みなさんこんばんは。
艶な夜をお過ごしですか?
年末は特別な男ですが、火曜夜だけは 中村皇月です。
今夜もお逢いできて 嬉しいです。
はい。 前回に引き続き、葵の章の後編です。
どんどん行きます。
出産間際なのになかなかそれに至れない葵(あおい)だったのですが、六条御息所の生霊にとり憑かれてしまい、苦しみながら床に伏せっておりました。
源氏は妻が心配で話しかけるのですが・・・
「緩めて欲しい」
と葵が言葉を発します。
源氏は何のこと?思ってたら・・・
「ご祈祷を緩めて欲しい」
と。
あれ? なんか変だなと思ったら・・・
葵の風貌も声も、あの六条御息所そっくり。
これは源氏だけが気付きますが、その時の背筋の凍りつき。
このやり取りは怖いです。 本編でどうぞ。
一方、強烈な生霊を飛ばしているわけですから、六条御息所はこのところ時々空虚な状態が続いてしまい、こちらもダウン。
人を呪わば・・・と言いますが、千年以上前からこのように詳細な描写が残っているわけです。
もちろん御息所も恨んでいるわけではないのですが、生霊というのは勝手に飛んでいってしまいますから、いけないと思ってもそれだけ精神力の強い、いわゆる素質のある人の場合はいつの間にか意思に反してそうなってしまうことがあるのです。
負の感情を切り離した・・・それが意思を持ってとり憑いてしまう事があるのです。
この頃に六条御息所の詠んだ歌が有名です・・・
「袖ぬるる こひぢとかつは知りながら おりたつ田子の みづからぞ憂き」
袖(そで)濡れるという言葉は涙、泣いている描写でよく使われます。
こひぢ・・・というのは「恋路」なのですが、実は「泥」もこひぢと読むそうで、泥沼の恋路とかけてあるわけです。
降り立つ田子は泥の中に降りて行く農夫(農婦)と自分を重ねているのです。
みづから・・・自らを水に漬け込みますので、さらに泥だらけ。
憂きは浮きともなり、浮き沈みでまた湿っぽいし、雨季ともかかればさらにもう泥水の流れが止まらない。
これもまた濡れ濡れで湿っぽく詰め込んだなぁ・・・
六条御息所も元は東宮の妻ですから。 立派な皇族。
それが自分を泥の中の農婦に例えるというわけですから。
平安期ならではの?描写はちょっとサスガッスよ。 完璧な貴女である自分を貶(おとし)めるだけ貶めて、どうにもならない恋の辛さを見事に表現しています。
人気貴女ランキング上位の六条御息所の真骨頂はココなのです。
年下男性との恋の辛さを体験した女性にしか分からない、まさに大人の女性の苦しみ。
本当に愛しているからこそ・・・源氏を手放さなければならない・・・でもハマってしまっている。
離さなきゃいいのに、離さないといけない、離れないといけないと、自分を追い込んでしまう。
どうしてそういう結論になるのか、自分でもわからない。
現代でもよくいますが、どこに出しても恥ずかしくないような女性なのに、未来を悪くなる方にしか妄想できない女性・・・結構いるのです。
もっと自信持ってほしいなぁ。
源氏でなくてもこのタイプは男性からすると・・・重い。
良い方の妄想がなかなかできない。
頭が良いからその分先々が読めてしまう。 それも悪い方へ。
賢いのですが、賢すぎてしかも悲観的だとどうしても男性に敬遠されてしまうわけです。
ちょっと足りないくらいが良いという言葉がありますが、足りないというよりは楽観的な女性の方が男性も気安いわけです。
こういう部分、みなさんもお気を付けいただきたい。
未来を悪い方へ妄想すれば、精神力が強ければそのままそれが物質化してしまいます。
なんとかなる、きっともっと良くなると妄想して努力すればそれがそのまま物質化します。
身分が高くて年上で未亡人・・・六条御息所・・・今をときめく将来のある源氏にとって可愛い女にはなれなかったというのが本当に気の毒。
やっぱり泣けるなぁ・・・
しかし・・・事態は思わぬ展開に。
キツイ生霊ですから。 タダでは済まなかった。
子を宿した葵を見ながら、源氏は本当に美しい嫁だと。
今更ですが二人の愛の再確認。
そして葵は無事に出産を終えます。
美しい男の子(夕霧ゆうぎり)を得た夫婦にこれからの未来が・・・
みんなそう思っていたのですが。
源氏がちょっと目を離した隙に葵の容態は急変・・・
最愛の妻と確信したのに・・・帰らぬ人となってしまうのです。
源氏と葵の夫婦二人の絆は遠く短かったのです。
ここからは本当に涙涙の超大作。
源氏だけではなく、葵や源氏の身辺の高貴な人々の感情、動きというものが、いわゆる平安期の身分ある人たちの喪中の過ごし方、礼儀が克明に描かれています。
葵の(兄という設定?)同腹の肉親である頭の中将は三位中将(さんみちゅうじょう)として、たぶん出世してですね、出てきます。
兄も辛いはずですが、友人の源氏を気遣って訪問し、元気づけようとします。
この描写も、男の友情を感じさせてなかなか。
特に葵の父である左大臣が凄い。 愛する娘を亡くしたのも辛いけれど、源氏の事が好きすぎて・・・もう親戚関係で無くなるのが寂しいと大泣きします。
いつまでも湿っぽいのではいけないと。
喪が明けて自宅の二条へと帰るのですが、若紫がとても美しく成長しているのを源氏は確認。
しっかり自分好みに育ててきた甲斐があるというもの。
源氏が18歳の時に若紫10歳・・・引き取ってこの5年。
親子のように兄妹のように毎日寝所を共にしてきたわけですが・・・
15歳くらいの若紫を見て・・・
「随分と綺麗になったなぁ・・・」
と源氏。
なんだか・・・変な予感が・・・殿の悪い病気が・・・
とみなさんの予感的中。
「辛抱たまらん」と、いきなり若紫をモノにしてしまうわけです。
まぁ・・・男子23歳で、情人の所へ通うのも控えていたし、しょうがないと言えばしょうがないのでしょうか。
いつも通り一緒に寝ていたんだけれど、今まで父親のように、兄のように慕ってきた人が、狼になってしまいましたので、若紫のショックは大きく。
昼になっても床から出てこない。
そりゃそうだわ。
今だったら、そうね・・・若紫15の夜ですから。
反抗して盗んだバイクで走り出す年頃ですよ。
というか、源氏、アンタ今だったら捕まるよ。
源氏も勢いで感情を抑えられなかったのでバツが悪い。
こういう困った時は・・・そうですねみなさん。
「惟光(これみつ)~♪」
忠臣、藤原惟光を呼ぶしかありません。
源氏はそれとなく夜のお菓子で一計を案じます。
若紫をホニャララしてしまった次の晩、ちょうど亥の子餅(いのこもち)が出てきたのです。
亥の月の亥の日の亥の刻・・・いわゆる旧暦の10月の亥の日の22時頃に食べるお餅で、無病息災を願ったものですが、現在では一部しか風習は残っていないでしょうか。
源氏はこの亥の子餅を使って惟光に指示を出します。
「餅を、今夜のように大げさなものではなく、明日の日暮れ頃に持ってきてくれ
今日は吉日ではないから」
ちょっと微笑みながら(きっとバツ悪そうに)惟光に言うわけです。
若紫が寝所から出てこないのを惟光は知っていますし、亥の子餅の日ですから、
「今日は亥の子餅で良い日なのに・・・明日が吉日だと殿がおっしゃる・・・
これにはワケが・・・あ! そういう事か!」
さすがは惟光! 一瞬で殿の気持ちを察します。
実は餅には意味があって、初夜を迎えた日から三日目に新婦側が用意する三日の餅(みかのもちい)というお餅、これを新郎が食べると「嫁にもらいました」という確約になるという習慣があったようです。
三日夜の餅とも言われ、お祝いのおめでたい夜のお菓子だそうです。
本来は新婦側が用意するのですが、源氏が親代わりですから、惟光に頼むのが良いわけです。
惟光は
「そうですそうです。 めでたい日を選ばなくては。
今晩の亥(い)の子(こ)でない明晩の子(ね)の子(こ)餅は・・・
どれくらいご用意しましょうか」
亥の次の日は子の日。
明日の晩の子の子つまり寝の娘は餅をどれくらいお食べになるでしょうか・・・と洒落て気をきかせたみたいです。
なかなか深いですね、惟光。
惟光は側近の女房たちにも言わず、一人で餅を用意して見事に三日夜の餅の儀式を用意します。
そして次の朝、寝室から下げられた膳を見て女房たちは気がつきます。
水臭いと、女房たちは言いますが、膳が大変立派だったので、若紫に対して正式な結婚の形式を取る源氏に対しても、また久々にめでたい話が出来る事にも皆一様に感激します。
いやぁ・・・主人に恥をかかせない忠臣惟光の手馴れた働き。
あっぱれだよ。 サスガッス!
惟光いいわ。
源氏物語のスピンオフ作品で、紫式部作「藤原惟光奮闘記」なんてのが発見されないかな~と思うんですが。
ホームドラマ風時代劇で「惟光さん 出番です」なんてドラマができないかな。
少しひねって藤原惟光日記「俺の殿」なんて手記があってもよさげ。
さて、次回も事件あり。 来週は賢木(さかき)の章です。
というか、婚礼がどんどん進んで行くのですが、若紫のご機嫌は全然戻りません。
そりゃそうでしょ。 源氏をダメ殿なんだけど憎めないように描く紫式部・・・なかなかやりますな。
本日もご拝読ありがとうございました。
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