第30話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 千春はドラマに出演中の翔の写真を撮るため、アシスタントである雪子と共にテレビ局へ向かった。翔はトップモデルから俳優へと華やかな転身を遂げ、世間の注目を浴びた彼は多忙な日々を過ごしている。二人は翔が福山家へ来て以来会っていない。
「翔さんの控え室はどちらでしょうか・・・」
「失礼ですが・・・」警備員は訝しげに千春たちを見た。
「マネージャーの高橋さんには了解を得ています。私はカメラマンの福山千春と言います」
 警備員は千春の名前を聞いて一瞬間を置くと思い出したように言った。
「ああ、あの吉良カメラマンと共同制作する翔の写真集の撮影の為だね。最近、彼を追い回す熱烈なファンが多いものだから、またかと思いましてね」
 警備員は表情を緩め、愛想よく二人を案内して控え室の前まで来ると、ドアに張ってある紙を指差すと向きを変えて行ってしまった。
 千春はドアをノックした。何の反応もなく返事がない。もう一度ノックをしようとすると、いきなりドアが開いて若い女性が顔を覗かせた。
「あの、翔さんは・・・」
「あんた、誰?今、彼忙しいんだけど・・・」
 中から甲高い女性の声が響き、それに混じって楽しそうに笑う翔の声が聞こえた。彼女はしっかりとドアノブを掴んで放そうとはしない。千春たちを早く追い払ってすぐにでも翔の元へ行きたがっている。その様子を見ていた雪子は手前のノブを掴んで苛立ったように言った。
「あなたどなた?マネージャーか何か?」
「彼女は今出ているわ・・・」
 雪子はドアノブを掴んでいる手に力を入れて引っ張る。雪子に負けまいと内側のノブをしっかりと握り締めて侵入を阻止しようとする若い女性。二人はドア越しに睨み合っている。千春は溜息を飲み込んだ。熱烈な翔のファンがいるのは当然のことだが、翔の控え室に入り込んで、彼を自分たちだけのものにしたがるとは、したたかと言うべきかずうずうしいと言うべきか・・・。
「福山千春と言います。写真集の撮影に来ましたと、翔さんに伝えていただけませんか?」
 千春は雪子にドアノブから手を放すように目配せした。雪子は相手を睨んでいたがしぶしぶ手を放した。若い女性は翔の写真集と千春の名前が結びついたのか、どうしようかという表情が浮かんだ。少し顔を歪めてちらりと後ろを振り向く。
「わかった、ちょっと待って・・・」
 ドアが閉まり、声が途絶えて静かになった。二人はドアが開くのを待っていたがその気配はまったくない。
「なにやっているのかしら・・・」雪子はイライラしながらドアを睨んだ。
「さあね・・・」千春は首を竦める。
 千春は壁に寄りかかり、続く廊下を見つめ溜息を吐いた。翔が芸能界に入りますます遠い存在になっていく。一度電話で話したきり、たまにメールが来ることはあるけれど・・・。
「あれは、高橋さんじゃないかしら・・・」
 黒のジャケットにスラックス姿の高橋が軽やかな足取りで近づいてくるのが見えた。千春は壁から離れて軽く会釈する。千春たちに気づいた高橋はにこやかな笑みを浮かべた。
「お久しぶりね、千春さん」親しみを込めて名前を呼ぶ。
「お久しぶりです」
「中に入ったらいいのに・・・。どうかした?」不思議そうに首を傾げる。
「若い女性に翔さんを呼んでいただくように頼んだのですが・・・」
「若い女性?誰かしら・・・。おかしいわね」高橋はノブを掴んでドアを開けた。「どうぞ、中に入って・・・。遠慮は無用よ」
 ドアが開いたとたん笑い声が聞こえ、翔と五人の若い女性の姿が見えた。高橋は厳しい表情を浮かべた。翔は高橋が入ってきたことに気づくと笑うのをやめた。高橋は翔から、若い女の子たちへと視線を向けた。
「一体どういうこと?女の子たちを中に入れて何をしているの?ここは関係者以外立ち入り禁止のはず、あなたたち翔のファンね」腰に手を当ててじろりと見た。「ファンだから何をしても許されると思っているわけではないでしょうね。ファンとしての最低のルールぐらい守れるでしょう。マナーも何もあったものじゃないわ」
「そんなに怒らなくても・・・」
 高橋は翔を無視して、女の子たちを威圧するように睨んだ。
「外で彼女が待っていると翔に伝えたの?」
さっき出てきた女の子が救いを求める翔を見た。翔は困惑したように高橋を見たその時、彼女の後ろにいる千春と雪子の存在に気づいた。
「さっきのノックは君たちだったのか?」
 高橋は呆れたように両手を挙げ、マナーも礼儀もあったものじゃないわとぶつぶつ呟く。
「だって・・・。少しでも翔といたかったから・・・」
「彼は忙しいのよ、スケジュールどおりに動いて仕事をこなしていかなきゃならないの。こんなことしてファンのくせに、彼の仕事を邪魔しているということがどうしてわからないの?」
「悪いのは私だ」翔はファンをかばって高橋をなだめようとした。
「そうよ、少しは自覚したらどうなの・・・。あなたは俳優としてデビューしたばかりで、この世界では素人同然なのよ」
「これから気をつけるから、彼女たちを許してもらえないだろうか・・・」
 翔は従順な態度を高橋に示し謝った。自分たちの為に頭を下げる彼を見て、ファンである彼女たちおとなしくなった。高橋も言いすぎたと思ったのか声を和らげた。
「きつい言い方をして悪かったわ・・・。翔のファンはたくさんいるから、あなたたちを特別扱いはできない。わかってもらえるかしら?」
 翔はファンの女の子たちに向かって頷いた。彼女たちはおとなしく彼に従いドアへ向かう。千春に伝言を頼まれた彼女は千春の前に来るともじもじしながら言った。
「伝言を頼まれたのに、翔に伝えなくてごめんなさい」
「これからも彼のこと応援してあげてね。彼とゆっくりお話できたかしら?」
 千春はにっこり笑いかけた。叱られるかと思っていたのか、千春が優しい言葉をかけたので嬉しそうな顔をした。
「はい、翔と話せて良かったです。翔の写真集を最高のものにしてください」頭をちょこんと下げ、顔を上げると少女のような笑顔が浮かんだ。

 テレビの収録中千春は翔を観察していた。共演者とのおしゃべりに翔は屈託のない笑顔を浮かべている。そこには千春の知らない翔がいた。
 千春のもとへ長身の女性が近づいてくる。彼女は長身でかなりの美貌の持ち主でモデル出身、翔とは同じドラマで共演している。今もモデルとしていくつもの雑誌の表紙を飾っている。
「お久しぶり、福山カメラマンさん」
「お久しぶりですね。まどかさん」千春は警戒するようにまどかを見る。
「翔の写真集は吉良先生と共同制作するそうね。翔があなたを指名したと聞いたけど、吉良先生がよく承知したわね。女性とは仕事をしないことが有名な人なのに」千春を足元から上へと視線を走らせる。
「私もそう思います」
「あなたは確かにいいカメラマン・・・。でも、あなたはあの人と同等だと思っているわけではないでしょうけど、あの人と張り合うなんてたいした度胸ね」
「無謀だと?」
「これでも、褒めているのよ。あの人と張り合うなんてよほどの自信がなければできない・・・」
「張り合うつもりはありません。吉良先生とお仕事できればいい経験になります。幸運なことにそのチャンスが巡ってきただけのこと・・・」
「先生と仕事すれば名声も手に入るし・・・」
「そうかもしれませんね」
「あなたって、なかなかしたたかなのね」
「褒めていただいて嬉しいですわ・・・」
 余裕のある笑みを浮かべながらも、千春の胸は激しい鼓動を打っている。まどかの言うことはまったく的外れな思い込みに過ぎない。相手は華やかな芸能界でスポットライトを浴びる人間で、千春はまどかのようなスターにライトを当てる側の人間に過ぎない。プライドが高く自分の美貌をフルに活用して、モデルから女優へと華々しく芸能界にデビューしたまどかと自分は違うのだ。仕事にかける情熱だけは彼女には負けないてはいないと思っているが・・・。
「翔が年上好みとは思えないけど・・・」まどかはぶしつけな視線を千春に投げかける。
 彼女が発する言葉は敵意が込められているように感じられる。カメラマンとして名前を売るため、翔に言い寄っているとでも言いたげだ。翔が年上を相手にするはずがないと遠まわしに忠告しているつもりらしい。
「あら・・・変なこと言ってごめんなさいね。あなたが年下の翔を相手にするわけがないわね・・・」
 まどかは翔に向かって手を振り優雅に微笑み返す。同性である自分から見ても、優雅に微笑んでいる彼女は艶かしい魅力を放っている。自分にはけしてまねできない巧妙で絶妙な女のテクニックだ。芸能界で生きる術を学び、生きるべき華やかな世界に彼女は存在している。翔もまた彼女と同じ世界に存在し、私と彼は遥か遠い世界で生きている。でも、彼がその世界で成功すること誰よりも願っている。



https://novel.blogmura.com/img/novel88_31.gif
にほんブログ村 小説ブログへ(文字をクリック)
にほんブログ村 ランキングに参加しています。
長編小説ブログランキング
小説ブログ・長編小説ブログ
もしよければクリックをお願いいたします。