第44話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 千春はなるべく窓から離れようと試みていた。窓から注意を逸らさなければ・・・。正次に気づかれでもしたらと思うと焦るばかりである。
 30分ほど前のこと、正次が福山家に姿を現した。千夏を訪ねてきたが、ハウスにいる様子がないので自宅にいるのではないかと思って尋ねてきたのだった。
「千春さんどうかしたのかい?額に汗かいて・・・」
「なんでもないです」千春は顔を引きつらせて、どうにか笑みらしきものを浮かべた。
 千夏を傷つけておきながら、再び現れた身勝手さに腹を立てていた。合鍵を使って千夏の書斎へ案内し、千春と千秋は正次を問い詰めるつもりだった。しかし、千夏と相場の強烈な抱擁シーンを目撃し、あまりのショックにそれどころではなかった。
 千秋は千夏が階下にいる気配を感じ取ると、部屋を出て階段を一気に駆け下りる。
「姉さん、何やっているのよ。見られたらどうすんの!」声を低くして非難するように言った。
「まあ・・・」千夏は首まで真っ赤になった。
 ―見られた?彼は?―
 千秋は顔を顰めると、向きを変えて階段を上り始めたが途中で立ち止まる。千夏は千秋の肩越しに二階を見上げる。踊り場で正次が千夏を見下ろし、その横で千春は顔を顰めていた。千夏は後ろめたい気持ちで千秋を追い越して階段を上り始める。
「今日、食事に行くと約束しただろう?原稿を預かっていくついでに・・・」
 そう言われると、そんな約束をしたような気がしないでも・・・ない。
「ごめんなさい。すっかり忘れていたわ・・・。いけない!原稿のファイル・・・。コピーしてなかった」
 千夏は慌てて階段を駆け上がり、正次の横をすり抜けて部屋に入った。

 正次は千夏と二人だけで食事がしたかったのだが、千夏は強行に二人の妹たちを連れ出した。レストラン内はクラッシックが流れている。千春は二人の会話に加わらず、落ち着きなく座っていた。
 千夏が顔を上げると、見覚えのある人物が入って来るのが見えた。沢田グループの一条である。
「一条さんが入ってきたわ・・・」
「一条さんだな・・・。確かに」
 正次は父親が一緒ではないとわかって、内心ほっとしていた。千夏も同じように感じていた。
 一条は迷わず正次たちのテーブルに近づいて来る。まるで事前にわかっていたかのように・・・。一条は千夏に向かって会釈をした。
「一条さん、どなたかと待ち合わせですか?」
「はい、連れがいます」
 一条は千春に目を向けた。
「あなたが福山千春さんですね。初めまして沢田グループの一条です。吉良大助氏と共同で写真集を製作されるとか・・・」
「はい・・・」
 柔らかな物腰でありながら、人を見通すような心を射抜く眼差し・・・。千春は戸惑い、ただ一条を見返すだけだった。
 千夏は一条が自分たち姉妹のことまで知っていることに驚いた。
「良くご存知ですね」
「もう一人の妹さんは千秋さんでしたね。千に季節の春夏秋・・・。印象に残るいい名前です」
 一条はちらりとレストランの入口に目を向けた。一人の女性が現れる。
「連れが来たようです。私は失礼しますが、正次さん後で連絡します。お話したいことがありますので・・・」
「はい、わかりました」
 一条は千夏たちに会釈すると、連れの女性のもとへ向かった。
「やはり優花さんだ」
「綺麗な人ね。それに、とても知的な感じ」
「彼女は一条さんと同じ弁護士だよ。あの二人、いずれは結婚すると言う噂だ・・・」
「どおりで、キャリアっぽいと思ったわ・・・。一条さんのような人には彼女のようなパートナーが必要だし、とてもお似合いだわ・・・」
 千秋は団体客が順番待ちをしている化粧室から、ようやく抜け出してレストランへ向かった。このレストランはホテルの中にあり、団体が宿泊していて、出発前だった為に化粧室が集中したようだ。
 レストランへ入り、千夏たちの姿を探して店内を見渡すと、すぐに三人のテーブルを見つけた。三人はレストラン奥のテーブルにいるカップルを見ているようだった。男の方は背を向け、当然顔はわからない。女性は落ち着いた雰囲気のある知的な女性だった。

 三姉妹は食事を終えて福山家へ帰宅した。千秋はレストランで三人が見ていたカップルの事を千夏たちに聞いた。
「私がレストランに入ってきた時、お姉さんたちは店の奥に座っていたカップルを見ていたでしょう?知り合いなの?」
 千夏は三人分のお茶をテーブルに置いた。
「沢田グループ会長の右腕と言われている一条さんよ」
 千秋は会社で沢田グループの一条の噂を聞いたことがあった。
「とてもいい男って感じかな・・・。頭が切れて・・・。当たり前よね。彼は弁護士でもあるから・・・」
「そうなの・・・。へえ~。残念だわ、背中向けていたから顔を見てないわ。後姿しか見えなかったし・・・」千秋はそう言って笑った。
 千秋は一条を思わぬところで出会うことになるのだが、彼女は知るよしもなかった。



https://novel.blogmura.com/img/novel88_31.gif
にほんブログ村 小説ブログへ(文字をクリック)
にほんブログ村 ランキングに参加しています。
小説ブログ・長編小説ブログ
もしよければクリックをお願いいたします。