真実って何だろう?

 

「真実」って何だろう?

ずっと昔から「真実」を追求してきたけど、

実際の、本当の真実を見つけることが出来ない。

この世界の真実に近いものはある程度分かっているけど、

上には上があり、その真実が遠のいて行く。

この世界の目に見えるものは、

その通りであるが、

上の世界は目に見えるわけではなく、

想像や感覚的なものであって、

真実かどうかは分からない。

 

ある事象の結果が起こり、

その真実を追うが、

その原因となっているものを見つけても、

その原因のまた原因がどこかにあることを

知ってしまう。

高次元で起こった事象が、

この低次元世界に投影されてくるのだから、

この世界で真実を得ることは不可能なのかもしれない。

 

誰かが動く、その理由または原因が見て取れても、

その原因の元になっているものは、

その本人にも認識できていないだろう。

 

「真実」は、その当事者にしか分からないと思っていたが、

実際は、当事者にも分からない部分がある。

100%に近いところまでは、追い詰めることは出来るかもしれないが、

100%にはならない。

 

それが、今、グラついている考えです。

この世界だけでなく、上の次元から物事を見るようになれば、

決めつけも出来ないし、

自分が起こした感情が、巡り巡って自分に返ってくることが分かる。

くしゃみひとつでも、心の中でふと思ったことでも、

その結果が、いつか自分に返ってくる。

その結果の真実が、自分がくしゃみをしたこと???

 

何十億年も前に、異星人が屁をした!
その結果の事象が今、この世界が狂っている現状になる!

それが「真実」かもしれない!???

いや、「真実」は、その異星人が昼に芋を食ったから!となるかも?

 

つまり、

「真実」というものは、その真実を追い求める人が、

何をもって納得できるかということかもしれない。

どこまで追っても、高次元まで追っても、その先があるから。

 

「事実」は、記録されれば「事実」となる。

見た、聞いた、触れた、感じたなどを記録したら事実となる。

記録されなければ、それは想像の領域になる。

記録とは、現代ではビデオ、録音、センサー記録などなどだが、

感じたことなどは、文字にすれば記録となる。

 

事実は、真実ではない。

真実は、事実の原因となった思惑なり、感情なり、その原因等

だから難しい。

 

当事者の経験を追体験できれば、それなりに納得できるだろう・・・かも。

 

とにかく難しい。

 

 

矢作治療院