凹んだとき


くさくさしたとき


いらいらしたとき


夏目を読むと、なんだか、全部流れていってしまう気がする


凹んだ理由・くさくさした理由・いらいらした理由が


なくなってしまったわけではないのに


自分の悩みが小さく思えて


馬鹿らしくなってしまう。


人間という物は欲張りで贅沢で


持てる物以上の物を持とうとして


でも持ちきれなくて


心でも物でも


それで、くさくさしたり凹んだりいらいらしたりしてしまうんだな、と


夏目を読むと判ってくる。


それでも、凡人な私は、気がついたことをまた忘れて


また凹んでしまうのだけども。


その都度、本来の自分に引き戻してもらおう。


貴志と、ニャンコ先生に

未だにニャンブック手に入らず・・・


これは諦めて密林に頼むしかないかあ・・・。


ん~~。


でも、送料無料のセブンまで取り寄せよう(´・ω・`)

友達に、心配させたくないから言わない。

でも、言ってくれないのは寂しい。

なにか出来る訳じゃない。

解決なんて烏滸がましい。

でも、話してくれたら・・・

少しは・・・

ちょっとだけでも力に・・・

そう考えてしまう。


相手を巻き込みたくないから話さない事もある。

知ってしまった事で、相手がもう無関係ではいられなくなる場合もある。


それなら、と、全部話してしまって

相手が遠ざかってしまったら・・・

そういう不安はぬぐえない。


特に、夏目にとっては・・・。


田沼の気持ちも、夏目の気持ちも、痛いくらい分かる

そうだよね・・・と思いつつ

そうやって思い合える事が、とても幸せでもある。


相手の事なんて全て解るわけじゃないのは当たり前だけれど

どうせ解らないから、と、解ろうとする努力を放棄する事だけは

したくないな。



今更ですが_| ̄|○i|||i



夏目が周囲に溶け込んでいってる様子

夏目がそれをとても喜んでいる様子

(布団を被って泣いてるシーン)など

ぐっと来ます。

よかったね。

よかったね。

がんばったね。

受け入れてくれなかった他の家の人達の為に

身体を張っていた夏目なのに

それを解ってすら貰えなかった。

でも、藤原夫妻だけは受け入れてくれた。


ずっとひとりぼっちでいた悲しさを

いつか黒い澱のように抱え込んでいた妖怪。


友達が幸せになるのが妬ましくて

一緒に同じところにいてほしくて

相手の不幸を願ってしまうような

それでいて、不幸になったら

「私がいるじゃない・・・」と耳元で囁くような

そんなやつが人間にも稀にいる。


でも。

それは友情なんかじゃない。

ただの傷の舐め合いでしかない。

全然建設的じゃない関係だ。



相手の不幸を願うようなモノだから

不幸しか来ないんだよ、って、

この妖怪にいってやりたい。



妖怪を追っ払ったというニャンコ先生の姿は

斑の姿だったから、もしかしたら、食べちゃったのかも・・・?

でも、それを夏目に伝えない斑の優しさが素敵

ニャンコ先生 「ニャンブック」 売ってないーー!!ヽ(`Д´)ノ


なんでーー!?!?


書店はニャンコ先生の人気を解ってないよ!!


やっぱ、Amazonしかないかなあ・・・_| ̄|○i|||i