初めての新装歌舞伎座、初めての幕見席
7月の歌舞伎座夜の部を幕見席で鑑賞しました。歌舞伎座が新しくなってから初めての観劇。新歌舞伎=明治以降の近代的教養のある作者による歌舞伎を上演すると知って観たいとは思っていたのですが観劇日を決めあぐねているうちに私に無理なく買える3階席はどの日も完売になってしまいました。それで今回初めて幕見席を利用しました。
一番観たかったのは岡本綺堂作『修禅寺物語』でしたが劇場に着いた時、夜の部最初の演目『悪太郎』の幕見は既に売り出されていましたのでそれと通しで買ってしまいました。
『悪太郎』が1000円、『修禅寺物語』は1200円。幕見席は料金が手ごろですが上演前に専用の出入り口で並んだり待ったりしなくてはならないので今まで尻込みしておりました。でも利用してみると予想外に快適。劇場職員の人がチケットの整理番号順にとてもかいがいしく案内してくれるので、早めに買いさえすればちゃんと着席できます。確かに舞台からは遠いけれど高いところからなので舞台全体が見渡せて芝居がしっかり分析できます。オペラグラスさえ持っていけば表情や衣装の細かいところもわかるので学生が歌舞伎のレポートなどを書く際などにはお勧めですね。
幕見席の観客には旅行者らしい外国人が目立ちました。私の隣に坐っていたヨーロッパ人の青年は腕に弁天小僧と義兄弟になれそうな派手なタトゥー。でも国籍も年齢も性別を問わず時間と体力をかけてでも歌舞伎を観たい者ばかりが集まっている雰囲気、悪くありませんでした。互いに話をするわけでもないのですが一体感があって集中して観られたのです。以前、新橋演舞場の二階席で『助六』を観た時は隣の席のカップルの女性の方が芝居に飽きてしまったのか、化粧室へ行ったりアイスクリームを買ってきたり、出入りを繰り返していたのが少々気になりましたから。
『悪太郎』は酔っ払いの乱暴者が旅の僧と出会ったことから仏門に入ってしまう顛末を描いた喜劇風の舞踊。外国人にもわかりやすいのでしょうか?
『修禅寺物語』は上演時間1時間少々の中に人間の愛やあこがれ、芸術にかける思いなどを描き出した名作。偉大な父親に及ばない自分に悩み、親族の策謀によって破滅する日本版ハムレット源頼家の死を描いている点、典型的な新歌舞伎。シェイクスピアの影響が感じられるのです。
今回の上演は歌舞伎界に入ってまだ年数の浅い市川中車が面作師の夜叉王。以前にテレビで視た吉右衛門の夜叉王にはもちろんかなわないし、他の配役も若手中心だったようですが、生で観られてラッキー。
冒頭、夜叉王の家で桂(かつら)と楓(かえで)姉妹の会話。十八歳の妹の楓は父の弟子と夫婦になっているのに二十歳の桂は独身のまま華やかな世界へ出て高貴な人と会う夢を追い続けています。十代でこの戯曲を読んだ時、生まれ育った田舎町に居場所がないと感じていた私は桂に共感していました。自己主張の強い桂に比べると楓はいわゆる良妻賢母型の女性と思っていましたが、今回の上演で楓にも強さを感じました。夜叉王が頼家に迫られ、出来に満足できていない面を渡してしまったことに絶望し、今までの作品をこわそうとする時、楓は止めに入ります。そして「つたない細工を世に出したを、さほどに無念と思し召さば、これからいよいよ精出して、世をも人をもおどろかすほどの立派な面を作り出し、恥をすすいで下さりませ」と自分の考えを述べるのです。夜叉王は娘たちを「姉は母の血をうけて公家気質、妹は父の血をひいて職人気質」を評しています。楓は桂に比べて受動的な女性なのではなく、職人気質を貫いている女性なのかもしれません。あるいは楓のように親の代から引き継いだものを守っていく人生も弱くては歩けないことを私が学んだのでしょうか
歌舞伎座が新しくなって一年以上、観劇しなかったのは仕事の変化や家族の病気などで落ち着かなかったせいもありますが、何よりチケット料金が高くて。今回も1等席なら取れなくもなかったのですが、なんと18000円! 2等席でも14000円! 歌舞伎通の方のブログによれば、3等席はもともと数が少なくて取るのが難しいのだそうです。
以前着付けを習っていた時、呉服屋の女将でもある先生から「歌舞伎は舞台が華やかだからそれに負けない装いで、舞台を盛り上げてあげるような気持ちで」といわれました。つまり正絹の染めの着物に織の帯、フォーマルに近いドレスコードなのだそうで。特に1等席なら結婚式に出てもいいくらいな感じにしなさいとのこと。紬の類はどれほど高価でももとはといえば野良着なので一階席にはそぐわず「3階席ならまあいいかな」。
しかしこんなに高価だと、私の場合今後歌舞伎座一等席に盛装して行く機会はそうそう得られないでしょう。一年に一回でも難しくて何かの記念の時だけ、例えば還暦とか古希とか?これからの私の歌舞伎人生は普段着で幕見席なのでしょうか。