以前の記事で、東大合格実績に見るジェンダーバイアスの話に触れたと思います。このジェンダーバイアスの問題について、「日本ではいつから現れるか」という研究について紹介した記事がありました。


曰くのところでいうと、日本では「賢い人=男性」という思い込みが生まれるのは7歳ごろから、ということだそう。


古くから日本社会の中では「女の子だから勉強頑張らなくていい」「女の子だから数学出来なくていい」と周囲の大人がいいガチで、こういうのが結局現在でも、東大合格者が多い高校は男子校ばかり、理系は男子校の方が強い、という現象に繋がっている、というのが、感覚ベースではあります。



今回の研究も、こういった社会的空気が、日本において、7歳からすでにあるのか!と憤りたくなる結果に一瞬でも聞こえます。


でも、京都大学のホームページに掲載されている、この研究のもとのリリースをみて、「おやっ?」と思いました。

よく読むと、「賢い人=男性」という思い込みは、アメリカにもある、アメリカでは今回の日本の結果よりも早い年齢で上記の思い込みが観測されている、という既存の研究結果が紹介されています。


この情報だけから想像をすると、

・「賢い人=男性」という思い込みは、ある程度世界中で発生している可能性がある

・この思い込みは、日本よりアメリカの方が強い可能性がある

ということがあり得ます。

にもかかわらず、日本はアメリカよりも女性の社会的活躍度が相対的に低い。


わりと矛盾した結果です。


以上から思いますが、日本におけるジェンダーバイアスは、こういう社会文化に根ざしたものやあるいは人類共通の何らかのバイアスに入っていく前に、単純に「女性がキャリアを求めっていった時の社会的な便益が低すぎる」という単純な社会制度上の問題が大きいんじゃないでしょうか。


それをある種示唆するのが、「医学部に強い学校の並び」。もし、「女子は勉強はしなくていい」「女子は数学はできなくていい」ならば、理系である医学部も男子校祭りになるはず。しかし、実際にはかなりの数の女子校が上位エントリーします。



このうらに、「東大女子企業社会でハイキャリア」よりも、「医学部医師になる」の方が女性の場合、高い能力を発揮しやすいという状況がある(または、実際にはそうではなくとも、そういう危険があると広く人々に思われてしまっている)んでしょう。


ある意味、「優秀なリケジョほど、企業社会を敬遠してる」ともみれるわけで、非常に大きな社会的損失といえそうです。