日中’楊貴妃‘の響演 | 実以のブログ

日中’楊貴妃‘の響演


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4月21日、日本橋公会堂で『日中‘楊貴妃’響演』を観ました。

崑劇、京劇、日本舞踊の中に描かれた楊貴妃の悲劇。語り手として登場するのが玄宗皇帝の楽師だったが今は落ちぶれて流浪している李亀年。最初は崑劇からヒロインが皇帝の貴妃に迎えられ、愛を誓い合う「定情」のシーン。その後京劇のポピュラーな演目「貴妃酔酒」。玄宗に酒宴の約束をすっぽかされた楊貴妃がヤケ酒を飲んで酔っ払い、廷臣たちを困らせる色気とユーモアのあるシーン。日本人には中国の古典劇=京劇と思っている人が多いのですが(私もそうだった)京劇は北京の地方劇で、本来中国の演劇の「母」と言われるのは江南地方(長江下流の南岸)に発祥した崑劇なのだそうです。両者の目立ったちがいは劇中音楽の主役の楽器。崑劇はしっとりとしたメロディを奏でる横笛なのに対して京劇はにぎやかな胡弓の響き。

 中国の伝統演劇を生で観るのは初めての経験です。必ずしもストーリー全体の上演でなく、場面ごとでも楽しめ、鑑賞できる点が日本の歌舞伎と共通していると感じました。庭園で楽しく歌っている玄宗と楊貴妃に安禄山の反乱軍襲来の報がもたらされる「驚変」の場面は栄華が突然終わり、危機に直面するドラマ。そして楊貴妃の死を描く「埋玉」の場。玄宗の兵士たちが「国を傾けた楊貴妃を殺さなければ皇帝の命令にも従わない」と迫っていると告げられたヒロインは、はじめは嘆き、怯え、ひたすら玄宗にすがって命乞いをします。何だか日本の歌舞伎や浄瑠璃に登場する女性たちに比べて「往生際が悪い」と思いました。ところが玄宗が「貴妃を失って天下を取り戻しても何になるだろう。どんなことをしても楊貴妃を守る」と宣言したことが、逆に楊貴妃の心を目覚めさせ、死に立ち向かう勇気を与えるのです。古代中国では自害を命じる時、首吊りに用いる白い長い絹の布を受刑者に渡します。その白い練り絹を廷臣から受け取り、皇帝の身を気遣う言葉を遺す貴妃の姿。権力者のペットに過ぎなかった女性が本当の愛を知り、苛酷な運命を受け入れる自立した存在へ変貌してゆくさまが歌と踊りで表現されます。なぜ楊貴妃が千年以上もの間人気を保つヒロインなのか理解できました。

唐の武将郭士儀と謀反人安禄山との戦闘シーンの後、三幕目は日本舞踊、長唄の「楊貴妃」。年老いた玄宗がさびしい夜を過ごしているところへ、楊貴妃の亡霊が現れます。夜明けまでの間だけでも昔のように過ごそうと玄宗に語る楊貴妃。登場人物たちの衣装は通常の日本の着物に帯、袴ですが玄宗役の男性の着物に中国の皇帝風の模様の衿がかかり、楊貴妃役の髪飾りも中国風です。海をへだてた日本人にも愛され、日本の風土に転生した楊貴妃の物語。

日本と中国の確かな絆を感じさせるとても巧みに構成されたすばらしい企画でした。しかし風雨が激しい上に寒い天候のせいか観客が少なく、はじめは二階の自由席で観ていた私にスタッフの女性が「一階の端の席に移動してかまいません」と案内してくれました。それからこのスタッフの皆さんが全員きりっとした着物姿だったこともすてきでした。

現在のような政治情勢の中で、こういった公演を遂行した演じ手、制作者の皆様に心からの敬意と感謝を表したいと思います。