第18話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 雨上がり独特の匂いが漂い、爽やかな風が二階の窓から入り込んでくる。翔は窓からポプラの木を眺めて、頬をゆっくりとほころばせた。雨によってもたらされた涼やかさも、強い日差しが戻ることで再び周りが熱気に包まれ始める。
 シャワーを浴びて着替えを済ませた千春は、麦茶を二人分用意して二階へ向かった。階段を上がりきると、窓辺に立って外を眺めている翔に近づいた。
「ここからポプラの木が良く見える」風に揺れるポプラに目を向けたまま翔は言った。
「麦茶で悪いけど・・・」
「十分だよ・・・」翔の瞳がいたずらっぽく煌き、何処かからかうような口調で言った。「昼間からお酒を飲ませろとは言わない」
「そう言っても、飲ませないけど・・・」
 千春は麦茶を翔の鼻の先に近づけた。翔はふっと笑うと千春から麦茶を受け取る。
「たいへんだったな・・・。駆けつけたいのは山々だったけれど、かえって騒ぎになってはいけないと・・・。少し落ち着いてからと思って我慢していた」
「よく我慢したわね・・・。少しは成長したってことかしら?吉良先生と共同で写真集を製作させようと企て、マスコミを利用して騒ぎを起こした。その時、あなたはここへこうようとしたことがあったわね。もし、あの時あなたがここへ現れたら、大騒ぎになっていたでしょうね」
「皮肉るなよ」
「皮肉を言いたくもなるわよ。殺人事件のことで私たちは世間の注目を集め、その上にあなたの悪巧みのおかげで、マスコミの格好の餌食にされうんざりしていたのよ」
「悪かったと思っているよ。でも・・・」
 彼は本気で悪いと思っているらしい。別に責めるつもりなどなかった。ちょっと意地悪をしてみたくなっただけなのだ。困ったような彼を見るとかわいそうになった。
「もういいわよ、すんだことだし・・・」千春はくすっと笑った。
「千春?」翔は戸惑ったように千春を見つめる。
「会いにきてくれて嬉しかった・・・。私を心配して来てくれたのね」
 翔は窓の外に目を向けポプラを見た。ポプラはさわさわと葉を揺らして空を泳ぐ。
「もちろん君のことが心配だった。でも、それは君に会いに行く為の口実に過ぎないよ。それより君に会いたくてたまらなかった。そして、君に謝りたかった。自分を利用して父親に復讐しようとしていると言って君は私を責めた。私は違うと言いながらも心のどこかで、父親を許せないと思う気持ちがあったのも事実だ。私は君が撮影を途中で放り出して別荘を出て行っていったと腹を立てていた。でも、君は仕事を中途半端なままで投げ出すような人ではない。そういうふうに仕向けたのは、この私だということも本当はわかっていた・・・。頭を冷やして君の言ったことを考えるべきだと思った。君のひとことひとことを思い出して、何度も何度も考えた。そうしているうちに色々なことが見えてきた。自分のやるべきことがある、気持ちを切り替えて仕事に気持ちを集中しなければと・・・。でも、自分の気持ちを抑えるのは簡単なことじゃなかった。つい君のことを考え、会いたさが募ってくる。その気持ちが抑えられなくて君に会いたいとメールを送っていた」
 千春は目線を翔に合わせないように窓辺に立って外を眺めるふりをした。
「それなのに君ときたら、メールを送ってこない」
 私だって会いたくてたまらなかったと、あなたと同じ気持ちだという言葉を飲み込んで千春は言った。
「最近、あなたは随分忙しそうだったじゃない。コマーシャルも好評だし・・・」
 無理やり話題を別の方向へと向けようとする千春に対して、翔は眉を顰め溜息を吐きながら言った。
「仕事を離れれば、君のことばかり考えていたよ。君はどうだったかわからないが、私は君に会えなくて淋しかった。君は私のことを少しは考えてくれたかい?」
「考えるまでもなかったわ・・・。耳を塞いでも眼を瞑っていても、嫌でも耳に入るし、目に付くし・・・」
「ずいぶんだな・・・。気にかけてもいなかったって言うのか?」
「前を向いても後ろを向いても、あなたのポスターだらけなのに・・・。どうしろって言うのよ・・・」
 千春は思わず本音を漏らしてしまった。口を滑らせたことに気づいて口を手で押さえた。翔は一瞬ちょっと驚いたような表情を浮かべたが、千春の言葉の意味に気づいて瞳を煌かせた。
「ここには私のポスターはないよ・・・」翔は部屋の中を見渡す。
「たとえ話よ・・・。わからない人ね・・・」彼が何を言いたいのか十分にわかっている千春だが・・・。
「ふ~ん、たとえ話ね・・・」にやりと笑って顔を近づける。
「ちょっと、そんなに顔近づけないでよ」千春は背中を反らす姿勢で離れようとする。
 翔は顔をじりじりと近づけると、大きく見開く千春を見て面白がる。
「まあ、今はここにポスターは必要ないな・・・」
「どういう意味よ・・・」
「今、ここに私がいるからさ・・・」
 自信たっぷりに言い切る、それがまた癪に触る・・・。
「何わけわかんないこと言って・・・」
「わからなくていいさ・・・」翔は千春を引き寄せて抱きしめた。

 千夏は原稿から顔を上げて大きく伸びをした。正次が殺されて以来仕事に集中できなかった千夏もようやく仕事を再開していた。仕事に集中すると他のことがすっかり頭の中から消え去ってしまう彼女は、さっきまで雨が激しく降っていたことさえまったく気づいていなかった。
 椅子から立ち上がると窓辺へ近づく。窓の外に目を向けた千夏の目に飛び込んできたのは、男が千春をしっかりと抱きしめている、まるでドラマのワンシーンである。
「やれやれ、そんなところでラブシーンかい・・・。ちょっと・・・」あれ?あの男性は・・・。
 見られているとは知らない二人はキスを交わしている。千夏は窓枠を掴んで男を良く見ようと身を乗り出すが、その拍子に窓枠から手が滑り枠を掴み損ねてひっくり返る。千夏は悲鳴のような声を上げた。その声は千春の耳にも届き翔からぱっと離れた。
 その日の夜、福山家は大騒ぎである。雑誌やテレビ画面でしか見たことがないファッションモデルの翔が現れたのだから・・・。
 学校から帰ってきた緑は居間に入ってきた。ただいまと言って千春の横に座っている人物に向かって軽く頭を下げた。この時点ではその人物が翔だとは気づいてはいない。テーブルの前に座り、何気なくテレビ画面に目を向けると、翔が出演しているCMが流れている。
 ん?・・・・・・・・・・・??何かおかしい・・・。緑はテレビ画面を食い入るように見つめる。ちょっと待って?目の錯覚?おもむろに千春の方へ目を向ける。千春の横を見ると緑は目を丸くしてすくっと立ち上がってキャッと甲高い声を出した。
「驚いた。翔だ!本物の翔がいるなんて・・・」
「そんなに騒がないでちょうだい。彼は仕事の依頼できているだけで・・・」
緑は今にも翔の周りをぴょんぴょん跳ね回りそうな勢いで興奮している。
「私、あなたの大ファンなんです」
 彼女はチャンスを逃すまいと翔に握手を求めた。翔はそれに気軽に応える。
「それはどうもありがとう・・・」
 千秋はただいまと一人玄関で呟くと、靴を脱いで居間へと向かった。居間はやけに騒がしい、緑の声がやけに甲高くて、なにやら興奮しているように聞こえる。その疑問は居間に入ったとたんはっきりした。
 千秋は目を丸くし、ぽかんと口を開け手に持っていたバックを落とした。翔は立ち上がって千秋のバックを拾い上げる。
「初めまして、愛子の兄の東翔です。あなたは千秋さんですね」
「そそそそ・・・そうです」
「私は一応彼女の恋人のつもりなんです」翔は千春を見て微笑む。
 居間は一瞬静まり返った。千春は顔を真っ赤にして呆然失語状態。緑と千秋はショックのあまり固まっている。千夏だけは落ち着いたもので、両手を挙げて首を竦める。
「こりゃ・・・爆弾発言だわ・・・」




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