今年の観劇よりシアター・クラシックス・ドラマティック・リーディング『セブン』
11月初めにこれを観てからブログに書こうと思いつつ、いろいろと忙しくてPCに向かう時間がとれませんでした。
今年観た舞台の中で最も印象的な公演でした。
公演の詳細は下記をごらんください。
シアタークラシックスのHP
http://tcrep-japan.com/info.html
マリーナ役の女優、星光子さんのブログ
http://ameblo.jp/ucoyukoyu-ko/entry-11395954985.html?frm_src=thumb_module
リーディング、つまり朗読劇ですが架空の物語ではなく、現在世界で起こっていること
その渦中で生きている7人の女性たち自身の言葉でできています。
演出家の三田地里穂先生と7人の女優さんたちはたった3日、24時間でこの作品を仕上げたそうです。時間がとれないからではなく、これが「ドラマティック・リーディング」の手法とのこと。それから終わった後で観客も含めてのディスカッション・セッションが
あるのも普通の演劇とちがう点です。
観劇から一か月以上たった今になって見えてきたのですが、この手法だからこそ表現できるものがあるのです。
つまりもしもっと時間をかけてしっかりと稽古し、女優さんたちが役作りを仕上げてしまうとそれは本当のお芝居になってしまって現実から距離ができてしまうのではないでしょうか?
演出も演技もいわば未消化の状態であえて発表することにより、7人の語ることが今まさに世界で進行中のことであり、観客たち自身にも無関係ではないということが伝わってくるのです。
私は11月2日夜7時からと11月3日5時からの2回を観ました。同じ公演を2回観るというのははじめての経験で、これも1500円という手ごろなチケット代だからできたことです。やはり1回目と2回目でそれぞれちがうものが得られました。
ごらんになった方にはなぜそうなるのかという説明もないままいきなり会話が始まり展開していくのが難解であるという感想をおっしゃっている方もいらっしゃいますが、私はまったく難解さを感じませんでした。むしろ世界というのはこんな風にあちらこちらでいろんなことが起きている、それが呼応し、影響しあって動いていくまさに歴史そのものが舞台にのっていると感じさせられました。
子供時代からの恩人?の女優星光子さんが演じられたロシアのマリーナ・ピスコクラコヴァ・パルカが語る夫の暴力がもとで寝たきりになった女性からの悲痛な電話。マリーナ自身が家族や夫の愛にめぐまれていたけれど、そうでない女性たちのために立ち上がります。
赤やピンクのケシの花をみると「私の国は美しい」と感じるというアフガニスタンのファリーダ・アシジ。でもそのケシのミルクがおとなしくさせるために母親から赤ん坊に与えられることは問題だと言います。ファリーダのお話で衝撃的だったのは旧ソ連のアフガン侵攻で家のリビングが爆撃されたこと。今の日本も近隣諸国との折衝をまちがえば、そんなことが起こってしまうかも。
それを防ぐヒントになりそうなのは北アイルランドのアイネーズ・マコーミックの言葉。
「異なる意見の人々を尊重することこそ真の民主主義」
お願い、日本の政治家の皆さん、隣国を刺激したり非難することをやめて下さい。あの人たちがああいうのには深い歴史の問題がからんでいるのですから。
カースト上位の男たちにレイプされ、「あの馬小屋の1時間が私の人生を破壊した」と感じたパキスタンのムクタラン・マイ。訴えようとして役所にいくと「自分がレイプされたなんてことは口にしてはいけない」と言われてしまう。私は幸いにレイプされたことはないけれど、今まで生きてきてムクタランと同じように何かを話すと「そんなことは言うと損だ」という反応を示されたことがありました。ムクタランの訴えは取り上げられ、男たちは罰せられて国から償いの金を与えられますが、彼女はいいます。「私に必要なのはお金じゃない、学校だ」と。
一番ずきんと来たのがカンボジアのム・ソクーアの言葉。
「ベトナムの戦争が自分の国にまで及んでくるなんて思いもしなかった。ビートルズを聴いていたのよ」
漠然と戦争が起こる国はもともと民主的ではなくて人々が圧政に苦しんでいるというイメージがあったのですがカンボジアはそうではなかった、とりあえず今のところ国内は平和の日本も気をつけないと。私事ですが中国と韓国に関係した会社で働いています。まさにム・ソクーアと同じ気持ちです。「あの著名な俳優を弟に持つ老政治家の言動が自分の職場を危機に追い込むとは思いもしなかった」
ナイジェリアのハフサット・アビオラの父は「貧困脱出」を掲げて大統領に当選しますが軍事政権に殺されてしまいます。でも彼女は「私はパパやママがなぜ死んだかは問題ではないの。問題は彼らがどう生きたかよ」と言い、抑圧されている女性たちに手をさしのべています。アビオラは老人にむりやり嫁がされそうになって逃げてきた少女を助けます。彼女は少女の家族と向き合い、少女が結婚ではなく、医学の勉強をしたがっていることを語り、了解を得ます。男社会に怒るだけではなく、勇気をもって対話していくべきなのですね。ハフサットはリーディングの最後で「私たちは立ち止まっちゃいけない、休んでちゃいけない」と言います。
私も「セブン」を観たからにはしっかり生きていこうと思うのです。