ゴッホは殺されたのか
本当に久しぶりのブログ更新です。生きてます!私。
暮れから年末にかけて次の本を読みました。
「ゴッホは殺されたのか―伝説の情報操作」
小林利延著 (朝日新書2008/2)
この本によれば、ゴッホの死は自殺ではなく、他殺です。
1890年7月の彼の死の原因となった銃創は
「肋骨をかすめて弾丸は腰を貫通し、股のつけ根の
右側に達している」これは、自分で撃つのは難しい
やり方。自殺ならたいてい頭か心臓を撃ちますものね。
目撃者は誰も存在せず、ゴッホは脇腹を抱えて宿に帰って
来て、自分をピストルで撃ったと周囲の者に言いました。
そのピストルも見つからないまま。
容疑者は彼の理解者で、生涯をかけて支え、愛し続けた弟のテオ。
テオは心から惜しみなく、兄のヴィンセントに尽くしていた
わけではなく、彼には彼の生活があり、それを兄に壊されることを
怖れての犯行。ゴッホは母となった女性しか愛せないという傾向が
あり、その気持ちがテオの妻、ヨーに向けられた可能性もあるとか。
またこれまでゴッホ研究は、兄弟二人が亡くなって十年以上後、
ヨーによって出版された『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ弟への書簡集』
を主な資料としているのだそうです。しかしこの本はヨー未亡人に
よって兄弟愛の伝説を創作するような形に編集されていると
著者は言います。
昨年、テレビで滝沢修主演の「炎の人」を視ました。あの劇の中では
牧師として炭坑労働者を助けられないことに絶望して画家になるのですが、
これも事実とはちがうようですね。上記の本では牧師になるための国家試験の
勉強がうまく行かず、精神を病んで画家を志すのです。以下は同書66頁からの
引用です。
母親は「どこへ行っていても、何かをしていても、ヴィンセントは風変わりな
言動と、人生に対する奇妙な考え方や見方で何事もだめにしてしまう」と手紙を書き、
(中略)またピーテルセン牧師は両親に「ヴィンセントは、自分自身で自分の幸福を
だめにしてしまうような人に見える」と書き送っています。(ヨーの『思い出』より)
今でいう何らかの人格障害か、発達障害のあった人なのでしょう。すばらしい絵を
遺した人ですが、生きている時は本人も家族も大変だったのですね。
新年早々、こんな本を読んでいる私って一体?