この原作者は野坂昭如ですが野坂は、まだ生活に余裕があった時期に病気で亡くなった上の妹には、兄としてそれなりの愛情を注いでいたものの、家や家族を失い、自分が面倒を見なくてはならなくなった下の妹のことはどちらかといえば疎ましく感じていたことを認めており、泣き止ませるために頭を叩いて脳震盪を起こさせたこともあったという。西宮から福井に移り、さらに食糧事情が厳しくなってからはろくに食べ物も与えず、その結果として、痩せ衰えて骨と皮だけになった妹は、誰にも看取られることなく餓死している[13]。こうした事情から、かつては自分もそうであった「妹思いの良き兄」を主人公に設定し、平和だった時代の上の妹との思い出を交えながら、下の妹・恵子へのせめてもの贖罪と鎮魂の思いを込めて、野坂は『火垂るの墓』を書いた。「節子」という名は野坂の亡くなった養母の実名であり、小学校1年生の時に一目ぼれした初恋の同級生の女の子の名前でもあった[14]。「恵子」という名前を、『エロ事師たち』の主人公の義娘の名前に付けたのは、妹への思いがあったからだという。しかし、いじわるおばさんは意地悪をしたくてこの兄弟に酷いことをしているのではなく戦争とは
こういうものなのだという教えたかったのだ。各家庭は大切な夫と息子を取られて戦地に赴き生きて帰ってない政府に戦争に息子と旦那を取られた
ようなものなのだ。日本の各地では食料は配給制であるので満足に子供たちの食料はたべることができず百姓でもやってれば別だが宗太さんは町
のボランティアにも出てこなかった。晴太はことあるごとに親父は海軍大佐なのだから日本は勝と信じていてその心意気だけで節子にご飯を食べさせていた。勿論時代背景もあるから日本が負けるわけがないと信じていた人達はおおかっただろう。日本は終戦になり負けたことを知らされて
晴太は親父を批判するようになっていった。節子と一緒に町離れの小屋みたいなところで暮らしていたがたべるものがなくて節子はしょっちゅう
腹をすかしていて完全に栄養失調の体になっていた。何も食べない日が一週間ぐらいあって節子はだんだんと体力がなくなり餓死寸前になっていった
元のおばさんのところに行けばいいのに親父の海軍大佐という名誉の地位にあこがれていて晴太はプライドが高かったので人の世話になることを辞めた。その時点で戦争とは子供らの心まで鬼に変えてしまうのかとおもいました 。おばさんは嫌な役をやっただけ、自分らの子供を守ることに専念したからせいたさんたちは勝手に家を手てったのだから仕方ない。止めるいわれもない。大人たちが勝手に始めた戦争を子供たちはなんと
見えていたのだろうか。勝ってなくて戦地で戦死している人が大半で「この戦争って行けば生きて帰ってこれるの??」の思ったに違いない
生きて帰ってきた人は少なかったはずだが戦死した人は家族がいたのに帰らずにさぞかし泣いたのだろう。私は知らないが親父のお兄さんは
ボルネオへ宣戦していて向こうで病気になって死んだと聞きました。兄の写真と内閣総理大臣からの賞状を家にとってありますが本人がいない
賞状があってもちっとも誇らしく思えない。戦争とは惨いもので兄弟、子供たち大人たちまでおかしくさせてしまうものだと認識しています。
第二次世界大戦時の後半の日本本土空襲はもはや戦争ではなく大量虐殺なのであり日本が早く降伏をしなかったからたくさんの人たちが犠牲に
なったと認識しています。こうした背景にて日本は軍事力を再び増強させるべきか核兵器を持つべきかという議論が盛んにおこなわれていますが
抑止力になるという核兵器を持つことで今までの日本の概念である不戦の道からそれてしまうのではないかと危惧しています。勿論、防衛は
ある程度は必要でしょう。しかし、防衛も核兵器を持つことで防衛がより強固になることの意味が違うように感じますが敵兵が攻めてきた
あるいはロケットが撃ち込まれてきたとしたらそれを打ち落とすだけの命中力と被害を最小限度にするための軍事力は必要でしょう。しかし、
核兵器を持つことが防衛力を維持できるという意味になるのでしょうか。各国への知らしめになるのでしょうか。私は逆に大変なことになると
思っています。日本の憲法9条がある意味世界を平和にするための画期的な法律だと考えるからです。この憲法がある限り世界は平和を維持
され続ける可能性はあります。日本はそういった世界平和を一歩リードして平和となる国づくりを率先して行うことを希望しています。
そうすることでアニメで見た悲惨な光景を見ることはなくなります。少なくとも・・・・・・
