第31話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

「相場さん、ここで・・・」千夏は苛立ったように言った。
「私が送っていく。地下の駐車場で待っていてくれ・・・。車のキー渡しておく」ポケットから鍵を取り出す。
「タクシーで帰るからいいわ・・・」相場の差し出すキーに視線を向けてから相場を見る。「ここのオーナーと食事することになっているみたいだし・・・」
「いや、君を送っていく・・・」相場は千夏の手に鍵を強引に握らせる。
「でも・・・」千夏は握らされた鍵に視線を落とす。
「君と話すことがある。先に行って待っているんだ。いいね」相場は向きを変えてレストランへ歩き始める。
「ちょっと・・・」
 千夏はレストランへ戻っていく相場の背中を見つめ、車の鍵を握り締める。
 地下へ降りると相場の車はすぐに見つかった。車のキーを差し込んで助手席に乗り込む。間もなくして相場が姿を見せ、運転席に乗り込むとエンジンをかけた。その間二人は一言も言葉を交わさなかった。車はゆっくり駐車場を出る。
「今日店に来たんだね」
「ええ、散歩がてら街へ出たついでに・・・」
「あそこで君と会うとは思わなかった。沢田親子と君が一緒にいるのを見て驚いたよ」
「そうでしょうね。私もあなたとあそこで会うとは思っていなかったわ・・・」
 それも女の人と・・・。千夏は心の中で付け足す。妬いていると思われるのが嫌だった。
「彼は君と本気でやり直したいと思っているようだね」
「そうみたいね・・・。あなたも私がまんざらじゃないと思ってる」
 気まずい沈黙が落ちる。沢田の事は過去のことだと何度口にしても、なぜだか白々しく聞こえる。千夏にとって沢田は仕事上のパートナーのようなものでしかない。そう説明してもかつては恋人だった二人がホテルで仲良く食事をしている光景を見れば、二人が元の鞘に戻ったと考えても不思議ではない。
「彼は私のことを良く知っている。物語を考えるのが好きで、夢中になると他のことは考えられない。そんな私を一番わかっている」
 曲がり角にさしかかり、ハンドルを大きく右に切る。ハンドルを握る相場の手に力が入る。
「私が余計なことをする必要はなかったわけだね。君はもう一度やり直してもいいと思っているんじゃないのかい?」
相場が予想通りの言葉を返してきたこともあって、千夏は傷ついていた腹いせもあったかもしれない。つい口から出てしまった。
「そう思いたいのなら、それでもいいじゃない。あなたには関係ないことだしね」この先を続けることはばかなことだと思いつつも止まらない。「それにしても、あなたも隅に置けないわね。二人きりでホテルのレストランでお食事、それも相手はホテルの女性オーナー」
「確かに美人でセレブな女性だが、残念ながらこれも仕事でね。ホテル内に飾る全ての花を私たちの店に発注してもらえるかもしれない」
 千夏は顔が熱くなる。勘違いしているのは相場ではなく自分だった。
「君も仕事熱心だが、私も負けていないと思うよ。君を見ているからかもしれないな・・・。君には負けたくない。商売はうまいことばかりじゃないが、それだけにやりがいがある。店のことは友美さんに任せて、外回りは私が担当し、お互いに補うわけだ。君には彼がいる。正次さんは君のよき理解者だから、そういう人がいれば心強いだろう」
「別に彼を頼っているわけじゃないわよ。今までだって一人でやってきたわ」
「あまり意地になって言うなよ。誰かの手を借りることは恥ずかしいことじゃない。人に頼ってもいいはずだ」
「意地になっていないわよ。さっきだってあなたが来なくてもうまく乗り切れたわ」
「余計なお世話と言いたいのか・・・」
相場の声は落ち着いていた。それに比べて千夏は意地になって強がっている。大人気ないと思いつつもどうにもならない。
「そうよ。私は一人でも乗り切れるわ、あなたの手を借りなくてもちゃんとやれる。彼と別れると決めたのも私よ。あの人は私を三文小説家だとそう言い、自分の息子にはふさわしくないとまで言われた。私は自分の仕事にプライドを持ってる。いつかあの人を見返すようなものを書こうと決めた」
 相場はゆっくりと車を止める。気づくとすでにハウスの駐車場に着いていた。
「沢田隆之を見返す為に書いてきたのか?たいしたプライドだな・・・」
「あなたにはわからない、わかるわけがないわ。私がどんな思いでここまでやってきたかわかるわけないわ!」
「わかるさ、ずっと君を見てきた。彼と別れてからの君も知っている。君の頑張りと努力は凄いと思った。それなのに君は・・・。君の才能とか、努力とか、見返す為の道具にしてきたのか?違うだろ?」
 相場は思いっきり彼女の体を揺さぶってやりたかった。自分が彼女にとって邪魔な存在としても、彼女とずっと関わり、彼女を支えるそんな存在になりたい。相場はいつの間にか本気でそう思うようになっていた。
「ひどいことを言うのね。そんなわけないでしょう。でも、あなたがどう考えようとかまわないわ・・・。あなたには関係ないことよ」
「関係ない?冗談じゃない。これからだって君のそばに張り付いて関わっていく・・・」相場は千夏の腕を掴む。
「相場さん?」何を言っているの?千夏は力が抜け、呆然と相場を見つめた。
「どうもややこしいことになりそうだ」相場は呟くように言った。
「どういう意味・・・」千夏は真剣な相場の眼差しに息が詰まる。
「嘘が真になる・・・。こんなはずじゃなかったが・・・。どうやら私は君のことを惚れ込むことになりそうだ」
 車窓から月の光が差し込む。千夏は目を閉じる瞬間まで月の光を見ていた。その残像がいつまでも千夏の中で消えなかった。



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