マドモアゼル謙信?
マドモアゼル謙信:呼んだ?
カネゴン王妃:こやつは何者じゃ?
美以:この人は、そのう、なんといいますか、今お話に出た上杉謙信です。
カネゴン王妃:そちは女であったのか?
マド謙信: そうよ。この国でもたいていの人は男だと思ってるけど。
美以: 十年ばかり前でしたか、八切止夫氏の謙信女性説を読んでから、どういうものか私の頭の中には謙信というとこの人しか来ません。
マド謙信:(カネゴン王妃にむかって)あなたの国でいえば、そうね、アン・ブーリンの娘のエリザベス1世と同じ年代かしらね。私の方が少しお姉さんだけど、いっしょに小学校行ってたかなあみたいな。
カネゴン王妃:エリザベスはわらわにとっては敵ではあるが、まあ、頭のいい女ではあったの。
マド謙信:私はエリザベスが一生結婚しなかった気持ち、わかるわ。なんていうか、男ってものに頼れなかったのよ。一緒にお茶したら話が合うかもね。まあエリザベスは日本風に言えば、泰平の世の天下人になったけど、私はねえ……。(ため息をつく)越後を統一して関東管領になるのがやっとだった。
カネゴン王妃:それは気の毒なことじゃ。
マド謙信:まあ、私は天下人になろうなんて不埒なこと考えたことなかったし、後世の人があれこれ言うようにそんなチャンスもなかったんだけど。でも関東管領になった時はうれしかったのよ。美以の時代におたまの時代に「マドモアゼル・モーツァルト」というミュージカルがあるでしょう。もともとはマンガだったらしいけど。あれみたいに「マドモアゼル謙信」ってミュージカルを作ってもらうのが夢なの。
美以:(カネゴン王妃にむかって)だからマドモアゼル謙信って呼んであげて下さい。ちょっ
と長いけど。
マド謙信:私が小説やお芝居になる時って、川中島の戦いのことばっかり長くなるけど、そのミュージカルのハイライトシーンは鶴岡八幡宮の管領就任式にしてほしいの。きれいな衣装を着て、『ドント・クライ・フォー・ミー・アルゼンティーナ』か『ユー・レイズ・ミー・アップ』みたいな歌を歌うのよ。
美以:(カネゴン王妃に向かって声をひそめて)川中島で武田信玄と一騎打ちした人が実は女だったって話なら創れそうだけど、都へ行って帝や将軍に謁見したり、大徳寺へ行って座禅くんだり、関東管領に就任した人が女だったっていうのは無理だって言ってるんだけど、きかないんです。
マド謙信:あーら、関東管領はローマ教皇じゃないんだから男かどうかの検査なんか受けなくても就任できるのよ
。
美以:でも、あなた二十七歳の時に「比叡山で出家する」って手紙を書いて、城を出たでしょう。その頃、女が比叡山になんか行けたかしら。
マド謙信:誰が比叡山へ行くものですか。
美以:(カネゴン王妃に向かって)比叡山に行くっていうのは、イングランド風に言えば
修道院に入るみたいなものです。この人は日本の戦国武将の中では信心深かったことで
有名なんですけど。
マド謙信:美しい女城主が国を捨てようとする理由なんてほら、あれしかないじゃない。
カネゴン王妃:何じゃ?
マド謙信:ある男のもとへはしったのよ。でも越後と信濃の国境に来た時、どうしただか
体が止まってしまったの。
カネゴン王妃:何と申す男のもとへ行こうとしたのじゃ?
マド謙信:それはね、(笑って)またいつか話すわ。
八切止夫氏の「上杉謙信女性説」は謙信が戦に出ては撤退する日取りが女性の生理周期に似ているあっていることや、都へ行った時に将軍の妻の家つまり女所帯に逗留していることを根拠として説得力があります。史実とは思えなくても、戦国武将中もっとも勇ましく男性的で
厳格(悪くいえばユーモアのセンスに欠ける?)なイメージの武将が「実は女だったかも」と
いう説があるのは、なにやら男社会の抜け穴を見つけたようで、女の私としては愉快なのです。