新年の抱負は...横溝正史『霧の山荘』(角川文庫『悪魔の降誕祭』1974年初版より)
月1ぐらいは本レビューを簡単でも書こうかなと(笑)
今年最初に取り上げるのはおそらく70年代後半に祖母が買ったものと思われる文庫本。
表紙はこちら
https://item.rakuten.co.jp/surugaya-a-too/2178808-1/?scid=af_pc_etc&sc2id=af_113_0_10001868&iasid=wem_icbs_&gclid=EAIaIQobChMIurrhysL_gwMVQtQWBR0HZQfNEAQYAyABEgJaMvD_BwE&icm_acid=255-776-8501&icm_cid=18637993114&ifd=57&icm_agid=
今、同じ内容で出回っているのはこちら、
https://www.kadokawa.co.jp/product/200505000209/
表題作は金田一の住む緑が丘荘で相談に来た女性が亡くなるという衝撃的な展開から始まり、ジャズの女王が催すパーティの最中にその夫が死ぬクリスマスミステリー。そして近年池松壮亮主演でNHKでドラマ化された『女怪』の3つが収録されています。この中で私としてはいちばん楽しめたの『霧の山荘』。

9月中旬の夜、おそらく軽井沢
以下引用
このへんの別荘には境界もなければ垣根もない。垣根がないくらいだから門もない。ただ林のなかに自動車が一台、通れるくらいの路が拓りひらいて(きりひらいて)あるだけだから、うっかり公道だとおもって歩いていると、ひとけのないバンガローに突きあたったりする。
筆者は2020年に友人と軽井沢を旅しました。この中編が発表された1961年(昭和36年)頃とはおそらく道が舗装されたり、木造よりコンクリートの別荘が増えているといった変化はあるでしょうが、家々の境界がわかりにくく、初めて来た人間は道に迷いやすいことは現在も同じです。著者はこうした別荘地の状況を生かして創作しています。
金田一がここへ来たのは彼が滞在していたホテルを訪ねてきた江馬容子という若い女性から義理の伯母でサイレント時代に映画スターだった紅葉照子が昔起きた殺人事件の犯人と思われる人を見て身の危険を感じているらしいと相談されたからでした。
そして紅葉照子、今は医者の未亡人西田照子の家がわからず、心細くなった金田一の前に現れたのは照子から迎えに行くよう頼まれた御用聞きだという派手なアロハの男。霧の夜なのに紫のシェードとサングラスをかけているのが怪しいと思いながら、案内された家は鍵がかかったまま、呼んでも誰も答えません。窓からのぞくとそこには照子の死体が…。サングラスの御用聞きが管理人の家に通報に行こうとしますが、つまずいて生爪をはがしてしまい、代わりに金田一が行くことになります。しかし金田一が管理人に連れられてきた西田家には照子の姉で女優時代にはマネージャーも務めた房子が迎え、照子は昨夜、東京へ引き上げる友人の家を訪ねて出かけたまま帰らないというのです。アロハの男が案内したの似た表構えの別の家。似た形の家が多いのも別荘地らしいところ。アロハの男が御用聞きと称するのを金田一が疑わなかったのも「元来、みなりをとりつくろわぬのがこのK高原の別荘人種の特徴」だと思っていたから。しかしこの男は御用聞きではなく、このまま姿を消します。
東京から来た東京から来た等々力警部に事件の話をしているところへもたらされたのは照子の刺殺体が西田別荘背後の丘で飼い犬のコリーによって発見された知らせ。金田一がアロハの男と見た時に着ていた友禅浴衣もない裸で…。照子の義理の甥武彦は生前おしゃれだった被害者が浴衣で友人宅へ出かけるはずがないと言い、房子を怪しみます。長年、妹を陰で支えてきた房子でしたが、夫や息子に死なれ、不安定な身の上から照子の金に手をつけ、姉妹の仲はしっくりいかなくなっていました。
これはこの小説で初めて知ったことですが、別荘の中には夜具など東京へ持ち帰らないものを不在時に入れてかくし戸棚が設けられているとのこと。この大きなかくし戸棚もトリックに利用されます。

映画スターとなった美しい妹と対照的な地味で運のない姉、子供がなく、遺産を妻だけに与えた夫…どことなくアガサ・クリスティーの世界を日本の高級別荘地に輸入した感じのミステリーです。登場人物が多くちょっとごちゃごちゃしていますが、金田一や等々力警部と昭和30年代前半の軽井沢を歩いている気分になれました。

ちなみにこの本を納戸で見つけた頃、偶然、古谷一行主演で2時間ドラマ化された『霧の山荘』が放送されたので途中から視ました。別荘地が舞台で紅葉照子という元女優が登場する以外は全くちがうお話になっていてびっくり。小説では死体でしか金田一と会わない紅葉照子がヒロインとなり、岡田茉莉子が演じています。
小説では生きた照子が現れないのに姉や甥、姪といった人々の話からいかにも女優らしく人の注目を集めたがる「しょっちゅうひとを担いではよろこんでいるような」「とっぴなことを言い出したりしでかしたりする永遠の童女」といった人物像が浮かんでくるのが面白いのです。
しかしドラマの照子は昔、恋人を殺した人間に復讐するために
当時の映画監督らを自分の別荘へ招いて、制作中止になっていた映画を撮らせるのです。原作者が視たら怒りそうな気がします。またドラマを視て原作を読んだ気になる危険を思い知らされました。
