決しなければならないことが山済みだ。それに正次のことも決着がついていない」
沢田が言う決着とは事件が解決することだ。だが、もしできなかったらどうなるのか・・・。千秋は思わず聞いてしまう。
「もし、犯人が見つからなかったらどうするつもりですか?」
「解決できなければ、時期を見て決断を下すことになるだろう。だが、必ず犯人は捕まると私はそう信じている」
私たち三人を呼び出した理由はなんだろう。それに呼ばれているのは私たちだけではない。いったい他に誰を呼んでいるのか・・・。千春が考えていると舞子が戻ってきた。そして、声には何の感情も滲まぬ低い声が聞こえた。
「遅くなりました」
千秋は現れた人物が誰なのか見るまでもなくすぐにわかった。千春もまた姿を見せたのが一条だと分かってもそれほど驚かなかった。沢田は一条に頷いてから舞子に向かって言った。
「すまないが彼を呼んできてくれ」
「はい、お連れします」舞子はちらりと千秋たちを見てから微笑を浮かべると出て行った。
「君はそこに座りたまえ」沢田は千秋の隣の席を指差す。
千春はちらりと沢田を見る。千秋の横に一条を座らせたのは沢田に何か意図するものがあるのだろうか・・・。そうなるとますます他に誰が来るのか気になる。
千秋は妙な緊張感を味わっていた。いつもとは違う一条のよそよそしさが気になって仕方がなかった。一条に挨拶をするのが礼儀だろうが、目を向けることもできずにただ黙って定まらない視線をさ迷わせる。
しばらくして子供のはしゃぐような声が聞こえてくる。その声に千秋と千春は顔を見合わせる。子供の声はやがて近づいてきた。
「ネエ、おじさんと後で遊んでもいい?」
「お客様がいらしているのよ。静かにしなさい」舞子はなだめるように子供に言い聞かせている。
男は子供を抱きかかえてにっこり笑いかけた。自分でも笑えるのだといつの間にか忘れていた。母親の愛情を余すことなく受けてきたあどけない子供にどうして冷たくできるだろうか・・・。胸に突き刺さる痛みはそう簡単には消えないが、わずかだけ薄らぐように思えるのは何故なのだろう。男は舞子が自分を見つめていることに気付いた。
「こちらへ、会長がお待ちです」
子供を抱きかかえている男を見て二人は驚き目を見張った。沢田は突然に意外な男が現れ呆然とする二人の様子を見て満足そうに頷いた。
「彼に会わせたくて君たちを呼んだ」
「どうして君たちがここに・・・」
「川久保さんこそ、どうしてここに・・・」
千秋と千春は驚きを隠せなかった。二人はずっと消息を絶っていた川久保とこんな形で再会できるとは思わなかった。千秋ははっとしたように横に座っている一条を見る。
「あなたは川久保さんが何処にいるのか知っていたの?」
一条は何も答えず黙っている。何度となく会っていたのに、一条は一言もそのことに触れなかった。千秋は怒りが湧いて一条を睨んだ。
「一条には口止めをしておいた。それは彼の身を案じてのことだ。それに、君たちが危険にさらされることを一条は心配していた」
「私たちが川久保さんを探しているのを知りながら黙っていたということですね。川久保さんの身を案じてというのは分かります。でも、無事であることぐらい教えていただいてもよかったのではありませんか・・・」
「千秋さん・・・」川久保は抱きかかえていた舞子の息子をゆっくりとおろしてやる。
「千秋、よしなさい。こうして川久保さんと会えたのだから・・・」
「何故です。会長がこのようなことをなさるの?川久保さんと何のかかわりがあるのですか?」千秋は一歩も引こうとせずに食い下がる。
川久保は胸に熱いものが込み上げてきた。ここまで一条や沢田に怒りをあらわにする千秋を見て何も感じないわけがない。
「千秋さん、心配をかけて申し訳ない」
「川久保さん。ひどいじゃないの・・・。事務所に行っても誰もあなたが何処にいるのか知らないと言われたのよ。神尾刑事さんにもあなたの居場所を調べてもらって・・・」
「神尾さんには私から伝えておいた。ここにいれば川久保さんも安全だ」一条は悪びれる様子もなく言った。
「まあ、神尾さんも知っていたのね。黙っているなんてひどいわ。それでは千秋が怒るのも当然よ。皆でグルになって・・・。この私だって怒るわ」
川久保は事務所にはいかず、沢田邸に滞在しながら仕事を続けていたのだった。
「確かにここは安全ですね。誰もここに川久保さんがいるなんて思わないでしょうから・・・」
「舞子さんが身の回りの世話をしてくれる。君たちは心配しなくても大丈夫だ。私も話し相手ができて喜んでいる。それに可愛い孫も一緒だ。だが、すっかり川久保弁護士になついて、私の相手などそっちのけだ・・・」
当の舞子の息子である正一は、遊び疲れてソファーで眠っている。その姿を見つめる沢田の表情は優しかった。
「川久保さんには沢田グループ内で起きている問題の処理をしてもらっている。一条が表立って動くのはまずいこともある。君たちも薄々気付いていたと思うが、沢田グループ内で何かが起きている。それを突き止める必要があるように思えるのでな・・・」
思ったとおり沢田グループに不穏な動きがあることを沢田は気付いていたのだ。それを調べる手伝いを川久保がしているのだ。これで川久保がここにいる理由がようやく納得できた。
だが、いった何が起きているのだろうか・・・。もしかしたら、この先も予想のできない出来事が起きるのではないかと、千秋は心配になってくるのだった。
「確かにここは安全ですね。誰もここに川久保さんがいるなんて思わないでしょうから・・・」
「舞子さんが身の回りの世話をしてくれる。君たちは心配しなくても大丈夫だ。私も話し相手ができて喜んでいる。それに可愛い孫も一緒だ。だが、すっかり川久保弁護士になついて、私の相手などそっちのけだ・・・」
当の舞子の息子である正一は、遊び疲れてソファーで眠っている。その姿を見つめる沢田の表情は優しかった。
「川久保さんには沢田グループ内で起きている問題の処理をしてもらっている。一条が表立って動くのはまずいこともある。君たちも薄々気付いていたと思うが、沢田グループ内で何かが起きている。それを突き止める必要があるように思えるのでな・・・」
思ったとおり沢田グループに不穏な動きがあることを沢田は気付いていたのだ。それを調べる手伝いを川久保がしているのだ。これで川久保がここにいる理由がようやく納得できた。
だが、いった何が起きているのだろうか・・・。もしかしたら、この先も予想のできない出来事が起きるのではないかと、千秋は心配になってくるのだった。
