今日は久しぶりに聞きましたが・・・へその緒。
知っている人は少なくなってきたかも知れませんが、医学的に難しく言えば胎児と胎盤を繋ぐ臍帯(さいたい)という器官の事だそうで。
昔は出産後に一部を桐(きり)の箱に入れて、大切にしまっていたものです。
母親と子供の、親子としての絆の証しですね。
今ではそのような考え方はしないかもしれません。
私・・・
昔は事あるごとに正座させられまして。
父親のいう事を私が聞かないと、母親のお出ましでした。
あの桐の箱を持ち出してへその緒を私に見せながら。
「あんたと私は一心同体なんだよ。
あんたが何かしでかしたら私が責任を取るんだ。
これがその証拠なんだよ。」
そのような事を聞かされるわけです。
桐の箱が目の前においてあって、これがまた苦痛。
子供心に自分のへその緒を見せられるのが嫌で嫌でしょうがなかったので、桐の箱の出番が来る前にいう事を聞いたようなフリをしていたものです。
年頃の時期は親と繋がっている事を認識させられるのがどうしても納得行かないわけで。
へその緒を認めると親との繋がりを認めた事になるので、つっぱった自分の心が折れてしまいそうに感じていました。
ですから、自分にとってへその緒は恥ずかしくてしょうがない黒歴史なわけです。
今はそう思いませんが、桐の箱と聞くとどうもいまだに何か落ち着かないトラウマがあるような気がします。
ところで。
最近は飼い猫から抜けたヒゲを入れる桐の箱が売っているようで。
そういえば結構丈夫なんですよね、あの猫のヒゲって。
拾い集めてなかなか捨てられない・・・そんな気持ち分かります。
なかなか良い商品だと思いますよ。
それも絆ですよ。
さてさてさて。
話を捻りまして。
繋がり、絆。
大切なものだと思います。
一体感がある事は良い事だと思います。
スピリチュアルでは「みなひとつ」と説きます。
へその緒も連綿と繋がる生物の歴史とも言えるわけで、人類最初のイヴが居て、そこからみなさん繋がっております。
ひとつです。
いろんな角度から見てみなひとつで繋がっているわけです。
では何故、わざわざ、そのへその緒を切って我々は生まれてきたのか。
へその緒と言う絆を断ち切らなければ我々は生存できないわけです。
ひとつである、繋がっている。
それは大事な事。
でも、我々人類は母親との絆を断ち切って生まれて来る。
おそらく哺乳類はほぼ全部?そうなのでしょうか。
私は
繋がっていても良いし 繋がっていなくても良い。
と考えますが。
その手がかりとして・・・
断ち切る意味の「千切(ちぎ)る」と繋がる時の「契る」は同じ発音なのです。
この言葉に答えがあるような気がします。
あぁ・・・また日曜なのに屁理屈な話をしてしまいました。
ひとつでも良いしバラバラでも良いんですよ。
どっちだって良い。
明日はイオンモール京都五条(^^
本日もご拝読ありがとうございましたm(__)m
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