2014年の観劇より『鷗外の怪談』
2014年は1月の母の入院、手術にはじまってなぜか予定外のことが多かったように感じています。2月に地方に住むいとこの結婚式で予定外の旅。それからなぜか予定外の観劇?もいくつかありました。
考えてみると母の病気以外は楽しい予定外ばかりだったかしら? 経済的にはちょっと大変でしたが。10月の二兎社公演『鷗外の怪談』も予定外。幸徳秋水ら12人が処刑された大逆事件を扱っていることを夕刊で知りました。新聞に出る頃にはたいていチケットは売り切れているものですが、今回はたまたま代休消化を予定していた平日にチケットが取れたのです。
主人公は陸軍軍医総監で作家の森鷗外、彼の書斎を舞台に出産を控えた妻しげ、母峰、この事件の担当弁護士の平出修、若き日の永井荷風、そして国家権力を代表する立場の鴎外の親友賀古鶴所らが登場します。時は明治43年10月から翌年2月。セリフの中に語られるそれぞれの立場から見た大逆事件とは―
峰:これ、お上が秘密にしたことを知りたがったりするんじゃない。逮捕者の名前を見れば、大方の予想はつくだろう。なにせ、あの有名な無政府主義者の、ナントカカントカという男が…
平出: そうなんですが、爆弾も未完成、いつ、どこで、どうするといった計画そのものがない。まだ陰謀にもなり切れない淡い夢のようなものでして…ところが捜査当局は、これを国家転覆の一大陰謀事件と見て、無政府主義者・幸徳秋水がその首謀者であると断定した。
荷風:僕が住むだだっ広い父の屋敷は、市ヶ谷監獄署の裏手にある。今、その監獄に幸徳秋水と仲間たちがつながれている。僕は昔、彼らには全く興味がなかった。だが今は窓を開け、目の前の獄舎に彼らの影を見ようとする。囚われの心を想像する。僕がこんなふうになったのは、何のせいだと思いますか?
クリスマスイブ、森家の新入りの女中スエはシチューを作ります。そのレシピは身に覚えのない罪で捕らわれた大石誠之助に学んだものでした。
スエ:先生、ドクトルを助けてください。先生は、あの裁判の弁護の相談に乗っている。その上、なぜか処罰の相談にも乗っている。どっちの相談でもええですから、先生、ドクトルを助けてください…。
この事件をきっかけに社会主義者、無政府主義者を弾圧しようとする権力者の腹心でありながらも「かくも愚かな不自由を押しつける国が、栄えていくはずはないんだ!」と考える鷗外こと林太郎。しかし結局政府に対して行動を起こすことはできず、作家としての作品の中でしか訴えることはできません。その作家活動さえもじわりと締めつけられて―。
世の中が危ういと痛感しながらも、嫁姑問題に振り回され、家族サービスに頭を悩ます鷗外。何かよくないことが進んでいると感じながらもクリスマスを祝い、子供の誕生を喜び、暮らしていく人々。この事件から100年余りたった現代の私たちの姿に重なります。世界では女学校から多くの少女がさらわれ、恐ろしい状態におかれたり、小学校が襲撃されて子供たちの命が奪われたりしているのに―勤めをこなし、家事をし、クリスマスの飾りつけをしたり、年賀状を書いている日常が不思議でなりません。
大逆事件に興味を持ったきっかけはこの出来事の舞台の一つがたまたま私が暮らしたことのある街だったからです。ある人からは「大逆事件は日本の近代の最深の暗部である。お前のようなオタクが扱うべきでない」と叱られました。でも歴史オタクだからこそこの事件を理解したいし、私より若い人々にも知ってほしいと思うのです。
ホームドラマタッチ、コメディータッチの中に歴史的な大事件を浮き彫りにした『鴎外の怪談』。この芝居の作者永井愛氏には絶対かなわないとは思いつつ、自分も将来何かこの事件について創作が出来たらと考えている私、この戯曲が掲載されている『悲劇喜劇』11月号を買いました。
