岡本綺堂『影を踏まれた女―怪談コレクション』(2006年光文社文庫)より 『利根の渡』他 | 実以のブログ

岡本綺堂『影を踏まれた女―怪談コレクション』(2006年光文社文庫)より 『利根の渡』他

不忍池の弁天堂の手水舎(てみずや)にホオズキの鉢がおかれていました。2018年に亡くなった母もホオズキが好きでしたが買ったり育てたりする余裕が我が家にはありません。ですのでここでたっぷり見られてありがたいですね。

 

そういえば前回のリオのオリンピックの時はまだ母がいたのだな…と死者をしのびつつ、閉会式を視ているとなぜか怪談を読みたくなって来ました。そこでおなじみの岡本綺堂を本棚から取り出して拾い読みしています。台風が接近していて、急に滝のような雨が降ったり、強風が吹いたり、そうかと思うと日がさして暑くなったり不安定な気候のせいもあるのでしょう。

光文社サイト

https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334740689

 

前半は『青蛙堂鬼談』三月、青蛙堂主人なる人の家に集まった人々が順番に語る話。

 

表題作はこの本の最後、後半の『近代異妖編』の第3話です。嘉永元年の9月、親類の家を訪ねた帰りに子供たちに影を踏まれたことから心身を病んでいく娘おせきの物語。影を踏まれると悪いことがある、寿命が縮むとかいう伝説はあるのですが、家族たちはおせきの気にしすぎと考えていました。おせきは夜歩きを避けていましたが、急病人を見舞った帰り、いいなづけの要次郎と共に歩いていた夜、二匹の犬につきまとわれてしまいます…影を踏まれるというのは不意に近づかれること、気分はよくありませんね。ソーシャルディスタンスが気になる今日、おせきの恐怖はリアルに感じられます。2021年に生きる私たちもおたがいに影は踏まないようにした方がいいですね。

 

コロナと同じく恐ろしい伝染病が登場するのは『青蛙堂鬼談』第10話『黄いろい紙』。明治19年、コレラが流行した時、語り手の女の近所に住む飯田の「御新造さん」は自らコレラにかかりたがり、刺身や天ぷらなどコレラになると言われるものを食べています。コレラ患者が出た家の門に貼られるのが「コレラと黒くかいた黄いろい紙」なのです。

 

『青蛙堂鬼談』第2話『利根の渡』は2016年、70年代に時代劇化されたのを視ました。

BSテレ東サイト

 

享保初年、利根川の渡し場に毎日現れ、旅人たちに「野村彦右衛門というお人はおいでなされぬか」と尋ねる座頭。渡し小屋に住む老人平助は座頭を気の毒に思い、食べ物を与え、共に暮らすようになります。野村なる人物を探しているのはかたき討ちのためかと尋ねても座頭は何も答えません。座頭が夜中に太い鍼を磨いでいること、その鍼で泳いでいる魚を仕留める腕の持ち主であることを知った平助はいささか気味悪くなります。やがて座頭は病を得て、野村彦右衛門に会えぬまま亡くなりますが…。座頭の執念と共に彼を見守り続け、亡くなる時にもらった小判も寺に納めてしまう平助老人の善良さ、優しさも心にしみる短編です。

 

『青蛙堂鬼談』第6話『清水の井』は天保初年、由井吉左衛門の二人の娘がぶらぶら病いにかかり、食べられず、眠れず…娘たちは古井戸に浮かぶ二つの美しい男の顔に夢中になっていたのです。椿の樹の下にある井戸へもつれあって飛びながら落ちてゆく二つの蝶、古い二つの鏡、九州に残る平家の落人伝説…真相はなぜかBL風。

 

『利根の渡』の座頭が視力を失ったのも、『黄いろい紙』の御新造がコレラになりたがるのも、『清水の井』の怪異も愛欲から…結局怖いのは人間?

 

オリンピックによる三連休は今日で終わりですが、お盆休みが始まるまで通勤途中にも読みたい本です。