『緑の光線』(エリック・ロメール 1985年、NHKBSプレミアム放送) | 実以のブログ

『緑の光線』(エリック・ロメール 1985年、NHKBSプレミアム放送)

フランス映画のテレビ放送は時々視たくなります。フランス語を耳にするとリラックスするのです。この特撮もの?みたいな題名が気になって思わず録画予約してしまいました。

 

夏のヴァカンスに予定していたギリシャ旅行が同行する友人の都合でキャンセルになってしまったヒロイン、デルフィーヌ。ヴァカンスの過ごし方に途方にくれ、友人たちとのおしゃべりの途中、泣き出してしまいます。「家族にアイルランドに誘われたけれど、それは本当のヴァカンスじゃない。本当のヴァカンスがほしい」と。見かねた友人の一人、フランソワーズはシェルブールの実家に彼女を招きます。フランソワーズの家族は親切で子供たちにもなつかれますが、満たされないデルフィーヌはパリに戻ってしまいます。

 

元恋人の山の家を借りることにしますが、半日でいやになりにパリへとんぼがえり。カフェで偶然再会した昔の友人の義兄のアパートを借りて、海辺のリゾートビアリッツへ。そこで語り合う老人たちの会話から晴れた日の日没後、太陽光の屈折のために一瞬だけ見えるという緑の光線のことを知ります。この光線を見た人は「自分と相手のことがわかる、頭の中が晴れる」と。

トップレスで日光浴をする自称スウェーデン人女性と親しくなったデルフィーヌ。「私は観察はするけど、その先の行動がだめ」と本音トーク。しかしその自称スウェーデン女性が声をかけた青年二人組とのおしゃべりにもうんざりし、パリへ戻ろうと駅へ。待合室でようやく自分の方から関わりたいと望むに青年に出会うデルフィーヌ。彼と観光地よりは漁村といった感じの港町へ行き、日没に緑の光線を見るのです。

 

日本とちがうなと思ったのはヒロインにたいする人々の態度。独特の考えを持ち、情緒不安定とも言えるデルフィーヌに「変な人」とか「ばかじゃないの」とか、「こんな人うちへ連れてこないでよ」など頭から否定する言葉を投げかける人物は登場しません。例えばフランソワーズの家族たちとの会食の場面、ポークソテーの皿が運ばれてくると「私にとって肉は食べるべきものじゃないの」と言い出すデルフィーヌ。「人の家に招かれて食べ物に文句つけるなんて」と思ってしまいますが、家族たちはからかい気味ではありますが、あからさまにいやな顔をせずに楽しく会話を続けます―これが現実だとするとフランス人はこういうところ、日本人より洗練されているように思います。もちろん日本人の全てが小津安二郎の映画の笠智衆一家のようではないように、フランス人の全てがこの映画のようでもないのかもしれませんが。

 

映画に映し出されるパリの街や観光地の風景はきれいです。1987年に日本でも公開された時、原宿や青山で買い物を楽しみ、雑誌の『流行通信』を読んだりしていた当時の日本のおしゃれな娘たちがこの映画を視たら「キャー、素敵!フランス行きたーい!」と騒いだ人もいたかもしれません。一方、ネットの映画評でどなたかがおっしゃっていたようにヒロインがつまらなさそうにあちこち歩くだけの展開が退屈とも言えます。私もテレビで休み休み視たからいいけれど、劇場なら居眠りしてしまったかも。

 

この映画、監督エリック・ロメールの代表作なのだそうです。確かに一見おしゃれなだけの観光映画?のようでいて、観賞した後いろいろ考えさせられました。緑の光線を見るまでのヒロインの旅は無駄ではなく人生の次の段階へ進むのに必要だったのではないかと。

 

前半、フランソワーズら友人たちとの庭でのティータイム。「あなたは強情なのでは?」と言われてデルフィーヌは「強情なのは私ではなくて人生の方」と答えます。このセリフが気になりました。何だか若い頃、自分も同じようなことを感じていたような。

 

ビアリッツで出会った自称スウェーデン人女性に「私に誰も寄ってこないのは私に価値がないから」といいます。ただの自虐か愚痴のようにも聞こえますが

この言葉はパリの友人たちには言いにくいのではないでしょうか。そんなことを言えばすごく心配をかけそうで、病院に行けとか言われてしまいそうで(笑)。

逆に行きずりのつきあいの浅い人に対しての方が

言えるのかもしれません。自分に価値がないというのはつらい真実ですが、旅を続けるうちにデルフィーヌは自分が満たされない原因は外側にではなく、自分の中にあるのだと気づきはじめたとも言えます。

 

でも友人たちも自称スウェーデン人も解決策として新しい恋人を得ることを勧めます。でもデルフィーヌは今までと同じ恋を繰り返すのは無意味だと感じていました。彼女がひかれた青年がバカンスを楽しんでいる男たちではないことにも意味がありそうです。

 

ふっと思ったのですが、『緑の光線』のような映画を日本を舞台に制作して海外の映画祭へ

出品したらいいのではないでしょうか。東京の美人OL、だけど何等かの問題を抱えている女性があちらこちらを旅するうちに人生の真実に目をひらき、求めていた存在に出会う―それをみた海外の人は日本を旅行すると自分の問題が解決するかもと期待して観光に来る?かもしれません。

 

その映画が撮影されるなら道端で「ごくまれな現象だけど、あの湖が凍ってひびわれる音を聞くと頭が晴れるのよ」とおしゃべりするおばさんの役を演じてみたいものです(笑)。