刑事コロンボ『指輪の爪あと』―20世紀の『オセロ』?
NHKサイト
https://www.nhk.jp/p/columbo/ts/G9L4P3ZXJP/episode/te/1J4VK1MMR3/
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射撃訓練場も備えたビルに70年代にはとてつもなく大きく高価だったコンピューターを設置、何人もの探偵を抱える大手探偵事務所の所長ブリマーは新聞王アーサー・ケニカットから妻レノアの浮気調査を依頼されます。捜査の結果、妻は潔白だとケニカットに告げますが、実はゴルフ講師のアーチャーとの関係をつきとめていました。夫に内緒にする見返りにケニカット周辺の情報を自分に流すようレノアを脅迫。しかしレノアはそれを断り、自ら不倫を告白し、ブリマーの悪事も話すと言います。ブリマーは度を失い、思わずレノアに手を上げます。倒された時に頭部を強打して絶命したレノアを車に乗せて廃車置場へ遺棄。
コロンボは遺体の左ほおに刃物ではない傷があることに注目。これはブリマーの左手の指輪によるもの。ドラマの中では映されませんがこれがタイトルになっています。
ケニカットは犯人とも知らずブリマーへ捜査への協力を依頼。ブリマーはコロンボを真相から遠ざけようとします。ケニカット邸でブリマーを紹介された時、「眼の前がぱっとあかりがついたような気分」というコロンボ。そして手相を観るといってさりげなくケニカットとブリマーの手をチェック。出口をまちがえて開けた物入れのゴルフクラブからたどって浮気相手のアーチャーを尋問。アーチャーは関係を認めますが一方的に別れを告げられたこと、交際中、何者かにつけられているような感じがしたと話します。
ブリマーは大胆にもコロンボに刑事を辞め、高給を提示して自分の事務所で働くよう誘います。繊細な顔立ちに金縁眼鏡が似合うブリマー(ロバート・カルプ)はみるからに優秀な探偵…のはずなのに被害者の顔につけた傷に気づかない、どこか間抜け。人前ではクールで知的にふるまっていたのがコロンボから遺体のコンタクトレンズが片方なくなっていると言われるとあわててカーペットをガサガサしたり。(笑)。
このエピソードはコロンボが犯人をかぎつける過程がたどりやすい点が魅力です。ただ疑問に思うのはケニカット夫人が離婚も覚悟で夫に告白すると決めたなら、なぜ一人でケニカット家のビーチハウスから歩いてブリマーの家を尋ねたのか?こんな邪悪な男と人目のないところで二人きりになるのは危険なのに。夫から「曲がったことのきらいな女」と評される彼女はブリマーさえ、予告なく破滅させてはいけないと考えたのでしょうか。
このドラマの楽しみの一つは登場人物が住むお屋敷を観察すること。
コロンボが訪問した時、ケニカットは広いプールとたくさんの華麗なギリシャ風?の彫像、黄色い花が咲き乱れている花壇を望むテーブルでお茶を飲んでいます。ブリマーの到着を知らせるのはテーブルの上の電話。あんな吹きさらしのところに置いて雨の日はどうなるのだろうと思ってしまいますがLAは日本みたいに雨は多くないのかしら? それともケーブルごと屋内に入れる?
円柱の並んだテラスは知識のない私には何様式とかはわからないけれど、教会を思い出させます。ブリマーと対面する大きな暖炉のある応接間は彫刻された木の壁に覆われていて、私は昔、結婚式に参列したカトリック系の学校の聖堂を思い出してしまいました。美しいけれど重厚すぎて陰気。年老いた夫にはよくても若い妻には居心地が悪く、週末ごとにビーチハウスに行き、時にはイケメンだけど頭は単純なゴルフの先生と羽目をはずしたくなってしまったのかも。

ケニカットを中心にして考えるとこのエピソードはシェイクスピアの『オセロ』にも似ています。新聞界の「王」と呼ばれ、機嫌を損ねたら大変だと恐れられるほどの人物。なのにブリマーの正体を見抜けず、妻の浮気を疑っているのに熱心になっているスポーツが何かは知りません。『オセロ』のデズテモーナとちがって妻はあやまちを犯してはいますが、ラストでブリマーが言っているように「いい奥さん」です。寛容さに欠けていたが故に愛する者を失った悲劇。
ケニカットを演じるレイ・ミランドは主役をしのぐ存在感。同じコロンボシリーズの『悪の温室』では犯人役も演じています。若き日に『失われた週末』という映画でアカデミー賞主演男優賞を得た名優です。この映画もいつか観たいと思います。
