第14話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 千夏がハウスの窓を開けて、何気なく視線を落とす。そこに相場がポプラの前に立っていた。相場は物思いに耽るかのように、眩しい太陽の光が降り注ぐポプラを見上げている。
 友美と園田の事を聞いて、千夏も予想外のことで驚いている。
 自分たち姉妹は兄の親友である相場に支えられてきた。いつしか彼と言う存在が自分たちにとって大切な存在となっていたのだ。千夏自身色々な面で彼に支えられてきたのだとあらためて思い知らされた気がした。
 友美のことは彼自身が自ら決着をつけたのだ。二人の為に自ら身を引いたとはなんと潔いこと・・・。千夏は相場に同情の言葉をかけることはしないつもりだ。今まで通りごく普通に接していけばいいことだ。千夏はそっと窓を閉めた。

 数日後、千夏は気分転換に街へ出かけた。商店街のCDショップに寄って店内を見て回った。手にしていたCDを棚に戻して、何気なく入口の方に目を向けた。ちょうど相場が店に入って来るところだった。相場も視線を感じたのか千夏に気づいて近づいてきた。
「めずらしいな、こんなところで会うなんて・・・」
「気分転換に出てきたの」千夏はにっこり笑った。「相場さんは?」
「店のBGMで使えそうな曲がないか探しに来たんだ」
 二人はあれこれと品定めしながら、CDを探して一緒に店内を回った。
「助かったよ。一人では迷ってなかなか決められなかったと思うよ」
「どおいたしまして・・・。それにしてもフラワーショップF&Iは結構な盛況ぶりね。友美さんもあなたと言うパートナーがいるから・・・」
 し・・・しまった、まずい・・・。千夏は思わず自分のうかつさに冷汗が・・・。
 相場は面白がるように、自分の失言に焦る千夏を見て言った。「人生のパートナーになり損ねたが、これでも共同経営者だからね」
 ―さすがの千夏も、今まで通り普通に接すればいいというのもそう簡単なことではないようである―
 相場は選んでもらったお礼に、コーヒーをご馳走すると千夏を誘った。カフェ喫茶と言う店に入り、窓際のテーブルに二人は向き合って座った。相場の脳裏に直也が事故に会う数日前に言っていた言葉が浮かんだ。
 ―千夏の奴、お前を意識しているぞ・・・。この際付き合ってみたらどうだ?―
 相場は直也の言葉を振り払い、千夏に仕事は順調かと聞いた。
「君の作品は全て持ってるよ。私は君のファンだからね」
「そんな、気を使わないでいいわよ」千夏は照れくさいのをごまかすように言った。
「君の作品が好きなんだ。凡人の私には考えられない発想ばかりだ。変な話だが、今回の事件が君のいい刺激に・・・」
 相場は急に言い淀んで言葉を詰まらせる。千夏は一瞬顔を強張らせた。
「すまない、無神経なことを言って・・・」
「いいのよ、気にしないで・・・」
 できるだけ事件のことは考えないようにしてきた。千夏は親子の遺体が発見されてしばらく、得体の知れない恐怖に襲われる悪夢にうなされ、夜中に何度も目が覚める日が続いていた。そのことは誰にも話していない。
「大丈夫かい?」
 相場に打ち明けたい衝動に駆られる。千夏はそんなふうに感じる自分自身が信じられなかった。胸苦しさに思わず目眩を覚えた。
「千夏さん、本当に大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ。そんな顔しないで・・・」千夏は無理に笑って首を振った。
 相場は大丈夫だと無理やりに笑みを浮かべる彼女の言葉を信じたわけではなかった。
外に出ると相場は千夏を見つめた。生暖かい風が千夏の額にかかる髪を揺らす。相場は友美に対する気持ちとは違う、何か熱いものに揺さぶられ戸惑っていた。
「ご馳走様」
「送っていこうか?」
「いあやねぇ・・・大丈夫よ。しばらくぶりに街に出て人混みに酔っただけよ。コーヒーを飲んだら落ち着いたし・・・。大げさにしないで・・・」
「結構ソフトな神経しているんだな・・・」相場はフムと唸った。どこかおどけているように聞こえる。
「あら、失礼ねえ」
「君のことじゃないよ・・・」
「え?」千夏は目を瞬く。
「私のことさ・・・」相場は、にやっと笑った。
 千夏は一瞬あっけにとられ、まじまじと相場を見た。相場のとぼけたような表情に千夏は思わず噴出す。
「どこがよ!」
 二人は弾けたように笑い出す。二人の間にあった妙な緊張感は瞬く間に消えた。
「ありがとう、選んでもらって助かったよ」
「なんのなんの、あれきしのことお安い御用よ」
「今度デートでもしよう」
 千夏の胸が騒ぎ心は揺れた。本気で誘っているわけでもないのよ。それでも相場の言葉を軽い冗談だと笑い飛ばせなかった。
「冗談ばかり・・・」
「冗談?本気さ・・・。友美さんにふられたからと言うわけじゃない。友美さんとのことは自分なりにけりをつけた。少なくとも君に好意を持っている。それに・・・。直也が言っていたことを思い出した。君がこの私を意識していると言う言葉を信じてみたくなった。いや、願望かな・・・」相場は照れたように頭をかいた。「じゃあ、店に戻るよ。気をつけて帰るんだぞ。変な奴に誘惑されるなよ」
 背を向けて歩き出す相場を、ただ呆然と千夏は見送った。街路樹が風に揺れ、囁くように葉を揺らしていた。


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