彼女が空を飛んだわけ 20 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 ロッカーの整理を美紗子がすることになったと聞いて槙野は首をかしげた。美紗子も言われるまでそのことに何の疑問も抱かなかったことに気付いた。ロッカーの整理をするように言われたのはパソコンが届く前のことだ。河内幸子はなぜ美紗子がロッカーの整理をすると分かったのだろうか・・・。それはただの偶然?
「誰が君にロッカーの整理をするように言ったのかい?」
「彼女の上司から頼まれたわ。同期で一番親しかったという理由で・・・・」
「しかし、別に君でなくても同じ売り場の人間でも良かったのでは?」
「もしかしたら、亡くなった人の荷物を整理したり触ったりすることに抵抗があったのかも・・・。私も彼女の私物を整理するのを躊躇ったくらいだから・・・。二週間ぐらいは何もしなかったし、彼女の手紙が送られて来てようやく整理する気になったくらいよ」
「そういうことなら彼女の上司に聞いた方が早くないかい」
「そうね」
 美紗子は話している間にその謎が解けた。しかし、槙野には言わないことにした。あの黒もやしに指示した人間は予想がついていた。
「それにしても何故なんだ、この黒いバックだけ君に残した理由は?この中に何が入っていたんだ」
「実は、まだ中を見ていないの」
「見ていない?」
「ええ」
「ずっと中も見ないで持っていたのか」
「手紙の中にこのバックのことは詳しく書かれていなかった。私にこれをもっている様に頼まれたのだけど、その理由がとても不可解でなんと言っていいのか・・・。開けるのを躊躇わせる事が手紙に書かれてあったの。私が窮地に立たされた時に役に立つアイテムが入っていると・・・。妙でしょう?」
「君が窮地に立たされるってどういう意味なんだ?」
「私には分からないわ。さっぱり分からなくて戸惑っているのよ。それにますます河内幸子って人が分からなくなってきたわ・・・。高藤さんという恋人がいながら、高校時代から付き合っていた人と結婚しようとしていたのよ。それがどういうことかあなたには分かる?」
「分からないよ。私もそれを知りたいと思っていた」
「そうでしょうね。彼女の自殺の動機を知るためだけでなく、何故彼女が御曹司でなく他の人と結婚しようとしていたのか、その理由を調べる為に人の良い伯父を利用したのだもの」
 槙野には自分を見つめる美紗子の目に失望がはっきりと読み取れた。
「弁解はしないよ。君の言うとおりだ」
「残念だったわね。わざわざそんなことまでして私に近づいたのに、私は彼女のことをほとんど知らなかったんだから・・・。でも、今は少しだけ彼女の事が分かってきたような気がするわ・・・。謎の多い人だけど、それだけ人を惹きつける何かが彼女に備わっていたって事でしょう。私はますます彼女って人が怖くなるわ・・・。彼女はまるで私を巻き込むように仕向けていたみたいじゃない。ある意味あなたも私と同じで、彼女に上手く誘導されて操られているって言う気がする」
「君には迷惑な話だろう。彼女の事が無かったら、君は私のような人間と関わらなくて済んだだろうに・・・」
「そうよ。その事がなかったら、今だって何事も無く平穏に暮らせていたはずよ。あなたと何処かで出会ったとしても、何の関係も無く通り過ぎていたわ。お互い見向きもしなかったでしょう。今更そんなことを言っても仕方ないことよ」
 槙野と出会う前のことをいまさら元には戻せない。それに、美紗子にとって槙野と出会わなかったことなど今では考えられないことだった。槙野はそのことをどう思っているのか知りたいと思う反面、知ることで自分が傷つきそうで怖かった。
「私はそうは思わないよ。私は君と出合えて良かったと思っている。君も分かっていると思うが、伯父さんのことだから私の事がなくても、伯父さんは他の誰かを君に紹介しようとしただろう。だが、彼女のおかげで君という人と出会えた。私はとてもラッキーだったわけだ」
 美紗子は頬を染めた。何?この雰囲気は・・・。これってもしかして告白?
「あなたって伯父さんの事が良く分かるのね。あなたの言う通り今迄だって何度も私に良い人を紹介しようと計画してきたもの・・・。私だってそのくらいのこと分かっていたわ」
「なんだか、またはぐらかされている気がする。それは思い違いかな・・・・」
「別にはぐらかしてなどいないわ。私は思っていることを言ったまでよ」
「そろそろ認めてくれてもいい頃だと思うが・・・。私は君が他の男性と付き合っていたら我慢できないと思う。君がどう思っているか分からないが、すでに私たちは付き合っている。素直になって受け入れてほしい・・・」
思わぬ方向へ向かっている。話を元に戻さなければと美紗子は焦った。部屋へ呼ぶべきではなかった。二人きりでいるのはとても危険だと気付くべきだったのだ。美紗子は咳払いをしてごまかそうとする。
「話がそれてしまったわ。それより一緒にこのバックに何が入っているのか見てみない?」
「また、話を逸らすのか?まあいい、君の言う通りバックの中身を調べよう」
 美紗子は自分の思い通りになってほっとした。今は槙野との関係に付いて頭を悩ませる余裕などまったく無かった。

 美紗子はバックの中にあるものを全て取り出しテーブルに置いた。中身はビジネス手帳・診察券・サービス券・買い物カード・印鑑・銀行のカードと通帳と鍵。
「財布が無いわね。その中身をこの黒いバックに入れたという感じね」
「しかし、印鑑や銀行口座通帳とカードを無造作に入れている。ましてそんな大事なものをロッカーに置いておくのは彼女にしては随分無防備だな・・・。盗まれることも十分にあると思わないか?」
「昨年からデパート内での万引き被害が多くて、誰もがそれを警戒していたから用心深くなっているわ。それにロッカーには貴重品を置きっぱなしにしないようにという社内通達されていたし・・・」
「そういえば店内にもそのことを書いたポスターが張り出されていたね」
「通帳と印鑑を一緒に入れて大丈夫なのかしら・・・。もしかしたらこの通帳の印鑑ではないのかも・・・」美紗子は見た時からずっと気になっていた通帳を手に取る。
「多分そうだろう。彼女がそこまで危険を冒すとは思えない。その通帳にはどのくらいの額が入っている?」
「大きな金額の入った通帳をこの中に入れるかしら・・・」
 美紗子は通帳が真新しいのを見てそう思った。ページを捲っているうちに数字が目に付いた。そこで捲る手を止め、金額を表わす数字に目を凝らす。
「どうした?」
「信じられない、あの人の話は嘘ではなかったって事?こんなの嘘でしょう・・・」
 美紗子は頭の中で考えを巡らせる。でも、この金額はあの人が言ってより少ない。どういうことかしら・・・。だとしても、あの人のやり方は酷いし間違っているわ。
「どういうことだ。いったいどのくらいの金額なんだ?あの人って誰だ」
 美紗子は思いっきり叩くようにして通帳を閉じた。それを見て槙野は目を細めた。
「あなたは知らない方がいいわ・・・。この通帳のことは見なかったことにして、忘れてちょうだい・・・」
「何を言っている。忘れるなんて無理な話だ。君のその動揺ぶりを見てもただ事ではないと分かる・・・」
「突き止めなければ・・・。そうしないと意味がない・・・」
「何を突き止める・・・」
結局は元の木阿弥って事ね。振り出しに戻ってもう一度調べ直すしかなさそうね。でも、どうやって?美紗子は溜息混じりに言った。
「彼女が何故自殺したのかってことよ」








https://novel.blogmura.com/img/novel88_31.gif
にほんブログ村 小説ブログへ(文字をクリック)
にほんブログ村 ランキングに参加しています。
小説ブログ・長編小説ブログ
もしよければクリックをお願いいたします。