私が出会った宝石たち
久しぶりに乃南アサの『魅惑の輝き』を読んで思い出したこと。
今は昔。中国語教室で同じ先生に習っていた面々が集まって飲み会を開きました。出席者の一人で当時20代後半ごろの女性が名古屋の資産家と婚約し、東京を離れるので彼女の送別会でもあったのです。その女性は400万ほどのエンゲージリングをつけてきて、気前のよいことにひょいと指から抜いて私たち貧乏人?に見せてくれました。記憶が定かではないのですが、ひょっとして試しに私の指にはめることも許してくれたのだっけ? 「こんなに高い宝石、さわるのはじめて!」と言い、今後もこういうものをガラス越しではなく見ることはないだろうなと思っておりました。
これも今は昔。私が品川駅近くのショッピングビルの2階を歩いているといきなり近づいてきた女性が私の左手に大きなダイアモンドの指輪をはめました。黒いワンピース風の制服を来た宝石店の店員さんです。驚いて何が何だかわからない私に「どうです、
きれいでしょう、いかがでしょうか」というような営業トークを始めました。でもしゃべっているうちにどうやら買う可能性は低そうだと判断したようです。私も「学生さんですか」と言われてうなずいたし…本当は社会人になってはいたのですが到底、大粒の宝石など買える給与ではありませんでしたから。
それにしても千円代で買ったジャケットにジーンズ、スニーカー、記憶が定かでないのですが革製ではないリュックかショルダーというどちらかというおよそジュエリーとは縁のなさそうな私に駆け寄ってくるとはよほど売上アップに必死だったのでしょうね。あの店員さん。いかにも宝石店の人らしく、華やかにパーマで髪を広がらせていた美人。きっとガラスケースの向こうにいるだけでは売れない、今まで宝石に縁がなかった客層を開拓しなきゃだめと考えたのか―そして彼女にいきなり指輪をはめられた通行人の中には、『魅惑の輝き』の主人公のように宝石に触れたとたんその魔力にぼうっとなってしまって、購入に至る人もいたのかもしれません。
これまた今は昔、目黒にあるカルチャースクールでジャズダンスを習っていた時、区民センターでの発表会に参加した時のこと。ダンスの振りがちっとも覚えられない私はステージで踊りたくなどなかったのですが、どうやら発表会に出る教え子から参加費を得ることは先生にとってはボーナスのような生活のかかった収入だったようで…踊った曲目を忘れてしまったのに2万円という参加費の衝撃は今も忘れられません(笑)。
当時30歳前後のダンスの先生は若い頃に歌手やタレントとしても活躍していた多才な女性で、子供たちにタップダンスも教えており、その教え子たちも発表会に出ていました。その一人、小学校4、5年生ぐらいの女の子が何と本物のダイヤモンドが連なったネックレスをつけて踊ったのです。私はその子やその保護者の人と直接話したのではないのですが、別の参加者の人がそう教えてくれたのです。「子供にこんな贅沢をさせるなんて」とかすかにまゆをひそめつつ。
その子はソロで踊るのでもなく、プログラムの主役を務めるのでもなく、三人の少女が同じ揃いのピンクのレオタードを着て踊る曲でした。これも曲目は忘れてしまったのにネックレスがきらきらしていたのは記憶しています。それから同じ曲を踊っていた子の
一人が思わず見とれてしまうような美貌だったことも。
終わった後で先生に「あの子、すごい美少女ですね」と言うと「踊りのおぼえも速くてカンのいい子なのよ」とのこと。ネックレスの子は同じ服を着て複数で踊るからこそ、自分の子がわかりやすいように親御さんがつけさせたとのこと。もともとお母さんが持っていたネックレスなのか、この日のために新調したのかはわかりません。ネックレスの子はごくありふれたルックスでしたから、もしかすると才能豊かな美少女と共に踊ることに苦悩があったのかもしれません。親御さんは宝石でそれを解消しようとしたのか―それにしても知らない人も大勢出入りする楽屋に高価な物を持ち込んで物騒だと思わなかったのかしら。
『魅惑の輝き』の有理子も生まれ持ったルックスにはあまり自信を持っていなかった様子が文章から感じられます。宝石をつけてそれで美しくなって異性をひきつけることには興味がなく―だから服や靴はみすぼらしいまま。でも宝石を手にいれるだけで人生は全てハッピー?のような気がしていたのでしょうね。
いつの世でもファッションやコスメの広告は「キレイになりましょう」と叫び、人はそれにひきつけられます。かくいう私もホワイトニングエステに通おうかと
考えたことがあります。迷っていると年上の同僚いわく「いい仕事をして生き生きすればそれがエステになるんじゃない」。
そう彼女は正しいです。大事なのは顔のきれいさじゃなくて中身です。だけど中身を磨くのは複雑なこと。本当の美しさとか幸福はどれも一筋縄では
いかない、近づくのに時間と労力の要ること。だから顔をマッサージしてもらうとか、服やアクセサリーのいいのを買うとか、お金という「一筋縄」で
諸々の問題が解決に向かったらいいなあと思わないでもないのですね。そんな時宝石を買いたくなる人もいるかもしれません。
名古屋の資産家に嫁いだ女性は1,2年で離婚したと風のうわさに聞きました。
私の指にダイヤモンドの指輪をはめた店員さんのいた宝石チェーンは数年後、婚約指輪を買い取り保証つきとして男性たちに売りつけたことが法的に問題になり破産しました。
この事件が報じられた時、将来の配偶者のために
500万の指輪を買ったという男性のインタビューの放送を視て「まだ出会ってもいない女性のために指輪を買う男性って不思議」と思いました。私なら私という人間を知ってから指輪を買ってくれるなら買ってほしいなと。でもこういう男性がロマンチックですてきと思う女性もいるのかもしれません。
ダイヤモンドをつけてタップを踊っていた少女は成人後、宝石に夢中になりすぎたりしなかったでしょうか。共に踊っていた絶世の美少女はダンスのプロになったのでしょうか。
以上、「私が出会った宝石たち」とまるで富裕階級のご婦人のようなブログタイトルを書いてしまいましたが、全て私が所有していない見かけたの宝石のお話です。失礼いたしました。申し訳に?返還直前の香港で
買ったエメラルドの指輪とルビー?のようなさくらんぼの写真を入れておきます。
