『エミリ・ディキンスンのお料理手帖』松尾晋平 監修 / 武田雅子 鵜野ひろ子 共訳 | 実以のブログ

『エミリ・ディキンスンのお料理手帖』松尾晋平 監修 / 武田雅子 鵜野ひろ子 共訳

1990年4月 山口書店刊(本体定価2500円)

表紙の写真はこちら(復刊ドットコム)
https://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=49821


アメリカの詩人エミリ・ディキンスン(1830-1886)が得意とした料理についての本。縦24.4㎝ 横24.7㎝ ほぼ正方形、若干横長のペーパーバックであまりみかけない不思議な形状の本です。書籍商の通信販売部で働いていた1997年頃、仕入の係に頼んで取り寄せてもらいました。入荷した時からちょっと古びていて当時の上司に「ずいぶん古い本ね。よく入手できたね」と言われたのを憶えています。

エミリ・ディキンソンについては初めて知ったのは学生時代の英文学の授業、イェイツやエマーソンなどいろいろな詩人や作家を知りましたが特にディキンソンに興味を持ったのは生涯独身で家族と住む屋敷から出ずに隠遁生活を送ったと教わったからでした。当時の私は進路などが思うようにいかず、厭世的になり、自分もエミリのように世間に出ずに閉じこもって生きられたらいいのにと思ったのです。エミリがいつも白いドレスを着ていたというのにも憧れました。

ただし授業の後で先生にきいてみましたが、ディキンソン家はアマースト大学の理事らを輩出する…つまり名家の生まれなのでエミリは働きに出なくてもよかったのでしょう。 私の家ではそうはいかないからあきらめました(笑)。白いドレスもすぐ汚れますし(笑)。

 

岸田今日子主演でディキンスンの人生を描く一人芝居『アマーストの美女』を観たり、この詩人についての本を読んだりしてエミリは少女時代には活発で、ボストンに行ったり、家から離れた学校で学んでいることも知りました。屋敷から出なくなったのも社会に出るのが怖くてという消極的な心からではなさそうなのです。ちなみに『アマーストの美女』は驚いたことに今でも公演サイトがヒットします。
パルコ劇場サイト
https://stage.parco.jp/program/000506

 

この芝居の中でも語られますがエミリの詩作は生前には注目されませんでした。『エミリ・ディキンスンのお料理手帖』前書きにも「彼女は当時のアマ-ストの町では、詩人としてよりも、ライ麦入りインディアン・ブレッドとジンジャーブレッドを作るのが上手だということで知られていました」とあります。

第一部『詩人エミリとお料理』の第Ⅰ章ではエミリにとって詩作と料理は車の両輪のようにどちらも大切だったこと、エミリの料理の腕は家族や友人たちに買われていたこと、ディキンソン家の暮らし、行事、ワイン作りなどについての記述、第Ⅱ章ではエミリが書いた、あるいは用いていたと考えられるジンジャーブレッド、コーンケーキ、プディング類などのレシピが紹介されています。エミリがパンやお菓子を入れて寝室の窓からおろし、庭で遊ぶ子供たちに与えるのに使った籠、ディキンソン家のデカンターとワイングラス、紅茶セットなどの写真もあります。ワイングラスは「ローズ色」とのことで、ブドウの実、葉、つるの模様がすてきですが写真がモノクロなのが残念です。

 

第一部の最後にはディキンソン家の献立の一例があります。気になるのは病人用の「ビーフティ」―赤身の牛肉を少量で煮出した滋養飲料とありますが、牛すき鍋の煮汁でも同じ効果が得られないでしょうか(笑)。



第二章『詩とレシピ』は左のページにはエミリの代表作の詩を日本語、原語対照で、右のページには料理の写真…写真はカラーですが、影の部分も多く、落ち着いたディキンソン家の雰囲気を感じさせます。表紙の写真は「ライスケーキ」。ケーキもその皿も敷いてある布も似たベージュ色なので、お菓子というより軽食のように感じられます。ちなみに裏表紙はブラックケーキですが、名前ほど黒くはなく、日本でもよく売られているパウンドケーキに似ています。この章の54ページ以降は写真の料理類のレシピを日本でも作りやすいようにアレンジして記述しています。

私はこの本の料理を作ったことは一度もなく、もっぱら眺めて楽しんでおります。同じく文学関連の手芸、料理関連本である『赤毛のアンの絵本』のカラーページのように花やレースやピンク色全開の華やかさはありません。でも
青いガラスの脚付き皿に載せられた白いプディング『ホウムステッド・シャルロット・リュス』や透明なグラスで固まったワインゼリーの写真は美しく、同じページの「不可能はワインのように味わった者を高揚させる…」と写真と関連ありげな詩の言葉もかみしめています。ちなみに日本で漫画の題名になったクローバーと蜂の詩はブラックケーキの写真のページにあります。亡くなった母もこの本をパラパラと見て「すてきな本だね」と言っていました。


ここまで書いてきて気がついたのですが、同じ類の本で家にあるのは『赤毛のアンの手作り絵本』(鎌倉書房)と『メアリー・ポピンズのお料理教室』(文化出版局)と思っていましたが、アンとメアリー・ポピンズは架空の人ですが、エミリ・ディキンソンは実在したのですから少しこれら2点とは意味合いがちがうのかもしれません。

エミリの詩を原語でしっかり味わえる英語力が筆者にはないのですが、そのわかるようなわからないようなところに生きるつらさが吸い込まれていくように感じます。

「捕らわれの身ですって、バラの救援を送り込みましょう」という詩にちなんだバラだけはピンクですがその他はエミリ・ディキンソンの白いドレスにちなんで白い花の写真を入れてみました。