第53話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 ドアが勢いよく閉まると、深々と頭を下げた二人の男を残して車は走り去った。黒田は一呼吸置いてから頭を上げると、横にいる男の頭を小突く。
「ばかやろう!恥をかかせるな」
「痛いじゃないですか。俺は言われたとおりしただけですよ。それに、野次馬に紛れて拾うのに苦労したんすよ」
「計画通りならスムーズに進んでいたはずだ。派手にやりやがって・・・。あのバイク野郎め、今度会ったらただじゃおかんぞ」
 黒田はいかつい風貌の大柄な男だった。真昼でも街中で出会ったら誰もが恐れて逃げ出すに違いない。そんな黒田さえ恐れる河北と共にやってきた人物は一体何者なのか・・・。

 温かな陽射しが降り注ぐ中、福山家の番犬であるバンチャンは縁側で丸くなって目を閉じている。バンチャンは風の音に反応して耳を立てるとむくっと体を起こす。秋の空模様は変わりやすいもので、あっという間に空の雲が流されて太陽が見え隠れする。バンチャンは陽の当たる場所に移動すると再び丸くなった。
 サンシャインハウスの二階の窓から千夏は顔を出して深い溜息を吐く。今日は編集者である浅井が原稿を取りに来ることになっている。昨夜からパソコンがうまく機能しなくなった為、今朝は家事を済ませてからずっとパソコンと格闘していた。しかし、あと二時間というタイムリミットが迫っていた。結局のところ原稿用紙に手書きで仕上げる羽目になった。
 千夏は浅井に原稿を渡すと自宅へ戻って急いで着替えを済ませる。神尾が昨夜の張り込み中、明日の正午に図書館で落ち合い話をしたいと千夏に電話をかけてきた。なぜ図書館で落ち合うのかはわからないが、わざわざ呼び出すにはわけがあるのだろう。それに新聞記事を観覧できるので都合がいい。ちょうど調べたいこともあったので約束より早く出かけることにした。
 ハウスを出て駐車場に向かう途中で黒田保と顔を合わせた。黒田もどこか出かける様子だ。
「千夏さん、お出かけですか?」
「ええ、ちょっと図書館へ行こうと思って・・・」
「ちょうど良かった。僕も図書館へ行くところです。私の車で一緒に行きませんか?」
 千夏はちょっと考えてから保の車に便乗することにした。
 黒田は父親と同じように法曹界で働きたいという夢を持っている好青年である。見た目はちょっと頼りなさそうであるが・・・。
「保君は弁護士を目指しているの?それとも検察官?」
「まだ迷ってます」
「お兄さんは元気なの?いずれはお父さんの事務所を継ぐつもりなんでしょう」
「多分そうだと思いますよ。今は別の事務所で働いていますが、いずれは父のあとを継ぐでしょうね」
「あなたはどうなの?」
「しばらく父の事務所で働くかもしれませんが、後は状況次第かな・・・」
「お兄さんと二人で引越しの挨拶に来たのがつい最近のことのように思えるわね」
「大学進学を期に一人暮らしをしたいと親に相談するも猛反対。そんな時、自分も一緒ならいいだろうと兄が助け舟を出してくれて・・・。ところがです」
 保は顔を顰めている。それには理由があるのだ。
「お兄さんにとってもいいチャンスだったわけね。ここへ引っ越すと見せかけてお兄さんは彼女のマンションへ転がり込んだ・・・」
 保は苦笑しながら当時のことを思い出していた。保は兄を利用したつもりが反対にまんまと騙されたのだ。
 保の兄は弟の分だけ先に荷物を運び込んだ後、自分の荷物はさっさとそのまま恋人のマンションへ持ち込んだ。  
 兄の恋人は五つほど年上で同じ弁護士をしているのだが、一緒に住んでいることが親にばれ、相手が年上という理由で猛反対された。しかし、子供ができたことであっさりと結婚を許された。
結果的には一人暮らしを実現することができたのだから、保にとっては願がったり叶ったりではあるが・・・。
「そのことが親にばれた時は弁解するなと叱られ、兄貴に片棒を担がされたと訴えても受け付けてもらえませんでしたからね」
「それで、お父さんはあなたに弁護士になる勉強をしないというなら家に戻って来いって?」
「やられたって感じかな・・・。多分、父親は息子たちが家を出たがっていることはお見通しだったみたいで・・・。兄貴のことはちょっと予想外だったろうけど・・・。親の思惑に乗せられただけかもしれません」
「保君に全てとばっちりがいったみたいね。お気の毒様・・・」
 保にとっては自分が何をしたいのか、するべきかを考えるいい機会になったはずだ。まだ彼には迷いはあるようだが、以前よりも自分の進むべき道が見えてきているのかもしれない。

 二人が向かった市立図書館は、外観は白いタイルとガラス壁面で構成され、施設内は開放的で明るい空間、自然光を多く取り込めるデザインとなっている。文化活動の拠点である複合施設の中にあって、複数の民間企業が参加して資金力・技術力・ノウハウを活かし、設計・建設・維持管理・運営のすべてを提供して、利用者に公共サービスを行っている。
エントランスロビーに入ると左にはカフェがあり、明るい日差しが差し込むテラスが見える。案内図を見ると右奥には劇場ホールがあるらしい。
 新しくなった図書館に来たことがなかった千夏は、想像以上に館内が広いことに驚いた。
 施設を利用する為に千夏は登録証(IDカード)を作ることにした。利用申請書に記入し、身分証明書と共にカウンターに出せば登録完了だ。IDカードがあれば施設内にある様々な公共サービスを利用できる。
 2階には多目的ホール・学習室・会議室。3階は広い休憩スペースのシーデッキ・料理教室・視聴覚室・リクレーション室・パソコンルームなどがある。
 図書館は静寂性を確保する為、上層階に配置することで機能性を考慮。4階と5階の中央に階段を設け、二つの階の繋がりを持たせて広い空間を作り上げている。窓際の学習スペースには外からの明るい光が差し込んでくる。
 保は借りていた本を返却する為にカウンターへ向かい、千夏はカウンター脇のソファーに座って保が戻って来るのを待つことにした。
 ジャンル分けされた書棚の配置を示す案内図が目に付いた千夏は立ち上がる。館内のいたるところに気軽に腰掛ける椅子が置かれ、利用者は思い思いの場所で読書をしていた。
「配置図を見ているんですか?」
「思ったより広いのね。本の数もかなりのものだし・・・」案内図を見ながら千夏は答える。
「旧図書館にあったものをここへ移したそうですが、オープンと共に企業や出版・書店関係や一般から寄贈された本も含めてかなりの数になるそうです。もちろん沢田グループもかなりの寄付をしているとか、特に金銭面で・・・」
 千夏は振り返って首を傾げながら保を見る。
「沢田グループはこの辺ではかなりの有力者だから、運営資金面で支援ぐらいはするでしょう」
 
 二人は一時間後に一階のカフェテラスで昼食を摂りながら神尾を待つことにした。
 二人が注文した料理が運ばれた直後に彼は姿を現し、保が一緒にいるのを見て意外そうな顔をした。
「二人が一緒というのは偶然かい?」
「まあ、偶然といえば偶然かな・・・」
「そうなんですよ。駐車場でばったり・・・。お互いに図書館へ行くとわかったのでそれなら一緒に行こうということに・・・」
「彼が一緒でも別にかまわないでしょ?」
「もちろん」神尾は笑みを浮かべた。
 保は千夏が神尾と会うのは、事件のことが絡んでいるだろうと容易に想像がついた。事件が立て続けに起き、どの事件も進展が見られないまま時が過ぎている。保にとっても身近に起きた事件に並々ならぬ関心を寄せていた。第三者である自分が首を突っ込むのはどうかとも思った。しかし、神尾の反応は意外なもので反対に協力してほしいと言うのだ。
「図書館で待ち合わせをしたのは、過去の新聞記事を検索ができるからだ。ここの図書館では地方新聞だけでなく全国の新聞記事を検索できる。他にもインターネットを使って色々調べたいことがある。使えないことも無いが、君のような若い人のほうが詳しいだろうから助かるよ」
 昼食を終えた三人は新聞記事検索コーナーへ向かった。保はパソコンの前に座り、神尾の言われるとおり検索を始めた。
「実は、私のところにあるものが送られてきた。差出人の名前はまったく覚えが無い。おそらく架空の人物と思われる」
「差出人不明ってことね。何か不都合なことがあるんでしょう。中身は一体なんだったの?」
「切抜きのファイルだ。雑誌の記事だと思う。内容からして三年前のものだろう」
 神尾は薄いファイルを差し出し千夏の反応を見守る。保はキーボードを打つ手を止めて二人を交互に見る。千夏は真剣な表情を浮かべてゆっくりとページをめくる。やがて顔を上げて目を見張った。
「これって、もしかして・・・」





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