彼女が空を飛んだわけ 14 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

年が明けてお正月気分も抜けた頃、美紗子は高藤デパートの生活雑貨コーナーに配属された。同僚から少し雰囲気が変わったわねとよく言われるようになった。平気で仕事を抜け出し、地下の食品購買部で試食廻りをして気分転換・・・。解雇されるとなっても、少しも怖くないし、何が起きてもそう簡単には驚かない。
 河内幸子の自殺の原因についてもほとんど考えなくなっていた。クリスマスパーティーの後、一週間は噂の種になったが美紗子は一向に平気だった。何を言われようが好きなように言えばいいと、開き直る図太さも自分にはあるのだと知った。
 槙野とはあの日以来一度も顔を合わせていない。槙野はどうやら本当に高藤の秘書になるらしいという噂も・・・。高藤の姿を何度か見かけた。一度は声を掛けてくる気配を感じて足早にその場を離れた。
 しかし、いつまでも避けることはできなかった。高藤が生活雑貨コーナーに現れたのだ。それも槙野も一緒だった。
「久しぶりですね。安藤美紗子さん」にこやかに高藤は言った。
 美紗子は仕方なく頭を下げたが目を合わせなかった。
「あの日以来でしたね」
槙野はまっすぐに美紗子を見つめた。しかし、美紗子は槙野がそこにいないかのように振舞っている。高藤は二人の間に何があったのかは知らなかったが、美紗子が槙野に対して関心がないとは思えなかった。想像だが、二人の間で何か誤解が生じているのかもしれない。
「何かお探しでしょうか・・・」
「探し物というより、あなたに会いに来ました」
「私に、ですか?」美紗子は思わず高藤の言葉に反応し、まともに高藤と目を合わせてしまった。
「貴女にちゃんとお話しなければと・・・」
「どういうことでしょうか・・・」いったい何のために?
「誤解を解く為です。槙野が私の為に貴女に嘘をついたことについてです」
高藤のおせっかいに槙野は苛立った。余計なことをするなとあれほど釘を刺したのに・・・。それにこれは彼女と私の問題だ。自分で解決することであって、高藤には口を挟んでもらいたくない。
「余計なことはしないでくれ・・・。こんなことの為に私をここへ連れてきたのか」
「私には、何のことかさっぱり・・・。槙野様でしたかしら・・・。お噂は窺ってはいますが、誤解するほど槙野様とお話したことありましたかしら・・・。槙野様が違うとおっしゃるのですからそうなのでしょう。それではごゆっくり・・・」
 美紗子はその場を離れようとしたが阻まれてしまった。目の前になんと倉田が立っていて意味ありげに槙野を見ている。
「これは、これは、槙野さん。貴方ともあろう人が女性にうまくあしらわれるとは・・・」
 自分が槙野を悪く言うのは構わないけど、この人だとなんかむかつくわ・・・。美紗子は思いっきり足を踏みつけた。ふん!倉田は痛みの為に顔を顰めた。
「あら、どうかしましたか?」美紗子は何事もなかったように平然としていた。
「いや・・・。なんでもない」恥をかくくらいなら痛みを我慢する方がいいと倉田。
「大丈夫か?倉田さん」高藤はそう言いながら顔をヒクヒクさせている。内心は美紗子に拍手を送りたいところである。親友を悪く言う奴には我慢ならない。
 まったく・・・。槙野は人の足を踏んで素知らぬ顔の美紗子に、面白がる高藤に呆れながらも頬が緩んでしまう。だが、自分たちの間に割り込んでくる倉田が気に食わない。どういう状況にあっても、彼女とこの男が一緒のいると思うと心穏やかでいられなかった。
「ちょっと来たまえ・・・」
「あ・・・。ちょっと!」
 槙野は美紗子の腕を掴んで引っ張っていく。それを見ながら高藤はニヤニヤしている。やはりこうでなくてはと満足そうである。おせっかいと言われようと構うものか・・・。
「いったいどういうつもり?会っても知らぬふりすると言ったでしょう。忘れたの・・・」
「忘れてはいないさ・・・」
「だったら・・・」
「倉田に近づかないでくれ」
美紗子は呆れた顔で槙野の腕を振り払う。
「何を言っているの」
「見かけに騙されるな」
「あなたみたいな男のようにと言う意味なら、よくわかっています」
「君の為に言っているんだ。河内幸子はあいつのせいで・・・」
「倉田さんはあなたと違って紳士よ。くだらないこと言わないで頂戴。まさか・・・嫉妬しているの」
「もういい。勝手にすればいいさ・・・。君は強いからな、一発でノックアウト・・・。」
 しまった。また余計なことを・・・。槙野は後悔したが後の祭りだ。
 美紗子は顔を赤らめて、槙野を睨みつけるとくるりと向きを変えた。槙野が嫉妬する?絶対に、ありえないわ・・・。でも、私は何で倉田みたいな人の肩を持たなきゃならないわけ?冗談じゃないわ。
 背を向けた美紗子をただ槙野は見送るしかなかった。何でこうなる・・・。ますますこじれていくばかりじゃないか・・・。
 何が君の為よ・・・。ん?待って・・・。河内幸子はあいつのせいでとか言っていたような・・・。美紗子は振り返って槙野の元へ引き返す。
「ちょっと待って・・・」美紗子は背を向けている槙野に声を掛ける。
「用件は・・・」振り返った槙野の表情は硬かった。
「殴って悪かったわ・・・。謝ります」
「声を掛けないのではないのか?」槙野は戸惑いながら声を和らげた。
「あなたはいい人で、紳士よ。これで、少しは心が晴れるかしら・・・」美紗子は笑みを浮かべた。

 槙野とはもう二度と関わりたくないと思っていた。本当は彼らとの関わりを一切立ち、河内幸子のことも全て忘れてしまいたかった。あのまま立ち去ればもう悩むこともなかったのに、何かがそれを引き止め、槙野の元へ引き戻した。
 美紗子には分かっていたのだ。いまさら後悔しても引き返すには遅すぎるということに・・・。河内幸子からのダイイング・メッセージが送られた時には、すでに始まっていたのだ。
 ここで働いていれば嫌でも彼らと会うこともあるだろうし、噂を耳にすることは避けられない、いくら避けようとしても無理なことは分かりきっている。ここで働いている以上は彼らと関わりを避けることはできない。河内幸子のダイイング・メッセージに込められたものが何であるのか知るには、どんな些細な疑問そのままにはできない。
 槙野がある目的の為に自分に近づいてきた。それも人の良い伯父を利用したのだ。それが美紗子には許せなかった。たとえどんな理由があるにしても、彼のやり方は間違っている。そんな彼をどうして信じられるだろうか。いくら高藤が彼のことを誤解していると言っても、美紗子には彼を許すことができない。槙野は私を利用して目的を果たそうとしている。
 彼の目的がいったい何であるのか美紗子には分からない。それを知るには私が彼を信じていると思わせておく必要がある。
 でも、自分がしようとしていることは、槙野と何が違う?
 今度は自分が槙野を欺こうとしている。人を利用し欺くような卑怯な行為は、自分自身を貶めることになると知りながら、目的の為に彼を騙し利用しようとしている。それでも、どんな結果を招こうとも、このまま引き下がるわけにはいかない。
 全ては河内幸子の自殺から始まったのだ。彼女は高校時代から付き合っていた恋人がいて、すでにその恋人との結婚も決まっていた。結婚を控えて幸せの絶頂にあるはずの彼女が、自殺するなんてどう考えてもおかしい。
 なぜ、河内幸子が自殺したのか。自殺にまで彼女を追い込んだものは何か、河内幸子の自殺の真相を探るしかない。そして、彼らがどう関わっているのか知りたい。河内幸子と彼らの関係を知るには、槙野からそれを聞き出すことが一番の近道という気がする。でも、どうしても気が進まない。
 高藤は彼女を愛していたというが、彼女は高藤と同じ気持ちだった?二人はいつそういう関係になったのだろうか・・・。
 彼女のことを何も知らないのに、こうして考えていても埒が明かない。関わりたくないと今まで避けてきたが、高藤に直接聞き出すしかなさそうだ。それに、槙野が言っていたことが気にかかる。倉田に近づくなとは何を意味するのか・・・。倉田のせいで彼女に何が起きた?槙野は何を隠しているの?
 こうなると、彼女の謎めいたメッセージが届かなくても、遅かれ早かれ槙野がこういう面倒な状況に私を巻き込んだに違いない。彼女の自殺に関わる人たちが、私に近づいてきたのもきっと偶然ではない。
 美紗子はようやく自分から行動を起こそうと決心を固めた。これまで何がなんだか分からずに一人おろおろして散々振り回されたのだから、今度はこちらから仕掛けて振り回してやるわ・・・。
しかし、自分一人で何ができるだろうか。美紗子は途方にくれたように窓の向こうにある夜空を見つめた。









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