絶望ウサギ | フレンズ

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少し古風、と言っても言い過ぎとはいえない手狭且つ薄暗い店内で、初老の男性は今日もグラスを磨いていた。
客席にはテーブル席はなく、五つの椅子が等間隔に並べられたカウンター席があるだけ。
燕尾服にしわ一つ無い所に男性の少々行きすぎたような潔癖が見え隠れするも、その身には一切の威圧感や近寄りがたさをまとってはいなかった。
時刻は昼の二時を回ろうかという頃。ちらりと壁にかけられた時計で確認する。
いつ振りかの鈴の音を男性は聞いた。
そして、ドアに視線を向けると、
「これはまた、可愛らしいお客様だ」
そうつぶやいた。
ドアを一生懸命に開け、店内に入ってきたのは、まだ四歳になったであろうかも怪しい少女だった。
男性はカウンターから出ると優しい笑顔を作り、片膝をついてはっきりとゆっくり言った。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。お席へどうぞ」

少女の服装はおそらく幼稚園の制服だろう、パステルカラーの上下に、黄色がまぶしいポシェット、ゴム紐を首に引っ掛けるようにして後ろに揺らす同じく黄色い帽子。
足をぶらつかせているのだろう。一つ結びにされたサイドテールがゆらゆらと揺れる。
男性に抱えられて座った椅子が高くて気になるのかしきりに下を覗いている姿は、とても愛らしいものだった。
「ミルクでございます」
そう言って男性は、小さなプラスッチックのコップにミルクを注いで手渡した。
少女は、それに気付くと、ひったくるようにそのコップを取り、一息にグビグビと飲み干した。
少女はふぅー、と一息をつくと、男性をじっと見つめて、
「ありがとうございます」
と元気に、口の周りに白い楕円を作って言った。

その後男性はホットケーキを焼き、少女に渡して、訪ねた。
「お母様や、お父様はどちらにいらっしゃるのですか?」
もぐもぐと一生懸命に口を動かす少女は、聞いている素振りを見せず、美味しそうにホットケーキに向かっていた。
二枚のケーキの内、一枚を平らげた少女は、不意に口を開いた。
「お母さんもね、お父さんもね…死んじゃったの」
一瞬男性の雰囲気が固くなったが、すぐにほぐれ、柔らかな表情で少女の話を待つ。
「でも、今はね、足長園っていうおうちで、いっぱいのお友達とか、園長先生とか、美希先生とか、祐輝先生と一緒だから、寂しくないよ?」
そう言って、ポシェットから小さなウサギのぬいぐるみを出してぎゅう、と抱きしめる。
「そのうさぎさんもお友達ですか?」
優しい声は、慈しむような視線とともに少女に向けられた。
「うん。このうさちゃんはね、いっちばん仲良しだった、愛ちゃんからお誕生日に貰ったの。だから、一番の宝物で、一番の大切なお友達なの。あ……愛ちゃんが一番だから、うさちゃんは二番!」
と元気良く、少女は言った。
しかし、すぐに少女の顔は曇ってしまった。
「何か、愛さんにあったのですか?」
「うん…愛ちゃん、お父さんとお母さんになってくれる人が見つかってね、さっきバイバイしたの…」
少女の辛そうな独白に男性は静かに耳を傾けていた。
「それでね、いっぱい走って追いかけたんだけどね、でもね、でもね…」
少女のえづきを伴った声は、次第に小さくなっていき、そして顔を涙でいっぱいに濡らしていた。
「離れ離れになってしまったんですね…」
男性の声は優しくも、少し沈んでいた。
「…えぐっ…ぐずっ…うん…」
どうにかこうにかといったように少女は声を絞り出した。
「ですが、そのうさぎさんは、あなたと愛さんを繋げてはくれませんでしたか?」
「え…?」
少女は泣きはらした目をこすりながら、首をかしげた。
「そのうさぎさんは、愛さんとあなたの友達のしるしのようなものだと思います。だったら、そのうさぎさんを大切に、大切にしていればいつかきっと愛さんにもう一度会える、そう思いませんか?」
少女の目は明らかに輝きを取り戻していた。
「ほんとに?本当にまた愛ちゃんに会える?」
「えぇ。会えます」
「またおままごとしたり、かけっこしたりできるかな?」
「えぇ。必ず」
男性は優しく、力強くうなずいた。
「絶対?絶対だよ?」
「はい。絶対の絶対です」
その言葉でまた元気を取り戻した少女は、ポシェットとウサギのぬいぐるみを持って、ぴょんっと椅子から飛び降りて、ドアに向かって走っていく。
「もう帰んなきゃ!園長先生に怒られちゃう!」
そう言って少女はにこっと明るく笑って戸を押した。
「またくるねー」
そういい残して、戸は閉まった。
「はい。フレンズへのまたのご来店、心よりお待ちしております」
そういう男性の瞳には、遠い日に二人の女性の笑いあう姿が確かに見えていた。