「怖い絵」で人間を読む 中野京子 NHK出版 2010年 | 実以のブログ

「怖い絵」で人間を読む 中野京子 NHK出版 2010年

母が亡くなってから初めて図書館で借りた本です。NHKで「怖い絵」についての番組が放送されてしばらくの間、この著者の本は図書館でも予約がたくさんで読めなかったのを棚で見つけて思わず手に取りました。

 

番組で視た中で今も憶えているのがベックリンの「死の島」。険しい岩と糸杉だけの島に棺を載せた小舟が接岸しようとしている光景。美術館でならともかく、あまり自分の部屋で毎日見たくはない絵だと思いますが、この絵は大ヒットし、「複製品や版画は飛ぶように売れ、ドイツの全ての家庭の壁に掛けられた」と言われたそうです。著者によればその理由の一つは19世紀になって恐ろしくて不潔な場所だった墓地が清潔になり、「この絵のような墓地」に埋められたいと願いを持つ人が多かったから。もともと亡夫の喪に服し、夢想する絵がほしいという未亡人から注文で描いたのだそうです。海の上の岩だらけの島なんてお参りするのがやたら大変そうな墓ですが(日本人的には)。

 

もう一つの理由が描かれた時代のヨーロッパの情勢が不穏で社会全体が戦争による「十把ひとからげ的な惨い死の予感に怯えていたから。同じ死でもこの絵には「尊厳ある個人の死の趣が感じられる]とのこと。2019年の今も不穏な情勢です。誰かが東洋版か日本版の「死の島」を描いたらいいかもしれません。

 

ゴヤの『我が子を喰らうサトゥルヌス』や衝動殺人の現場の絵であるレーピンの『イワン雷帝とその息子』、多くの人が殺される姿を描くブリューゲルの『死の勝利』など一見して「怖い」絵ばかりでなく、ベラスケスの『ラス・メニーナス』やボッチチェリの『ヴィーナスの誕生』など美しい名画として親しまれている絵もこの本で取り上げられています。ボッチチェリの貝の上の裸体のヴィーナスは結核の疑いがあるのだそうで。

 

 

ハプスブルク家関係の展覧会がある時、必ずメディアに登場するヴィンター・ハルターの『エリザベート皇后』もまなざしにあてどなさがあり、スカートの右下あたりから不穏な影がさしています。著者がエリザベートと夫フランツ・ヨーゼフ2世の母ゾフィとの関係が日本的嫁姑合戦に矮小化されて語られる場合がほとんどなのが残念なのだそうです。特にルックスについてゾフィはエリザベートに嫉妬する必要がない美貌の持ち主で若い頃はあのナポレオンの忘れ形見ライヒシュタット公と噂があったとか。わずか21歳で結核で早世したライヒシュタット公の肖像画も載っています。これは初めて見た絵。

 

これは初めての祥月命日に母に備えたキッチンブーケです。よい香りのフリージアとピックに刺したキンカン。

 

もうすぐ四十九日、母は今頃『死の島』へ向かう舟の上で大好きなレーズンバターロールでもかじっているかしら? 喪中に読むのにいい本だったかもしれません(笑)。