
『戦勝記念舞踏会事件』―『教会で死んだ男』(早川書房クリスティ文庫62)より…原作を補うドラマ化
宇野 輝雄訳 2003年刊
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この短編集の冒頭のエピソード。
よく晴れた春の朝、新聞を読んだヘイスティングスがポワロに第一次世界大戦の勝利を祝う仮装舞踏会で起きた殺人事件について話している時、ジャップ警部がやってきてこの事件に内幕を語ることから始まります。
ロンドンじゅうの名士がそろう華麗な仮装舞踏会に25歳の富裕な子爵クロンショー卿とその婚約者の女優ココ・コートニー、クロンショー卿の伯父のユースタス・ベルテイン子爵とベルテインとつきあっているらしいアメリカ人の未亡人マラビー、そして俳優クリス・デビットソンの妻の一行がやってきます。彼らはベルティンが持つコメディア・デル・アルテの登場人物の陶器人形そっくりの仮装をしていました。クロンショーがアルルカン、ココがコロンビーナ、ベルテインはパンチネロ、デイビットソン夫妻はピエロとピエレット。
仲良く同じテーマの仮装をしているグループなのに宵の口から不穏なムード。クロンショー卿とココはけんかし、ココは怒ってクリスに送らせて帰ってしまいます。クロンショー卿もパーティを楽しめない様子でしたが、夜中の一時半、全員が仮面を取って踊るコティヨンの前に同僚のディグビー大佐がボックス席に立っているクロンショーに呼びかけた時には「そこで待っていてくれ」と
答えていました。しかしなかなか降りてこないので、ミセス・マラビーらと共に
探したところ、この一行が食事をした部屋にクロンショー卿の死体が…凶器はテーブルナイフ。被害者のポケットにはコカインの入った小箱…それは恋人ココのもの、そして手には緑の玉房…それはピエロ夫妻の衣装のもの。
ディグビ―大佐の証言から被害者は遺体発見の10分ほど前まで生きていたと思われ、この時刻、ピエロ役のデイビットソンはココを送るため会場にはいません。デイビットソンの妻は自分の衣装の玉房がとれたのをクロンショー卿に預けたのだと説明。
翌日ココも自宅のベッドで亡くなっていました。死因はコカインの過剰摂取。事故なのか自殺なのか…
青年貴族と美人女優のロマンスの果ての悲劇?
あるいは甥の死によって地位と財産を相続した伯父ユースタスの仕業?
ヘイスティングスは伯父は信用できない人物だと感じますが、ポワロは
ユースタスのコレクションでこのパーティの仮装のモデルになった人形たちに
着目し、真相へたどりつきます。
ちなみに上の写真は夏に泊まった上田第一ホテルのロビーにありました。
紫のビロードの衣装が美しいけどどこか謎めいてこのお話のふんいきにぴったりです。
表面は同じテーマの仮装をして和気あいあいとパーティを楽しむ、優雅な人々…でも一皮むけば殺しあいに…社交界の光と影が浮かび上がる短編ですがいくらか魅力がわかりにくい…ような気がします。
事件で重要な役割を果たしているのが被害者らが仮装している人物と彼らが
登場するお話、小説中で「コメディア・デル・アルテ」というのがあまりぴんと来なくて…もしかしてイギリス人、あるいは日本人でもヨーロッパの文化に知識のある人ならすぐにイメージできるのかもしれませんが。私は上記に書いた名前で聞いたことがあるのはピエロぐらい…しかもこのピエロとピエレットの衣装は白に緑のボンボンがいっぱい…ピエロの服ってカラフルな服着てなかったたっけなんて思ってしまいます。私が見たことのあるサーカスのピエロは正しくはクラウンというべきで…ピエロはクラウンが演じる役の一つなのだとか。
この写真も上田第一ホテルのロビーで。コメディア・デル・アルテではありませんが繊細な陶磁器の人形がありました。

被害者が扮しているのは小説ではアルルカン、英語ではハーレクインとも…、ロマンス小説シリーズのトレードマーク?になっているけどアルルカンと聞いても私にはイメージが浮かびません。
この短編はデヴィット・スーシェ主演の『名探偵ポワロ』の第3シリーズの第9話で映像化されています。ドラマでは冒頭で仮装のモデルになった陶器人形がナレーションと共に映され、視聴者は物語世界にいざなわれます。またラジオの生放送のぎりぎりに駈け込んでくるココのキャラクター、カタログを甥に見せて「1000ポンドでいいから」と無心する伯父ユースタスの姿も描かれ、事件の背景がわかりやすくなっています。ミステリー小説やドラマには財産がらみで事件を起こすおじと甥がよく登場しますが、甥の方が放蕩者だったりしておじさんにおねだりするケースが多く、その逆は珍しいかも?
ドラマでは舞台となったパーティにポワロ自身もヘイスティングスの
友人で放送プロデューサーのアカリ―なる人物によって招かれています。
ヘイスティングスはオルツイの小説紅はこべの主人公に扮してなかなかかっこよく、アカリ―はアラビアのロレンスに…有名人に扮する決まりのパーティですが、有名人を自認するポワロはいつものまま…
また生きている被害者を最後に見るのはカウントダウンつまり12時に踊る約束をしていたミセス・マラビーとポワロら3人。音楽が高まり、天井から風船が降る祝賀ムードの最中に死体を発見して悲鳴を上げるのもマラビーです。またデイビットソン夫人はこのグループの他の二人とはちがう地味なタイプでクロンショーと破局したココが夫を誘惑することを恐れているように見えます。
事件の中心人物の一人女優コートニーのキャラも原作のポワロは「浅はかな若い女性」と言っていますが、ドラマでは「娘役にはいささか年がいきすぎて」いるとポワロは言い、アカリ―はそれがラジオのいいところだと答えます。美人ではありますが、クロンショーの年齢が原作の通り25歳だとするとそれよりは年上な感じ。
ポワロは居合わせたパーティで殺人が起きたので「殺人犯、名探偵の目を逃れる」と新聞に書かれてしまいます。クリスティでは以前ブログに書いた『鏡は横にひびわれて』もパーティ中に殺人が実行されます。クリスティ以外でも探すとパーティに起きる殺人ってミステリー界ではよくあるような…というかパーティって案外物騒なものかも…この短編にもあるようにパーティに使われる場所にはカーテンとか物入とか結構隠したり、隠れたりする場所もありますし。
ココの安否を確かめるために急いで訪れた放送局では受付の女性にバラエティ番組のオーディションを受けにきたコメディアン?に間違われ。ポワロにとってはさんざんなエピソード。また死体の手に緑のボンボンが握られていることにポワロに指摘されるまで警察が気づかないのもちょっと変。でも映像化では初めてこのお話のテーマを深く味わうことができました。それはアカリ―たちの前でのポワロのセリフ…「楽しく踊っている仮面の下に悪魔が潜んでいることも」
「ドラマ化してくれて本当にありがとう」と言いたい短編です。
ちなみにこれも筆者が本格的なパーティを経験していないせいなのですが、
今回じっくりとこのドラマを視て気づいたこと。いわゆる「カウントダウン」というのは大晦日の夜、ニューイヤーズ・イブで新年を迎える時だけするものだとk勝手に思い込んでいました。そうでない季節のパーティでもするものなのですね。
