黄色いアイリス(ハヤカワクリスティー文庫)より表題作
早川書房2004年初版
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夜の十一時半、ひどく差し迫った感じの女性の電話を受けたポワロ。
「すぐに…生きるか死ぬかの問題ですの…<白鳥の園>に…すぐ…黄色いアイリスを飾ったテーブルです」

レストラン<白鳥の園>に着くとウェイターのルイジに他のテーブルにはピンクのチューリップなのにあるテーブルに黄色いアイリスが飾られているわけを尋ねます。そのテーブルを予約しているのは実業家バートン・ラッセル。黄色いアイリスは今夜来る女性の客の好みとのこと。そこには既に青年トニー・チャペルがいました。彼はラッセルの義妹、ポーリーン・ウェザビーに恋していますが、言い争いをしたばかりで落ち込んでおります。ラッセルが招いた客は他に無口な外交畑の男スティーブン・カーターと南米出身のダンサー、ローラ・ヴァルデス。自分に電話した女性を知りたいポワロがボーイに確認するとポーリーンもローラも二人とも少し前に電話をしていたとのこと。ポワロはポーリーンとローラに黄色いアイリスが好きなのか? そして自分に電話したかを尋ねますが二人とも否定。黄色いアイリスは4年前の同じ日に亡くなったバートンの妻、アイリスのためのものでした。
ニューヨークで同じメンバーが集まっての晩餐会の最中、演芸がはじまってすぐにいきなり照明が消えて暗闇に。再び灯りがついた時、アイリスは死んでおり、彼女のシャンパングラスには青酸カリが…ハンドバッグの中に同じものの薬包があったことから自殺とされたのですが、夫のバートンは納得できていないと言います。あの夜来ていた誰かの仕業ではないかと…
そして今宵、ロンドンの白鳥の園で黒人の女性歌手があの夜と同じ歌を歌っていた時…テーブルに伏して動かなくなったのは…
パーティや宴席で列席者が急死し、その謎を解くため目的で同じメンバーが集められ、同じ状況が再現されるというミステリーは日本の作品でもよく見る気がしますが、このお話が元祖なのでしょうか?
ポワロが灰色の脳細胞を使って恐るべき犯罪をふせぎ、冒頭で雲行きが怪しかった恋人たちはよいムードになる、ハッピーエンドではあるのですが、快刀乱麻の名作とはちょっと言いにくいです。狙われた人はスキャンダルを嫌い、犯人を官憲に渡さず絶縁するだけ、そのため物語の題にもなっている黄色いアイリスに記念される女性アイリスの死の謎は解決されないまま。もし自殺したい心境だったとしても、衆人環視のディナーの真っ最中に決行するなんておかしいではありませんか。
デヴィット・スーシェ版のドラマでは原作の釈然としないところを補うため、アイリスの死をアルゼンチンでの出来事とし、石油採掘権をめぐる悪事から起こる殺人として再構成しています。
老練なボーイのいる高級レストラン、優雅に踊る客たち、ステージで歌われる愛の歌…金髪でヤグルマギク色の瞳、20歳にしては少女風のポーリーン、南米出身の黒髪で妖艶なダンサーのローラ、対照的な二人の美女に黄色いアイリスが好きかを尋ねながら真相を探っていくポワロ。筋立てにはしっくりしないところはあるけれど、道具立て…花や音楽の使い方が巧みなのはクリスティの魅力。
ブログ冒頭の写真の黄色いアイリスは4月25日、上野両大師の輪王殿の庭で咲いていました。 花も草丈も大きめですからおそらくはジャーマンアイリスでしょう。この写真が撮れたので4月の本レビューはこの小説にすることにしました(笑)。
ついでですが白いアイリスは同じ場所で黄色の1週間ほど前に見ごろだったもの。ちなみにスズランは同じく両大師本堂前で咲いていたもの。
ポーリーンはポワロに問われて自分が好きなのはバラかスズランだと答えます。こういう女性の方が多数派でしょう。

花が大きく開き、ひょろっと長いイメージのあるアイリスは玄関や寝室ならともかく食事の場には向かない気がします。黄色いアイリスの花言葉には「復讐」というものもあるそうです。この花を好み、宴席の場にも飾らせるとすれば、アイリスは考えのはっきりした主張の強い女性…原作には登場しませんが、ドラマではダンサーのローラに「踊りに興味がない」と言い放ち、不正を許さない厳しさをもつレディとして登場しています。
ちなみにドラマで飾られていた黄色いアイリスは花は小さめで色はレモンイエローに近いものを短く切ってアレンジしていました。ダッチアイリスかな?
黄色いアイリスといえば、小学校の頃、通学路沿いの農業用水路沿いに黄色い大輪ではないアヤメ風の花を咲かせるものがびっしり生えていたものを思い出します。小学生だから黄色いアヤメと呼んでいたけれど、アヤメというのは本来、水辺は好まないそうで、キショーブだったようです。繁殖力が強すぎて危険視されている外来植物だとか。ひょっとすると今でも小学校近くに生えているかも。
夜11時半過ぎとはずいぶんおそくまで営業しているレストラン「白鳥の園」の名前にも子供の頃、時々連れて行ってもらった温泉施設の『白鳥園』を思い出してしまいました。本当に白鳥のいる大きな池があり、散らばっている白鳥の羽を拾って持ち帰ったこともあります。宴会場では踊りなどの大衆芸能も演じられ、映すと太って見える変な姿見もありました。売店でちょっとしたおもちゃを祖母や母に買ってもらうのも楽しみでした。我が家では日帰りのみでしたが、当時はホテルとして宿泊もできたとのこと。2014年頃閉業し、今は同じ名前で食事もできるスーパー銭湯になっているとのことです。
そのうち、三谷幸喜あたりがこの短編を翻案し、スーパー銭湯を舞台にキショウブが事件のカギとなるミステリードラマを作ってくれないかしら?



