仁木悦子『聖い夜の中で』(光文社文庫1991)より表題作 | 実以のブログ

仁木悦子『聖い夜の中で』(光文社文庫1991)より表題作

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幼少時の病のために車椅子生活を送りながら活躍した作家の絶筆。著者自身が絶筆だと意識していたのかどうかわかりませんが、童話作家としてスタートし、多くのミステリーを書いた人の短編ながら集大成というのか、クリスマスの夜を舞台にメルヘンと犯罪が融合した展開で、読後に温かみが感じられます。

 

 

春には小学校にあがるので保育園に入らず、近所の「おばちゃん」なる人に食事や風呂の世話をしてもらっているひろむ。三か月前まで東京でこのおばちゃんよりはずっと品の良い「おばあちゃん」に育てられていました。ひろむの父は物心つく前に病死、母は生活のため夜の仕事。

 

童話作家のセンスを感じさせるのはひろむ少年と祖母の暮らしの描写の細やかさ。

クリスチャンだったようでひろむを教会の幼稚園に入れようと試み、クリスマスを大切に祝います。古いクリスマスツリーに飾るのはひろむの亡父が幼少時に祖父が買ってきたというガラス玉やひろむが生まれた年のクリスマスに教会の先生がくれたトナカイ。いかにもキリスト者らしい祖母と夜のお勤めに従事する母―毛皮のコートを着ているというからおそらくは売れっ子のホステス。二人の女性像がひろむの眼を通して描かれ、これも著者が意識しているのかどうかわかりませんが、二つの世代、価値観のちがいが浮かびます。

 

ひろむが記憶しているクリスマスはせいぜい3回程度と思われますが、祖母と作った折り紙のバケツにお菓子を入れ、隣のエミちゃん姉妹にあげたこと、白クマのぬいぐるみをもらった年、大きな新幹線を約束していたのに祖母の病気のために金色のミニカーになってしまった年など実に鮮明におぼえています。大人は子供は過ぎたことなどすぐに忘れてしまうと思いがちなのですが、実は生まれてからの年数が少ないうちの方が過去、思い出は大切なのです。自分の少女時代を思い出すとひろむと同じようにクリスマスが来ると去年や一昨年のクリスマスと比べ、もう少し大きくなっても文化祭が来ると去年の文化祭と比べていたと思います。だから自分より若い人が昔の話をする時、「あなたには将来があるのだから、済んだことは放っておきなさい」などと言わずに聴いてあげた方がいいかもしれません。

祖母が急死し、始まった母と生活。母もクリスマスツリーを買ってはくれたものの、祖母と飾ったものに比べるとよそよそしいと思うひろむ。「おばちゃん」が帰って一人になると起きだし、「サンタが来ているかも」と家を抜け出します。そして本当にサンタクロースに出会うのです。でも妙なサンタでトナカイを連れていません。なぜならサンタの正体は脱獄囚、岩野昌造。妻の不倫相手を殺して服役中でしたが、看守二人を殺して脱走、しのびこんだ広告業者事務所にあったサンタの服を着ていたのです。

自分をサンタクロースと疑わないひろむに追ってくる警官たちは「悪者」だと教える岩野。凶悪犯の人質になっているひろむですが、岩野のがっしりした腕に父親の頼もしさを感じます。岩野もまたひろむに彼自身が育てることができなかった子供の面影を見ていました。

「ぼく、ことしのクリスマス、いちばんすてきだった。ほんとにサンタのおじいさんに会ったんだもの。こんどのクリスマスにも来てね」

ひろむの言葉は温かい家庭を築くことを望みながら裏切られて殺人犯となってしまった男の生涯の最後に神が与えたプレゼント。

この本は著者の「最後の事件簿」とのことで、巻末に年表と作品目録を掲載しています。あります。これまでにもいくつかは読んでいますが、題名を見ただけ心ひかれるものがたくさんあるので今後も折を見て読んでいきたいと思います。