梅雨と西洋風呂(松本清張)
タイトルは「つゆとせいようぶろ」ではなく、「ばいうとせいようぶろ」と中表紙にふりがながされています。
この題名にひきつけられて図書館で予約しました。
主人公の名は鐘崎義介、47歳。「南側が海で、北側は山の多い県」で、父祖からの酒醸造業と「民知新聞」なる
市政に批判的な新聞社を経営、市会議員もつとめるやり手の男。その民知新聞に土井源造という32,3歳のさえない小太りの男が雇われるところから物語ははじまります。市長選対策のために自分の本拠の水尾市から雲取市なるところへ出かけ、「波津温泉」に一人泊まった義介は、宿の女中に貧弱なバーに案内されます。バーの
裏側には鉄筋二階建ての現代的アパートがあり、義介はそこで、カツ子という若い美女と関係を持ちます。モダンできれいな建物ですが、つまりは売春宿。
「中は、はいったところが玄関先に当たる狭いコンクリートで、上がったところから深紅の絨毯になっていた。
リビングキチンというのか、しょっぱなが台所で、そのつづきの六畳ぐらいの広さが応接間と居間とを兼ねた場所だった。しゃれたテーブルを真ん中に、長椅子と肘掛椅子五つは見るからに柔らかそうな、蒼味がかったグレービロオドで、これが緋色のカーペットによく映える。椅子の背には派手な刺繍のクッションが置かれ、長椅子のほうにはそれが三つも飾られてあった。 上を見あげると、古典ふうなシャンデリアが枝をひろげていて、暗いところ
から来ただけに、これが太陽のように明るかった。窓々はピンクのカーテンがゆるやかなひだを垂らし、飾り棚には西洋玩具や陶器がならび、木目を出したデコラの壁のほどよい位置には複製の油絵がかかり、隅にはギターが立てかけてあった」とまあ、精一杯洋風な居間ですが、寝室とはなぜか襖(ふすま)でへだてられております。
そのふすまにも洋服生地が貼ってある。でお風呂はもちろん「そこは半分がトイレ、半分が浴室に区切られていて、そのタイル張りの隅には低くて細長いピンク色の洋式浴槽が置かれてあった。浴室には湯気が立ちこめ、上の電灯も窓も白い靄の中に包まれていた。義介は、こんな寝棺のような西洋風呂は落ちつかなくてなじめなかったが、これもいやだとは言えず、カツ子が消えた間に仕方なく着物を脱いで、浴槽の中に脚を入れた。浴槽はタイルではなく、合成樹脂製なので、色はピンクだし、子供のおもちゃの風呂にはいるような気がした。」
短いスカートをはき、猫のような化粧に、額に垂れ下がる長い髪、マニキュアはなんと銀色のカツ子は、東京で新劇の劇団研究生だったという知的な女性。彼女に夢中になった義介は、りっぱな自分の屋敷の檜造りの風呂を「野暮」「陰気」だと感じ、「合成樹脂だなんて近ごろのアパートみたいじゃないの」という妻の反対を押し切って、ピンクの「西洋風呂」つまりポリ風呂にに改築してしまいます! 光文社のカッパノベルス、初版は昭和46年5月。そういう時代だったんですね。2010年の今、ポリ風呂の持ち主が檜風呂にあこがれることはあってもその逆はあるかしら?
一方で、一見まじめだけが取り柄の愚鈍な男と見えた土井は、雇い主が女に入れこんで仕事がおろそかになったことにつけこんで策動します。義介の屋敷に据えられたピンクの「ポリエステル風呂」と、「浴槽の中で裸体をくるくる回す」カツ子の健康法は、結末の殺人に関係するのです。
次期市長選に誰を担ぎ出すのか? といった地方政治の問題。その中で地方の名士とも言える分別盛りの男が、洋風なもの、都会的なものの虚飾に魅せられて、破滅の道をたどります。題名から期待した通り、楽しめました。 それからおそらくこの小説が書かれたころと思われる時期の記憶がよみがえりました。ある日、新聞に
工務店?の広告が入っていて、そこには色とりどりのポリ風呂の写真がありました。小さな女の子だった私は
その中のピンク色のものを指さして「これがいいの」と言ったけど、母はうす緑の色のがいいと指さしました。もちろん我が家に風呂改築の話はなく、風呂はまきでたいておりました。