松本清張著「水の炎」
角川文庫、1976.11初版、07年5月65版
キャッチコピーは「美しい人妻の心の遍歴の行末を描く、ロマンサスペンス」
ヒロイン塩川信子は冒頭では、同じL大学の通信教育を受けている草間泰子の眼を通して描かれる。
「ほっそりとした身体で、背が高かった。いつも純白のスーツを着ている」
彫りの深い顔、きれいな眼、知的なふんいき。美しいが同性の反発を買うようなところのない、気品のある女。
泰子の婚約者はL大学の経済学の助教授浅野忠夫32歳。若き日のベートーベンを思わせる容姿。
「ちょっと見ただけでは惹かれない男だが、ながくつき合っているとだんだん良さのわかってくるようなタイプ」
泰子は浅野に満足している。しかし浅野は泰子を妹のようにしか思えず、卒論のことで彼の家を訪問する信子の
とりこになる。
男にも女にもあこがれられる信子だが、相互銀行の若手(35歳)常務の夫弘治には愛されていない。弘治にはこの信子の気品が「とりすましている」と気にさわる。弘治は愛人成沢枝理子を使って、浅野と信子がツーショットで会うようにしむけたり、彼らの情事をでっち上げようとする。その一方で弘治は信子の実家である
伊豆長岡の高級旅館へ行き、信子の父に自分が関わっている観光事業へ1億円出資させようとする。つまり妻の家から金を出させた上で、不貞を理由に離婚しようというわけ。信子の父は娘夫婦を離婚の危機から
救いたい気持ちもあり、出資してしまう。こんな邪悪な男とは別れた方がいいのだけど、とにかく女を
家庭に落ち着かせておきたいこの小説が書かれた時代(昭和37年)の価値観。
浅野先生はいわゆるいい人だが、恋愛に関してはサイテー男。自分の気持ちを知って訪問を中止した信子に
丸善の貴金属売り場でイアリングを買っていきなり送りつける。信子が気持ちを整理しに信州へ旅立ったと
知ると自分もあわを食って信州へ向かう。出がけに母親に泰子は自分に向かないから断りの話を「お母さんから、泰子さんに話してくださいませんか」と頼む。これ泰子の立場からするとひどいです。振るのもいいけど、ちゃんと自分で話さないなんて。
信子は上諏訪へいくつもりが、電車の中でなれなれしく話しかけてきた男がいやで、甲府で下車、湯村温泉で
泊まる。中央線に乗る時も彼女はなぜか白いスーツ。一人旅にそんなものを着ていってよごれるの気にならないのかな。
同じく湯村温泉に行った浅野は偶然会った友人の協力を得て信子の泊まっている宿をつきとめようとする。結局浅野は自殺。信子への失恋もあるかもしれませんが、こういう
インテリでプライドの高い男は、ストーカーまがいのことをしてしまった自分が受け入れられなかったのでしょう。
弘治以外の登場人物がやたら信子をほめたたえるから、途中までうんざりしました。清張先生も美人には弱いのかと。彼女は確かに容貌や服装のセンスだけでなく、心もエレガントな女性。弘治が愛人のところに入り浸りだからと言って、その仕返しに浅野先生と恋に落ちたりしません。浅野への思いは終始、先生としての尊敬。
でもその彼女のエレガントさが自分も周囲も不幸にしていたのかもしれないことが、結末で見えてきます。
それは信子の親友、川田美代の言葉で語られます。
「信子は美人で頭脳(あたま)がよくてセンスがあって学問が好きで、お金持ちのご両親の家からお金持ちの旦那さんの所に嫁った。はたから見ればこれほど仕合わせなひともないだろうけど、あたしは信子が仕合わせだと思ったことは一度もないよ。あんたは学生時代から自分がどうしてもこれが欲しいというものが何もないってよく
言ってたけど、今でもその通り、自分で責任もって何をしようってことは全くない。信子の旦那さんってひとも好意のもてない男らしいけれど、ある意味では信子の被害者なのかもしれないじゃないか。大して好きでもないのに結婚したというのが大間違いのもとだけど、世間体やら親たちのために別れないなんていうのは間違いをいくつも重ねることじゃないか。いま信子に必要なことは自分が本当にしたいことは何かをよくよく見きわめることだね。
お父さんや旦那さんのお金を当てにしないで自分の力で生きてみたらどうだろう」
塩川弘治は出資した観光会社の重役に裏切られ、野心は悲劇的な結果になり、厚かましくも彼は信子と別れるのをやめようと考えますが、もちろん×。信子はおそらくは破産したであろう実家にも戻らず、「小さな会社で事務ぐらい」は取りながら自立の道を模索することに。
清張は女性が自分で社会に向き合うことに賛成する人だったのです。そう思うと勇気が出てきます。
2010年の現在、この塩川信子のような裕福な「専業主婦」になりたくて婚活している女性のみなさん、
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