千夏は机の引き出しを上から順番に開いて中身を机の上に並べた。五段の引き出しの三段目と四段目にはたいしたものは入っていなかった。二段目の引き出しには二つの小さな箱の中に栞が入っている。二つ合わせると五・六十枚だろうか・・・。
「この栞って本に挟むものよね・・・」千春は千夏が手にしている栞に目を向ける。
「ええ、彼が作ったものよ・・・」
「正次さんの自作というわけね。素敵な絵・・・。デザインもいい感じだし・・・」
一番下の引き出しには二冊のスケッチブックが入っている。二冊ともびっしり絵が描かれている。中には裏側に製作過程のプロセスについてのメモと、自己評価が添えられているものまである。
「すごいわね・・・」千春は机の上のスケッチブックを覗き込む。
「彼は絵もちろんのことイラストを描くのが好きで、イラストレーター志望だったの・・・」
千春はページをめくりながら彼がスケッチブックに絵を描く姿を想像してみた。自己評価まで添えて記録して残しておくなど、編集者としての資質がもともと備わっていたのかもしれないが、彼ならイラストレーターとしてもきっと成功していたに違いない。
千秋は二人と少し距離を置いて二人の話しを黙って聞いていた。千秋はすでにこの世にいない正次の部屋がひどく広く感じられた。千秋はベッドの方へ視線を向けた。この部屋に入ってからベッドの枕のことが気になっていたのだ。枕にはバスタオルがかけられている。ベッドに近づきバスタオルをめくった。
バスタオルの下には、枕ではなく百科事典のような本が二冊重ねられている。よく見ると野草の本だ。千秋がその本を持ち上げて、ぱらぱらとページをめくると、一枚の栞がベッドの上に落ちる。
「千秋、あんた何しているの?」千夏は怪訝な顔で、背を向けてベッドの前にいる千秋に声をかける。
千秋は栞を拾い上げて千夏たちの方に振り返る。
「何?」
「枕にしては高すぎると思って、バスタオルをめくったら本が・・・」
千夏はベッドに近づき、バスタオルの下の本を取り出した。野草百科と新・野草百科という本、二冊とも正次が勤めていた出版社から出されたものだった。野草百科の中には何枚もの栞が挟んである。千春も千夏の横に並んで首をひねる。
「何かしらね、何でこんなに栞がこの部屋にたくさんあるのかしら・・・。ひょっとして、クローゼットの中にも何かあるかも・・・」
「千春?あんたは何をする気?」
千春はクローゼットに近づいて中を開いて覗き込む。
「どうせ、ここまできたら、正次さんの部屋に何があるのか見てみましょうよ」
千春はクローゼットから振り返ってじっと千夏を見た。沢田隆之がこの部屋で倒れたわけを探る必要がある。ここには正次が殺された理由に繋がる何かが隠されているかもしれない。千夏は溜息を吐いた。
「そうね、何か手がかりが見つかるといいけど・・・」
千春はクローゼットの中で古い木箱を見つけた。中には正次が子供の頃に使っていたと思われる玩具が入っていた。一番底に小さな箱が入っていた。箱を開けるとピアノのオルゴールが入っている。千春はベッドの隅に座って螺旋を巻いた。
千夏と千秋はそのピアノのオルゴールの音色に耳を澄ませた。懐かしく切ないようなその音色に三人はしばらく聞き入っていた。
この部屋にはここで過ごした日々を拒む、正次の頑なな心が宿っているかのようだった。
「このオルゴールは、ひょっとしてお母様のものじゃないのかな・・・」千春は大きく息を吸い込んだ。「なんか、物悲しい気持ちになるわね」
「彼は母親の愛情と温かな家庭のぬくもりを求めていたような気がするわ・・・。お母様を早くに亡くしたから、家庭を顧みない父親を憎んでもいたでしょうしね・・・」
千夏は彼と過ごした日々を思い出す。いつも何処か遠くを見るような眼差しを向けていたようにも思える。彼がほしかったのは豊かな暮らしではなく、ごく普通の幸せだったに違いない。
物思いを破るように、廊下を歩いてこの部屋に近づく足音が聞こえてきた。一条が戻ってきたのだ。
「この栞って本に挟むものよね・・・」千春は千夏が手にしている栞に目を向ける。
「ええ、彼が作ったものよ・・・」
「正次さんの自作というわけね。素敵な絵・・・。デザインもいい感じだし・・・」
一番下の引き出しには二冊のスケッチブックが入っている。二冊ともびっしり絵が描かれている。中には裏側に製作過程のプロセスについてのメモと、自己評価が添えられているものまである。
「すごいわね・・・」千春は机の上のスケッチブックを覗き込む。
「彼は絵もちろんのことイラストを描くのが好きで、イラストレーター志望だったの・・・」
千春はページをめくりながら彼がスケッチブックに絵を描く姿を想像してみた。自己評価まで添えて記録して残しておくなど、編集者としての資質がもともと備わっていたのかもしれないが、彼ならイラストレーターとしてもきっと成功していたに違いない。
千秋は二人と少し距離を置いて二人の話しを黙って聞いていた。千秋はすでにこの世にいない正次の部屋がひどく広く感じられた。千秋はベッドの方へ視線を向けた。この部屋に入ってからベッドの枕のことが気になっていたのだ。枕にはバスタオルがかけられている。ベッドに近づきバスタオルをめくった。
バスタオルの下には、枕ではなく百科事典のような本が二冊重ねられている。よく見ると野草の本だ。千秋がその本を持ち上げて、ぱらぱらとページをめくると、一枚の栞がベッドの上に落ちる。
「千秋、あんた何しているの?」千夏は怪訝な顔で、背を向けてベッドの前にいる千秋に声をかける。
千秋は栞を拾い上げて千夏たちの方に振り返る。
「何?」
「枕にしては高すぎると思って、バスタオルをめくったら本が・・・」
千夏はベッドに近づき、バスタオルの下の本を取り出した。野草百科と新・野草百科という本、二冊とも正次が勤めていた出版社から出されたものだった。野草百科の中には何枚もの栞が挟んである。千春も千夏の横に並んで首をひねる。
「何かしらね、何でこんなに栞がこの部屋にたくさんあるのかしら・・・。ひょっとして、クローゼットの中にも何かあるかも・・・」
「千春?あんたは何をする気?」
千春はクローゼットに近づいて中を開いて覗き込む。
「どうせ、ここまできたら、正次さんの部屋に何があるのか見てみましょうよ」
千春はクローゼットから振り返ってじっと千夏を見た。沢田隆之がこの部屋で倒れたわけを探る必要がある。ここには正次が殺された理由に繋がる何かが隠されているかもしれない。千夏は溜息を吐いた。
「そうね、何か手がかりが見つかるといいけど・・・」
千春はクローゼットの中で古い木箱を見つけた。中には正次が子供の頃に使っていたと思われる玩具が入っていた。一番底に小さな箱が入っていた。箱を開けるとピアノのオルゴールが入っている。千春はベッドの隅に座って螺旋を巻いた。
千夏と千秋はそのピアノのオルゴールの音色に耳を澄ませた。懐かしく切ないようなその音色に三人はしばらく聞き入っていた。
この部屋にはここで過ごした日々を拒む、正次の頑なな心が宿っているかのようだった。
「このオルゴールは、ひょっとしてお母様のものじゃないのかな・・・」千春は大きく息を吸い込んだ。「なんか、物悲しい気持ちになるわね」
「彼は母親の愛情と温かな家庭のぬくもりを求めていたような気がするわ・・・。お母様を早くに亡くしたから、家庭を顧みない父親を憎んでもいたでしょうしね・・・」
千夏は彼と過ごした日々を思い出す。いつも何処か遠くを見るような眼差しを向けていたようにも思える。彼がほしかったのは豊かな暮らしではなく、ごく普通の幸せだったに違いない。
物思いを破るように、廊下を歩いてこの部屋に近づく足音が聞こえてきた。一条が戻ってきたのだ。
